武器屋の裏事情
日が暮れて店を閉めてしまう前にエルを帰した。主とやらに話をつけるなら、そろそろ帰った方がいいだろう。エルの言葉では明日も朝から働くというのだから。話していた通り、送り迎えはゼルが請け負うことになった。お互い嫌そうな雰囲気があったが大丈夫なのだろうか。
カウンターに肘をついてため息を吐く。ちょうどそれを隠すようにカランと鐘が鳴った。慌てて顔を上げると、見たことのある顔の男性がいた。
「あれ、んだよエリーちゃんいないのかよ」
それは昼間に来ていたあの根性のある男性客だった。品物は買っていたので某男と違って立派なお客様だ。クリスは椅子から立ち上がって声をかけたが、男は意に介さず店内を見渡している。
「バイトの子いないの?」
パンダは一般客と一緒にこういうのも連れてきてしまうのが玉に瑕だ。
「所用があり先に帰らせました。彼女にご用でしたらお伝えしますが。」
「ああ、いーよいーよ。本人がいなきゃ意味無いし。」
だろうと思いつつ男の動向を逃さぬよう見据える。男どもがやってきたあの日以来、短剣の素振りを始めた。前よりは護身用の短剣も扱えるはずだ。そんなクリスに気づいているのかいないのか、男は軽い口調で尋ねる。
「エリーが来るのいつ?」
「・・・明日の昼頃にはいます。」
エルは明日の朝に赴くと言っていた。それを言うと朝から突撃されかねないのでクリスは慎重にそう答えた。男は細い目でクリスを見下ろし、歯を見せて笑みを浮かべた。
「じゃあまたそのくらいに来るぜ。」
内心で身構えるクリスに対し、男はあっさり踵を返して帰って行った。
カランと綺麗な音を奏でる鐘を憎々しい気持ちで睨む。この店に何度も来る客は癖のある人物しかいないのか。あの客はエリーが働く今日より前にもこの店に何度か来ている。買うか買わないかは日によって違ったが、常連客とは言わないまでも、立派にクリスのお客様だった。
笑ったときに見えた男のとがった歯を思い出す。なにやら不穏な空気を感じたのは、決して気のせいではないはずだ。
ルファード商会からの嫌がらせは途絶え、父はわかりにくいなりに喜んだ。母からの便りにそう書いてあったときは思わず小躍りしたものだ。
クリスの復讐はなされた。その手段であった最高店の夢は捨てていないが、それに対しての熱意が冷めていたことは事実だった。
その罰が当たったのだろうか。悩み事の絶えない日々にクリスは一人頭を抱えた。
次の日ゼルとともにやってきたエルの言葉に、クリスは頭を抱えてへなへなとしゃがみこんだ。
「すまんな。主を思いの外怒らせていたらしい。」
「ど、どういう怒り方よ!」
ついエルに怒鳴ってしまった。クリスは穏やかな人間になることを目指しているが、王都に来てからそれが果たされたことはない。
「コレが引き籠もりきってたのが原因みたいですよ。まあ、アレもさすがに堪忍袋の緒が切れたんでしょうねえ。僕もとばっちりに怒られちゃいました。」
クリスはちらりとゼルの方を見上げた。一人で悩んでいた時に気づいたことだが、やはりゼルはエルと同じ人に仕えているらしい。それにしては二人とも忠義心というものが感じられないが。
今はそれは置いておこう。まずエルに対して話をつけなければ開店も出来ない。クリスはよろよろと立ち上がるとエルに向き直った。
「一ヶ月って、それはさすがに長すぎでしょうよ。その間はどうやって過ごすのよ?」
エルが主に許可をもらいにいったところ、怒った主は彼女に一ヶ月の勤労を命じたらしい。一週間こき使うのだって躊躇うのに何故増えてしまった。
「金が無いわけじゃない。この近くの宿を取るつもりだ。」
無駄金使用男の雇い主に仕えているのならこの女性も金はあるのだろう。考えてみれば服装の価値も似ている。だから生活の心配はするだけ無駄のようだ。
(って、そういう問題じゃないわよ)
ゼルと彼女の事情は違う。それをしっかり念頭に入れて、彼女の主も納得するような案を出さなければいけない。でないとこのままではとても店員としては扱えない。
「だったら、貴女を一ヶ月間正式に雇うことにするわ。」
「・・・雇う?」
「そう。この一ヶ月、週五日、開店準備から閉店準備まで。働いた分貴女にお金を払います。」
「いや、別に給料は」
「払います!」
戸惑い顔のエルを押し切った。クリスの気迫に押されて黙ったエルを見て口を出してきたのはゼルだった。
「本当に雇って大丈夫なんですか?」
彼の顔からは何の感情も読み取れない。エルもクリスの顔を伺っていた。クリスは正直に答えようとしてやめた。ずる賢さも時には必要だ、と思う。
「タダで働かせるのも忍びないのよ。」
「なるほど。」
二人は声を重ねて頷いた。
本当は少し違う。クリスは元々、そろそろ人を雇うことを考えていた。しかしそれは不可能だった。
路地裏にある小さな店で、少し前まで嫌がらせを受けていた。そんな店で働きたいと思う人は少ない。クリスにはその少ない人々を納得させる給料をひねり出すことが出来なかった。だから雇いたくても雇えず、雇う必要も無かったのだ。
その点エルは無償で働くことを前提としていたのだから支払われる金額は気にしないはずだ。クリスの方に損は無い。
「タダより高い物はないって言いますもんね。」
訳知り顔で頷く男は、前回無償で働いていた気がするのだが、クリスは気にしないことにした。




