武器屋の魔族
「……あー、もう!」
溜まったいらだちと怒りが爆発し、クリスは誰もいない店内で叫んだ。
「何なのよ…。どうしてこんなアホらしいこと出来るのよ。そんな暇があるならもっと人の為になることしなさいよ!!」
悲痛な叫びがこだまする。それがやけにむなしくて、クリスは潤む目を強引に拭った。
クリスは、インテリアにはこだわる方だ。最近は花柄にはまっており、ベランダにはプランターすら置いてある。
棚やテーブルを置く位置も毎度熟考して決めている。竜脈や風水に詳しい人間の講義も聞いたことがある。
店もそうだ。
売り上げが一番良い人気の剣は、目立つ所に置いてある。もちろん並べ方にも気をつかっているし、品質を出来るだけ保つ為に時々磨いている。
そんな、大切な店は、今、ぼろぼろになっていた。
床に散らばった短剣。粉々になった砥石。倒れている長剣。放られた鞘。
そしてクリスもぼろぼろだった。
クリスの予想通り、店には大勢の冒険者がやってきた。新人さんももちろん来て揚々と刀を買っていった。
ゼル目当ての客は彼が居ないことに軽く憤慨していた。浮ついた女性客は来なくなったが、やはりそれを上回って男性客が来てくれた。
クリスは浮かれていた。あの調子なら彼女の夢は叶っていたのだ。もう少しだった。
だから忘れてしまっていたのだ。自分達の益の為なら、どんなことでもする人間のことを。
二週間ほど経ったある日のことだった。クリスが客をさばいていると、見た目からすでにチンピラだと紹介しているような男達が現れた。そいつらは下卑た笑いを浮かべて商品を倒したり、客に絡んだりした。
当然、客足は引いていく。信じられないほど子供じみた嫌がらせだった。
誰に雇われてそんなことをしているか、予想はついていた。
歯を食いしばっても悔し涙が頬を伝った。あいつらは、いつもそうだ。
彼女の気持ちとは裏腹に、からんと綺麗な音が高らかに鳴った。
相手は分かっている。どかどかと汚らしい足音が聞こえていたから。
涙を拭いて、入ってきた奴らを睨みつけた。
「おいおい。誰もいねえのかよー」
「勇者サマに使って貰っておいてなぁ?」
「……帰って。今日はもう閉店してるわ」
クリスは出来るだけ冷静な声を出した。
男達は、自分達よりもずっと小さな女性を見下し、嘲笑する。
「あんたもさ。いい加減諦めれば?」
「そうそう。結構美人だし、嫁のもらい手くらいあんだろ?」
「え、何お前こういうのがタイプなの?」
「まー色気はねぇけどな。顔はタイプかも」
一番背の高い男にあごを掴まれた。無理矢理仰向かされて、クリスの顔が歪む。
「…へー、こんな時でも睨めんのか」
クリスと目を合わせて、男はにやりと笑った。クリスの全身がざわり、と鳥肌立つ。
「止めて、離して」
「気丈だねぇ。そういう女ってさ」
不意に男はクリスから目を離した。はっとしてクリスが振り向こうとするが、その前に両腕を拘束される。背後に回った男が、クリスの動きを完全に封じ込めた。
片手で両手を掴まれ、腰に腕が回っている。いらだちと怒りと気持ち悪さが度を超えて、吐き気がしてきた。
「無理矢理自分の物にしたくなるんだよな」
男の顔が近づいてくる。あごを掴んでいない手が、クリスの服に伸びた。ブラウスのボタンに手がかかり、外される。
「離せ、離せ離せ止めろ! やめ、ろ…!」
「さすがに冷静にゃなれねぇか。へっ、もっと泣けよ」
「おっめえ鬼畜だなあ。ど? 良い体してる?」
「んー、胸はねぇなあ。肌が白いのが良い感じだな」
「止めろ! 触るな!」
鎖骨から腹までまさぐられ、とうとう下着に手がかかった。
その時だった。
「何をなさってるんですか?」
場違いな声だった。その男は、やっぱりいつも通りに少し笑みを含んだ声でそう言った。
クリスはふと、初めて会ったときの事を思い出した。
クリスが店を開いて間もない頃だった。いつ入ってきたのか、若い端正な顔立ちの男が私を見下ろしていた。力仕事に疲れ、客もいないからと床に寝っ転がっているのを見て、先ほどの台詞を言ったのだ。
なんだかんだ言って、初めての常連客はこいつだった気がする。
クリスは口元に笑みを浮かべてから、首をかしげた。今、何が起こっているんだっけ?
その疑問を最後に意識を手放したクリスを、ゼルが無表情で眺めた。
男達は突然の乱入者に驚いている。
わめきだした男達をちらりと見た。どうして、どうやってと聞かれたので仕方なく答えてやる。
「人間の振りをするのは得意なんですよ。今代聖女の力は弱いようですしね。隠れて入るのって、僕らには意外と簡単なんですよ?」
ゼルはすらすらと説明してやった。男達はまったくもって訳が分からないという顔をする。
彼はそれみて鼻でせせら笑った。もちろんわざとやっている。分かる必要は無い。彼はただ、己の思うがままに動くだけだ。
「ところで、その方をどうするんですか?」
ゼルはクリスを指さした。目があったと思ったらすぐに気を失ってしまった彼女は、あられのない姿をしている。なめらかな白い肌がさらけ出されていて、何をされたのかも分かってしまった。
「テメェには関係ねぇだろ…?」
「それとも何だ。こいつ、あんたのか?」
自分の物かと問われて、彼は首を捻った。
「ある意味、一生手に入らない人だと思います」
真面目に答えてやる必要も無いのだが、冥土の土産を渡すくらいしてやれと言われたこと思い出した。なので適当に思いついた答えを返しながらつかつかと歩き出す。
ゼルと距離を置くように、男達が後じさる。同時にクリスも引きずられてしまった。ゼルは無意識に手を伸ばしたが、それを阻むように男の一人が前に出る。
「近寄んなよ。この女がどうなっても良いのか?」
音のない声で何かを呟いてから、ゼルは嗤った。
「僕もなめられたものですね?」