勇者でパンダ
勇者選抜が近くなると、クリスとゼルは大忙しになった。
クリスの予想通り、表街に移動して客を呼んでいたゼルは多くの女性客を連れてきた。一般人を連れてきた時は呆れたが。一般客向けの小刀も作っていて本当に良かった。
他にも、こだわりの持った冒険者が何人か裏町にやってきた。ただ、裏町にも武器屋はあるわけでそちらに客を取られてしまうことも多かった。しかしそれを差し引いても大分多くの人がやってきた。
そして、当日。
「今日は午前で終わりなんですか?」
「ええ。どうせ今日の午後はみんな城の方に行っているし、どうせだったら応援しに行こうと思って。ルディさんも出るって書いてあったしね。」
金庫の鍵と一緒にまとめられている、店の鍵を取り出した。金色の鍵は所々はげており、哀愁を感じさせる。
「……やっぱり惚れたんですか?」
「だから何でそうなるのよ」
クリスは振り向いてゼルの顔を見た。やっぱりいつも通りの笑みを浮かべるゼルに呆れながら、一括りにしている髪をほどく。
「だってほら、今だって女性らしい格好してるじゃないですか」
「あのねぇ。私だってスカートくらい履くわよ」
「お化粧はしてませんけど」
「うるさいわね。あんな暑い場所で化粧なんて出来るわけないでしょうが」
二人は並んで路地裏を歩いて行く。
クリスはいつも以上によく分からないゼルを横目で見ながらため息をついた。何が困るって結局彼はいつもと同じ様子なのだ。怒るとか悲しむとかしていたら、クリスだってこんな素っ気ない態度は取らなかった。期待を織り交ぜた勘ぐりくらいはした。
「えー、女性なんだからお化粧してみましょうよー」
「はいはい。いつかね」
「いつかっていつですかー」
結局呆れるくらいいつも通りの雰囲気で二人は歩いて行く。人の多い表街を歩くときなどは手を繋いでいたのに、そこに甘い雰囲気はまったく無かった。不思議な物だとクリスは首をかしげたが、こんな関係の方が自分達には合っている気がした。
「ルディさん凄かったわねぇ…」
「惚れたん」
「もう良いわよ。しつこいわいい加減」
もう何度目になるかも分からない台詞に思わず被せてクリスは言った。
ゼルは腰を押さえながら楽しそうに笑う。何故チョップしたのに笑っているのだろうか。
もはや客を超え友人と化している自分達の関係だが、クリスはいつまで経ってもゼルの考えが読めない。
首を捻ってみるが、諦めてお茶を啜った。
驚くことに、ルディは優勝してしまった。やたら華美な服を身にまとった国王に、勇者の称号を授かった。これで彼が自分から辞めるか死んでしまうかしない限り、彼は勇者である。
その勇者は、クリスがうった刀を使用して優勝した。今までの勇者はルファード商会の剣を使用していたし、これは一種のニュースだ。きっと明日から忙しくなるだろう。お茶を飲み干してクリスはほくそ笑んだ。
その笑みを見て、苦笑しながらゼルが言った。
「やっぱり僕、働きますよ?」
笑みの消えたクリスは、ゼルを見つめる。ゼルは苦笑していたが、その言葉は別にふざけて言っている訳ではなさそうだった。
だからこそ、彼女は言った。
「いらないわ」
「そうですか」
あっさりと納得されると拍子抜けしてしまうが、これは前から決まっていたことだ。
「僕はいつでもバイトに来ますから」
「そうね。次に働いて貰う時にはちゃんとお金払えそうだわ」
ゼルの心情は分からないが、クリスは冗談のつもりでそう言った。笑ってそう言う彼女に、ゼルは軽く苦笑して立ち上がる。
「では、今日は帰ります。お邪魔しました」
彼女はゼルを玄関口まで見送った。礼儀として表街まで見送るべきだ思うが、本人に断られればそうするしかない。
ゼルが見えなくなり、彼女は扉の鍵を閉めた。不意にあくびが漏れる。
ここの所の疲れが溜まってしまっているようだ。明日から忙しくなるのだろうし、今日はもう寝てしまおう。一度のびをしてから彼女は寝室がある二階に向かった。