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変な街

作者: 鳴指 十流

 街にいた。 僕は道路の上に立っていた。

 車は来ない。だから、轢かれもしないし、こうして道路の上に立つことが出来る。しかし、僕は、今いるこの街に来た覚えがなかった。そして、自分が何故この街に、しかも道路の上に立っているのかも分からなかった。街は、普通に家が建っていて、電柱や電線もあるし、人だって、少しだけど通っていた。しかし、僕はこの街に、何か違和感を感じたのだった。その正体は、不明だ。


 とにかく、いつまでも道路の上に立っているわけにもいかない、と思った。ここがどこか分からないのなら、自分で街を歩いて、探索しなければならない。そう思った。

 僕は、街を、道路に沿って歩き始めた。すぐに、犬がいて、小便をかけられそうになったけど、その犬はすぐに消えた。



 坂道があった。下り坂で、結構急だ。いや、結構じゃない。ほぼ直角だった。何かに掴まらずに下ろうとすれば、真っ逆さまに落ちていってしまうだろう。僕は、ガードレールに掴まりながら、慎重に下っていった。その途中に、公園があった。僕は何を思ったのか、その公園に向かっていった。公園に入ると、僕はブランコに乗って、鼻歌を歌い始めた。フフフンだかララランだか、そんな感じだ。

 しばらく、ブランコをこいでいた。鼻歌は飽きたので、止めた。ただ、ブランコに乗って、風を感じているだけ。こいだときに、ギコギコと軋む音が辺りに響いていた。


 二人の少女が、公園に入ってきた。彼女たちは、ピンクのワンピースを着て、手をつないでいる。顔が、そっくりだったので、双子だなと思った。

 双子の少女は、僕が乗っているブランコの方に向かってきた。近くでよく見ると、二人の顔は少し、違っていた。左の方の子は、唇の下にほくろがある。右の子は、目の上にほくろがある。それだけの違い。それ以外は全く同じといっていい程、そっくりだった。

 彼女たちは、声も似ていた。二人で、何やらヒソヒソと話し合っていると、僕に向かって声を揃えて、こう言ったのだった。

「お兄ちゃん、そこどいた方がいいよ。だって、蛇いるもん」

「え」

 僕は、慌ててブランコから降りた。「ひゃあっ」と、間抜けな声を出してしまった。そのとき、

「フフフフフフフフフフフ」

 少女たちが笑っていた。僕を見て、笑い声を上げていた。そこで、気がついた。

 騙された。

 蛇なんていなかった。それに、あんなに驚いてしまった自分が情けなかった。こんな簡単な手に引っ掛かってしまうなんて。間抜けにも程があるじゃないか。

 僕が、自分の間抜けさにムチを入れていると、いつの間にか、少女たちは消え失せていた。

 しかし、笑い声だけは、聞こえてきた。



 少女たちの笑い声が残る、公園を出て、また僕はあてもなく道を歩いていた。とても急な下り坂を下り終え、真っ直ぐ歩いていると、分かれ道に来た。左右に分かれている。

 特にどこを目指しているというわけでもなかったので、直感で左の道を選んだ。左の道は、森へと続く道だった。虫が飛んできて、こけてしまった。本当、情けない。


 森への道を進んでいると、道幅がだんだんと狭くなっていき、ついに道はなくなってしまった。ここからは、草木が生い茂る森の中を歩いていかなくてはならない。虫がいるんじゃないかと怯えながらも、僕は歩いていった。ただやみくもに、歩いていった。


 そして、迷ってしまった。


 当然といえば当然だった。どこだか分からない街の、何だか分からない森を、地図も持たずに歩けば、迷うことなんて容易いことだった。

 僕は、途方に暮れた。もうどこに進めばいいのかも分からず、ただ頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。草も虫も、この時は、気にならなかった。


 何かがポツリ、と頭に当たったかと思うと、雨が降ってきた。次第に激しくなり、僕はずぶ濡れになった。冷たかったので、地面にしゃがみ込んでいるわけにもいかず一旦僕は、木の陰で雨宿りをすることにした。雨で濡れた髪を、指で梳かし、またしゃがみ込んだ。

