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武器屋の回答  作者: U1
武器屋の疑問
3/19

初店員の希望

「………嘘…」


ゼルは客を見送ってから、声をした方を見る。

帰る女性客はチラチラとゼルを振り返っていたのだが、彼はまったく構うことなくさっさと店長の元に向かう。

クリスが見ている物に気づくと、ゼルは苦い笑みを浮かべた。


「…もしかして、赤字になっちゃいました?」


聞いてみるが、クリスはただ惚けた顔を帳簿に向けている。彼に気づいてすらいない様子だ。反応をしばらく待った後、カウンターを通り抜けてクリスの背後に回った。

帳簿を覗くつもりだったのだが、思いの外彼女が近い距離で見ているためそれが出来ない。仕方ないのでしばらく見守る。と、なんとなく言い訳してみるが帳簿なんか覗くより、彼女を見ている方がよっぽど面白い。

不意にゼルは笑みを浮かべた。彼女の頭に合わせるようにかがんで、顔を小さな耳に寄せた。


「赤字、ですか?」

「ぬぁあ!!」


クリスは大きく肩を震わせ、自分に何があったのか気づくと顔を真っ赤にさせて耳を押さえた。


「あ、あんた…!」


もう声にもならない。ゼルは手を口に押さえていてカウンターに突っ伏している。何をしているのかと思ったらその肩が小刻みに震えていた。

何をしているか気づき、彼女の顔は怒りと恥ずかしさでさらに赤くなっていく。


「何すんにょよ!」

「ハッ! か、噛んじゃった……ふ、っく…ハハハッ!」

「…この馬鹿っ!」


とうとう声を出して笑いはじめたゼルにクリスが出来たことは、帳簿でゲシゲシ殴ることくらいだった。


しばらくして笑いを納めたゼルは、誠心誠意を込めて謝罪した。


「いやあ、すみませんでした。」

「これからアンタのことは変態馬鹿と呼ばせて貰うわ」


にべもなく告げられた言葉に、ゼルは苦笑しか返せない。まあ否定できないので甘んじて受け入れようと思う。


「で、赤字になっちゃいましたか?」

「……いいえ」


本題に戻ると、彼女は複雑そうな顔をした。嬉しいんだけど、凄い不本意。顔がそれを語っていた。

ため息をついてからクリスは帳簿を開いてゼルに見せる。


「予想を大幅に超えた黒字よ」

「わあ、おめでとうございます!」

「…あんたのおかげよ」

「そうですか?」


自覚が無いゼルは首をかしげた。

クリスは何とも言えない気持ちが胸に広がるのを感じた。腑に落ちない、とでも言えばいいのか。


ゼルが店に立つことによって、今まで来ていた女性客の顔つきが変わった。女性は美形が好きだが、冒険者の女性は普段目にしている男が大概むさい熊男なので、特にそれが顕著だ。

冒険者にも色々いるのでそれほど反応しなかった人もいたが、どの人物も一度はゼルの顔に見とれていた。中身は変態馬鹿なのに。

クリスはああ、と胸のもやもやの理由に気づいた。顔が良くても中身はこれだ。みんな騙されている。


「あの、何か嫌そうな顔してません?」

「…結局、あんたをこれからも使うことになりそうだと思って」

「やった。本採用ですね!」

「ええ。それに今日で三日目だしね…」


クリスはゼルに貸している短剣を見た。これまで、ゼルは一度も怪我をしていない。父親の剣は自分の物よりずっと出来が良くよっぽどこちらの方が斬れ味は良いのだが。

ゼルはクリスの視線を追い、それが何に向かっているか気づくと不思議な提案をした。


「クリスさん、本採用記念にナイフうってくださいよ」

「はぁ?」

「僕もこんな風に、自分の為だけにうたれた物がほしいんです!」


そう言って父のうった、クリスにとって金庫の次に大切な物を指さす。

気持ちは分からなくもないが、どうも理解不能だ。顔が訝しげになってしまうのも仕方がない。


「買えば良いじゃない。……まさか、今更お金が無いとか言うんじゃ」

「それはないです」


やけにきっぱりと言われた。クリスも言ってみただけで知っている。着ている物が毎回上等品なのだ。呆れたことに、無駄に馬鹿高い花束を持ってやってきた事もある。

けれど、ゼルが剣を買ったことは一度もなかった。彼の体質のことを知っているので腹を立てつも納得はしていた。あれでは買ったとしても持って帰る頃には彼の腕が無くなる。


「じゃあ何で」

「貴方から貰わないと手に入らないんです。…推測ですが」

「……。よく分からないけど、私から贈ればあんたは怪我しないってこと?」


意味の分からないことを言っている自覚はあったが、ゼルはいつもの笑みのまま頷いた。

クリスは頭を捻りつつ、意味不明男の言葉を一生懸命咀嚼する。


そして、あることに気づいた。


「じゃああんたが怪我するのって私の剣の所為なわけ?」


ゼルは返答しなかった。逆にそれが答えと言っていい。

恐るべき新事実に、クリスは呆然となってしまった。その様子を見たゼルが慌てる。


「貴方の剣が悪いんじゃありませんよ? 僕の体質が悪いんです。」

「……当たり前よ。あんたが全面的に悪い!」


びしりとクリスは指さして怒鳴った。しかし、口でそう言いつつも気にならない訳じゃない。

一体何が原因なのだ。

何を考えているか丸わかりのクリスに、ゼルは困ったように聞いてみた。


「じゃあ、あの。心構えを変えてくれませんか?」

「心構え?」

「貴方は刃をうつとき、いつもどんなことを考えてますか?」

「別に普通…」

「具体的には?」


真剣に問うゼルに、首を捻りつつこちらもしっかり考える。


「んー…、やっぱり、傷つけることかしらね」

「それです。そう考えるのを止めてください」

「って言われても…」


彼女が扱う商品はは人、魔物を傷つける凶器である。使う人間によってそのまがまがしさは変わってくるが、結局人を傷つけるために使われる。


「じゃあ、僕が傷つかないようにと祈って作ってください」

「……分かったわ」


傷つかないように、と傷つける物を作る。矛盾していると思ったが、彼女は頷いた。

結局ゼルには給料を一銭も払っていない。無償で働いている男の為にこのくらいの気まぐれは起こしてやろうと思う。


目に見えて顔を明るくさせるゼルに苦笑しつつ、クリスは鉄や竈が置いてある鍛冶場に向かった。

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