 ザーザーと、激しく降り続ける雨の中で、髪についた雫がポツリ、と肩に落ちた。


 雨は、一向に止む気配を見せなかった。気温が、だんだんと低くなっていき、僕はくしゃみを連発した。風邪を引いたのかもしれない、と思った。


 と、そのとき微かだが、ピアノの音がしたような気がした。

 否、ピアノの音がした。どちらの方向だろう。もう一度耳を澄まして聞いてみる。僕がいるところから、右の方向から聞こえてくる。

 僕は、立ち上がった。そしてピアノの音がする右の方向に向かって、雨の中、走っていった。



 髪も服もびしょ濡れになりながら、僕は全力で走った。草を掻き分けながら、進んでいき、やがて道に出た。砂が擦れて、じゃっ、という音がした。

 ここまでくると、ピアノの音はすぐそこに聞こえていた。赤い屋根の、小さな家が建っている。その中から聞こえてきたのだった。

 美しい音色。

 しばらく、雨が降っていることも忘れて聞き入っていた。


 ピアノの演奏が終わった。

 僕はそこで、思い出したように、くしゃみをした。それから、凍える声で、家の中に居る人に呼びかけた。

「す、すいません。あの、雨宿りさせてくれませんか」

 しばらくの沈黙。聞こえてないのかな、と思ってもう一度呼ぼうとすると、扉の向こうではーい、という声がした。

「はーい、どなた?」

 女の人の声だった。よく通る、聞きやすい声だ。黒髪の美人を想像させた。

「あの、森の中で道に迷ってしまって、少しだけ雨宿りさせてもらえませんか?」

「ああ、いいですよ。ちょっと待ってください」

 あっさり、承諾してくれた。少しして、さっきの声の女の人が、顔を出した。

「あら、びしょ濡れですね。早く、上がってください」

 女の人は、とてつもない美人だった。



 家に上がると、美人の女の人がタオルを持ってきてくれた。ふわふわで、いい香りがした。僕はありがたくタオルで顔、髪の毛、腕などを拭くと、女の人にお礼をいった。

「いや、ありがとうございます。森の中で迷ってしまって、途方に暮れていたところ、あなたの家を見つけまして……」

 事情を説明すると、女の人は納得した顔になって、

「あら、それでは大変だったでしょう。まあ、上がってください。暖かい飲み物をお出ししますよ」

「ありがとうございます」

 僕は改めて女の人にお礼を言った。

 女の人の家は外の寒さとは違い、とても暖かかった。リビングに行くと、キッチンがあり、僕を椅子に座らせてくれた。そしてすぐに、熱いココアを作ってくれた。

 ふーふーと、ココアを冷ましている僕に、女の人は聞いてきた。

「そういえば、あなた、この街では見かけない顔ですね。もしかして、引っ越してきたんですか?」

「いいえ、あの、ちょっと色々とわけがあってこの街に来ていたんですが、何せ初めてなので道に迷ってしまいまして。えーと、あの、この街は一体どういうところなんですか?」

 僕が尋ねると、女の人は丁寧に答えてくれた。

「うーん、この街、ですか。ええと、この街について、実は私にもよく分からないんですよ。いつからか、ここに住んでいて気づいたら、この街の住人になっていたんです。この街には変な人が沢山います。双子の女の子たちには会いましたか?」

 ああ、あの子たちか。僕は頷いた。

「とても急な坂道の途中にある公園で、会いました。とてもそっくりだったので見分けがつきませんでしたが、二人は外見が少し違うようですね」

「ええ。二人とも皆がみんな、見分けられるわけじゃありません。私は彼女たちに一度だけ会いましたが、たまに声が聞こえてくるぐらいで姿は見えないんです。不思議な子たちです。

 他にも、この街には変な人が沢山います。人ではないのもいますけど。小便をかけてくる犬とか、夜道を追いかけてくる黒い、変な奴とか。途中で、会いましたか?」

 彼女の言っている、小便をかけてくる犬には最初に会った。

 しかし、黒い、変な奴とは何だろうか。僕は質問してみた。

「犬には会いました。でも黒い、変な奴って何ですか?」

 僕が質問すると、女の人が答えてくれた。

「黒い、変な奴には会いませんでしたか。ええ、教えましょう。黒い、変な奴っていうのは、まあ、言い方は悪いですけどとにかく変な奴なんです。決して悪い奴ではないんですが、相手に恐怖を与えてしまう、少し可哀そうな奴です。夜に遭遇することが多いです。私も夜に道を歩いていたら、黒い、変な奴に会いました。それは、とても怖くて、夢中で逃げましたけど、今思えば彼はどこか悲しげな表情をしていたように思うんです。可哀そうなことをしました。黒い、変な奴は、多分、友達を作りたいんじゃないかと思います。だから、もしあなたが黒い、変な奴に会ったら、怖がって逃げたりせず彼を受け入れてみてください。私のところには、もう、何年も奴は来ていません。多分、私が最初に逃げてきたからでしょう。変な奴ですけど、悪い奴ではありません」

 彼女は一通り説明し終わると、僕を見つめてきた。僕は、人に見つめられるのは嫌いなので、下を向いた。

 女の人の話によると、黒い、変な奴は夜に現れるという。道を歩いていると、突然背後で物音がして、振り向くと黒い、変な奴が立っているんだそうだ。

 でも、悪いことは何もしないという。僕はそれを聞いていささか安心した。もし、僕がそのことを知らず、夜の道を歩いていて、黒い、変な奴と出会ったら怖くてすぐに逃げ出すだろう。知っていればそれなりに黒い、変な奴を怖がらずにすむだろうし、黒い、変な奴だって悲しい思いをせずにすむと思うのだ。

 僕は、いつしかココアを全部飲み干していた。

 辺りは夜の闇に染まりつつあった。




 雨はいつの間にか止んでいた。僕は女の人にもう一度お礼を言うと、彼女の家を後にした。

 僕が出ていく前、女の人はこの時刻は黒い、変な奴に出会うことが多いからその時はあまり怖がらないであげて、といっていた。僕は怖がりだけど、そいつは決して悪い奴ではないんだから、心配ないですよ、といった。女の人は安心したような顔をして、僕を笑顔で見送ってくれた。素敵な笑顔だった。


 辺りは既に、夜が支配していた。女の人の家から少し歩くと、そきはもう暗く陰気な道。女の人に、森を抜けるにはどうすればいいかを記載した地図をかいてもらったので、僕はそれ通りに進む。


 十分程歩くと、真っ暗な夜の道から抜け出し、街灯のある明るい道に出た。明るいといっても、街灯は少なくまだ十分に暗いと言えた。

 背後を振り返った。何故か、黒い、変な奴がいる気がしたのだ。しかし、誰もいなかった。僕は、まだ自分が黒い、変な奴に対して恐怖を抱いていることに驚いた。しかし、怖くないと意識すればする程、怖くなる一方で、結局僕は震えながら、歩いていった。


 ふいに、公園で出会った、あの双子の少女たちの笑い声が聞こえてきた。その笑いは、僕を嘲るようで、恐ろしかった。

 夜の道は、危険だ。それは痴漢や通り魔などの犯罪者に遭遇するかもしれない、という意味ではなく、ただ単に暗過ぎて、どこに何があるのか把握するのが困難である、という意味だ。街灯はあるものの、少ないのでたまに電柱などにぶつかることがある。漫画などであるみたいに、ゴチーンと派手にぶつかるのではないが、やはり痛い。

 僕は前方に何があるか、注意しながら、慎重に進んだ。速度を落とし、たまに後ろを振り返りながら。



 ところで、今思ったことだが、僕は一体どこに向かっているんだろう。

 森を抜けるまでは、森を出るという目的があったが、今は目的といえることが何もなかった。一体、僕はどうすればいいんだろうか。そんなことを思うと、第一、今までのことだって意味のあることだといえたのか、そもそも、ここはどこなんだ、何故ここに僕はいたのだろうか、等の疑問が次々と浮かんできた。僕の頭の中は、?マークでいっぱいになった。それぞれの問いに対する答えを見つけようにも、整理がつかず、無理だった。

 そんな状態で、僕はまだ歩き続けた。時々、振り返っては、何もいないことを確認し、ほっと、安堵の息をもらす。しかしまた恐怖心は芽生え、僕の心を支配していく。


 今の僕に必要なのは、光と、ほんの少しの優しさだ、と突然そんなことを思った。同時に、今僕はそれを探し求めているんだ、という考えが浮かぶ。さっきの問いの答えを、見つけたような気がした。


 光と、ほんの少しの優しさ。

 そう、今はこれを探している。光は、眩いばかりの、僕の心を安らぎで満たしてくれる、そんなもの。

 優しさは、誰からでもいい。森の小さな家に住む、あの女の人のような、笑顔。

 光と、その優しさがあれば、今の僕は救われるんだ、きっと。そして、それを見つけることこそが僕の目的なんだ。そう思う。

 やっと、恐怖心から解放された。黒い、変な奴のことなど少しも怖くなんかなくなっていた。なぜなら、彼は僕と同じだから。

 僕と同じ。心に、光と、優しさが欲しくって、誰かにかまってほしくて、誰かを追いかけてしまう。それが結果的に相手に恐怖を与えてしまうことに気づいていない、可哀そうな奴。


 そう、それってつまり、 僕自身が、黒い、変な奴なんじゃないんだろうか。


 ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。

 あまりにも突飛すぎて、自分でも何を言っているのか数秒の間理解できなかった。が、なるほどこんな解釈もありだな、と思った。つまり、黒い、変な奴というのは、僕みたいに今までこの街に迷い込んでしまっった人達のことなんじゃないか。ただあてもなく歩き、向かう場所のない、目的のない道を歩くことに疲れた人達が、さっきのように心に光と、優しさを求めて彷徨う。

 そんな人達が、黒い、変な奴という風に呼ばれてきたんじゃないか。そんなことだった。


 と、そのとき、辺りが急に明るくなった。


 僕のいた場所は、陰気な夜道なんかではなく、光に満ちていった。眩い光が放たれ、街を、世界を、包み込んだ。それは一瞬のことで、でもその間、僕は目を開けることが出来ない。

 やがて、白い光が放たれたと思うと、僕の意識は薄れていった。


 ……白い天井がが見えた。

 ピッピッという音が聞こえてくる。何の音だろうか。ここはどこだろうか。

 さっきまで、あの変な街にいたはずだった。夜の道を歩いていたはずだった。そして光が放たれて僕の意識は薄れていったんだった。

 ここはどこだろうか。

 もう一度疑問を浮かべた。あの街は、幻想だったのか?



 ドアの開く音がした。僕は、ドアの方に首を傾ける。

 白衣を着た、穏やかな表情を浮かべる男が、僕の方に向かってきた。その隣には、女の人がいる。白衣を着た男は、僕のそばに来ると、僕に向かってこういった。

「やあ、目が覚めたかい?」

 言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。だが、頭で考えるよりも先に、僕の唇が微かに動き、言葉を形作った。

「ここは……どこ……?」

 聞き取れるか、聞き取れないかの、ほんの小さな声だった。だが白衣の男には聞こえたようだ。彼は、優しく微笑み、

「ここは、病院の中だよ。君は、意識不明で今まで一ヶ月間ずっと眠っていたんだ。自殺未遂でね。僕は、君の手術を担当した医師だよ」

 と言った。僕はそれを聞いて頭の中に浮かんだことを、ひとつひとつ言葉に直していく。

「じゃあ……僕がみていたのは……夢……?」

 白衣の男は、少し戸惑ったような顔をした。でも、すぐにこういった。

「ああ、夢をみていたんだね。どんな夢だった?」

 そう質問され、こう答える。

「ええと……何だか……不思議な夢……でした……。色んな人が……ああ、でも犬もいたな……出てきて……色んなことを……して。それで……最後に……僕は……あれ……? 何だっけ?何か……大切なものを……見つけたように思えたのに ……分からなく……なっちゃい……ました……」

 そういい、微かに笑った。

 白衣の男、僕を手術してくれた先生は、それを見て言う。

「そうか、大切なもの。忘れちゃったのか、残念だったね。でも、もう大丈夫だよ。君の意識は完全に戻ったし、何ら障害もの残らなかった。順調にいけば、すぐに退院できるよ」

 僕はその言葉を聞いて、安心した。

 何故だろう。

 安心。

 どこかでそんな記憶があったような気がした。夢の中で、そんな感情を覚えたのかもしれない。

 僕を手術してくれた、白衣の先生と、女の人は、僕の安心した表情を見てから、「じゃあ、まだ眠かったら寝ていていいよ」と言い残し、僕のいるこの部屋を出て行った。

 静寂の中で、僕はまた少しの間、眠りについた。


 僕は、僕が目覚めた次の日、白衣の先生から色々なことを聞かされた。

 まず、僕は学校の屋上から飛び降りて、死にそうになったこと。それから、病院に運ばれて、奇跡的に命はつないだが、意識が戻らず二ヶ月間、昏睡状態だったこと。そして昨日、僕がまた眠っていたとき、僕の両親が僕が意識を取り戻したことを知って泣いて喜んでいたということだった。

 僕は両親や学校について、何があったのか鮮明に思い出すことが出来た。

 僕は学校で一人も友達がいなかった。いじめはされていなかったけど、空虚で、楽しくもなんともない毎日に、僕はうんざりしていた。友達がいないのは自分のせいなのに、両親や担任の先生のことを心の中で罵ったりもした。それでまた、自分が嫌になって、という繰り返しだった。

 そんな毎日に耐えられなくなって、自殺しようとしたのだった。ありふれた理由だ。しかし、変化のない毎日は、本当に退屈で耐えられそうになかった。ただ目的もなく生きていくだけの毎日なら、死んだ方がマシだ、と思ったのだった。

 まず僕は、両親のことを思った。本当に迷惑をかけた。二人は、僕が自殺しようとしたと知って、どんな気持ちだったろうか。自分を責めたのだろうか。

 そんなことを考えていると、やはり申し訳ないことをした、という気持ちでいっぱいになった。

 それから、担任の先生のことを思い出した。よく僕が一人で本を読んだりしているときに、話掛けてきてくれた。あのときの僕は、本を読んでいるんだから邪魔しないでくれ、と内心鬱陶しかったけど、今思えば先生も気に掛けてくれていたんだ、と思い、やはり胸が痛んだ。

 僕は、色んな人に迷惑をかけたんだ。

 挙句の果て、その人たちが傷付くことも考えないで、自殺を図った。軽率な行動に、僕は自分で自分が恥ずかしくなった。

 白衣の先生は、そんな僕に色々な言葉をかけてくれた。

 少しだけ、気持ちが和らいだ。


 僕は、飛び降りた時の頭の傷が治るまで、入院した。

 先生はよく僕の様子を見にきてくれて、色々な話をした。僕は本が好きだったから、そのことを話すと先生も好きだ、と言ってくれて、よくその話をした。

 また、両親とも会った。

 僕の顔を見て、母さんは泣いていた。父さんも嬉しそうに笑っていた。その後、三人で話して、僕は今まで言えなかったことを色々と喋った。いつもなら照れ臭いはずなのに、何故かそのときは平気だった。喋った後、胸のムズムズがすーっと晴れていったように思えた。

 そうして、僕の心と体の傷は少しずつ、癒えていった。


 やがて、僕は退院した。

 先生は、そのときも笑顔で見送ってくれた。看護婦の人もいて、良かったね、と言ってくれた。

 僕は、うん、と頷いてみせた。

 僕は先生たちに見送られて、両親と一緒に車に乗り込み、家に帰った。その帰り道、僕たちの乗った車は、森の横を通った。

 そのとき、僕は「あっ」と声を上げた。

 母さんが、「どうしたの?」と聞いてきたけど、それは僕の耳には入らなかった。

「今の森……」

 そう、僕は小さく呟く。

 頭の奥底に眠っていた記憶が、呼び起こされた。

 僕が、眠っている間にみた夢の記憶。あの時、僕は確かにあの森の中を歩いていた。確か、雨の中だ。嘘じゃない。そして、僕はあそこで小さな赤い屋根の家の住む女の人に、雨宿りをさせてもらって、話した。

 記憶が溢れ出てくるようだった。

 車が通らない道路。小便をかけてきた犬。急な坂道の、途中にある公園に現れた見えない双子の少女。その少女たちの笑い声。雨の中の森の小さな家。美人の女の人。彼女と話したこと。暗く、陰気な道。今にも消えそうな街灯。そして、女の人の言っていた、黒い、変な奴。そう、つまり、僕。

 僕は、光と、優しさを求めている。

「僕は、光と、優しさを求めている」

 僕がそう言うと、母さんも父さんもきょとんとした顔をして、僕を見た。

 そんな二人に僕は微笑んで言う。

「父さん、前を見て運転しないと危ないよ。母さん、今日の晩ご飯、何?」

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