終わりよければ
いつものように朝7時に起き、1階に下りていくと、カミさんと高校生の娘がケンカをしていた。
おいおい、朝っぱらから勘弁してくれよ。
洗面所で顔を洗いながら聞き耳を立てると、娘に持たせているケータイ代が今月、3万円も請求がき
たらしい。
ちょっと待てよ。父親の俺の月の小遣いが3万なんだよ。それで俺は、朝の立ち食いソバ代に昼飯代、好きなパチンコ代までまかなっているっていうのに、高校生の分際でケータイ代が3万だと。それは許せん。
妻よ、怒れ。ケータイなんか取り上げろ。
「お父さんからも、たまには強く言ってよ。まったくこのコは、お父さんがいくら稼いでくるのか知ってるのかしら」
あっちゃー、そっちに話を持っていくなよ、お前も。
お、茶髪の娘が俺のこと睨んでる。コイツにキレられると面倒だからなあ。
「3万は使い過ぎだろ……(あ、いま完全にフテくされた)……ン、でも、なんだ、ま、いまはみんなそのくらい使うらしいぞ。(うわ、今度はカミさんのオデコに血管が浮いた。マズイ)ま、使ちゃったもんはしょうがない。来月から気をつけてもらうってことで、朝からあんまりガミガミ言うのもよくないし……」
あれ、俺の話を最後まで聞かないで、また2人の口ケンカがはじまった。
なんだよ、父親の意見なんかどうでもいいんじゃん。じゃ、最初から俺に振るなよ、まったく。
それにしても朝からうるさいなあ。これから俺は満員電車に1時間も揉まれて会社に行かなきゃいけないっていうのに。
あ、もうこんな時間だ。俺のワイシャツは、と。
「母さん、ワイシャツは?」
「いまそれどころじゃないでしょ。大体3万円もケータイ代に使われちゃ、クリーニングに出す余裕なんてないわよ。昨日の着てけば」
おいおい、俺に八つ当たりするなよ。マジで昨日のかよ。昨日、暑かったからすげえ汗かいたのに。うわ、気持ちわり〜。匂わないかな?
ま、ガマン、ガマン。それより急がないと電車に遅れちゃう。
「じゃ、行ってくるよ」
なんだよ、一家の大黒柱が出勤だっていうのに、無視かよ。
こら、娘、ケータイ代3万も使うなら、せめて父さんに「おはよう」とか「行ってらっしゃい」くらいの言葉はかけろよ。まったく、どうしてこんな娘に育っちゃったんだか。ていうか、親の責任か。
あー今日も暑いな、こりゃ。ワイシャツの首のところが気持ちわりー。
おうおう、また駅前で制服姿の高校生がたむろして、ウンコ座りしながら堂々とタバコを吸っているよ。まったくどうなってるんだ、ニッポンは。
俺たちも高校の頃、いきがってタバコ吸ったよ。でも、駅のトイレとか建物の裏とか、とにかくコソコソ吸ったもんだ。どんなに不良だって、朝、駅前で堂々と吸うなんて考えられなかったよ。
それがいまじゃ当たり前のように吸って、文句があるなら言ってみなってな感じだ。完全に大人を舐め腐っている。
しかし、だれひとりとして文句を言わないんだから情けない。目の前には派出所もあるっていうのに。警察は一体、なにしてるんだ。補導しろ、補導を。
ま、俺も目を合わせないように足早にこいつらの前を通るだけだけどね。文句なんか言えるか、こんな連中に。
ふー。どうにかいつもの電車に間に合った。
ズンズンチャチャ、ズンズンチャチャ。
あー俺の横に音楽野郎が立ちやがった。
うるせーな。こいつ、こんなに音が漏れているのによく平気な顔して聴いていられるな。
車内でケータイがなんで禁止なのか、分かってねーのか。うるさいからだよ。だったらダメだろ、大音量の音楽も。ボリューム下げなきゃ。
でも、俺、前にひ弱そうな大学生に注意して、「るせーな。ぶっ殺すぞ」って逆ギレされて以来、怖くて注意なんてできないもんね。しょうがない、しょうがない。いつか、大人になれば分かる時がくるさ。
「あー私、私、いま電車。時間通り着くよ。でさ、ぎゃははは……」
だからケータイはいけないって散々、アナウンスしてるだろ。なんで、顔色ひとつ変えずにそんな
にデカイ声で、この満員電車の中で話せるんだ。図太いにもほどがあるよ。
枝毛にそれだけ気を使うなら、もう少し周りにも気を使えよ。まったくホントにバカばっかりでイヤになるよ。
お、今日はツイてるぞ。俺の前に座っている人が降りる仕草をした。よし、ここで座れれば40分は眠れる。やりー!
って、おいおばさん、その席はだれがどう見たって、俺の前で、次座るのは俺だろ。なんで俺の後ろに立っていたお前が座るんだよ。俺を押しのけて。そりゃ、ないよ。
もちろん、大の大人が席ひとつのことで文句なんか言わないよ。そこまでして座りたければ座れば。いいよ。でもね、あんた自分さえよければいいんですか? 心は痛みませんか? あー一瞬でも座れると思って期待しちゃったから、こりゃ疲れるぞお、新宿まで。
やれやれ、やっと新宿に着いた。
それにしても暑いなあ。もうワイシャツ、汗でグッショリだ。肌に張り付いているよ。
さてと、暑いから今日の立ち食いはざるにでもするかな。
あ、ざるって50円高いのか。しょうがない、いつものかけそばでいいか。
ハフハフーッ。
それにしても俺が若い頃は、朝からこうやって立ち食いをかっ込んでいるサラリーマン見ると、家で朝飯も用意してもらえないのかねー、哀れなもんだなあ、俺はそんなカミさんはもらわないぞ、なんて思ったもんだけど、もらっちゃったなあ。
しかも、立ち食い、うまいもんなあ。あーうまい。って、ありゃ、おいおいちょっと待てよお。こんな長い髪の毛入ってるじゃんよお。おばさん、気をつけろよなあ。
ったく、文句のひとつもいいたいけど、ま、いっか。ほとんど食っちゃったし。忘れろ、忘れろ。大したことじゃない。
うわ、熱いそば食べて、汗が噴き出してきた。
ハンカチ、ハンカチ、ってそんなもん、もう何年も持ったことなかったっけ。ティッシュでいいや。う、首にティッシュが張り付いた。
ブッ、ブーッ!!
あ、あぶねーな。横断歩道、青だぞ。信号無視してクラクション鳴らすなよ、まったく。
「おはよう」
会社でも無視かい。俺はお前の上司だぞ、一応。挨拶ぐらいしろよ。まったくなに考えて会社にきているんだか。
「あ、私にもお茶くれるかな」
出社早々、メールなんか打っているんじゃない。お茶だよ、お茶。お茶汲みしかできないんだから笑顔でやれよ。
おうおう、メール打ち終わってからフテ腐れてお茶入れに行ったよ。まったくよお。
え、電話?
「はい、私ですが」
「○○クレジットですが、今月分がまだ……」
「あ、その件でしたら、2、3日中に必ず……」
なんだよ、サラ金の催促が会社にきちゃったよ。家には行ってないだろうな。
なになに、寿退社のOLに贈り物するから5000円徴収だと。勘弁してくれよ、いまサラ金から催促されたんだぞ、俺は。
え、なに、部長がカンカンだって。私に?
なんかした俺?
あー仕事が終わった。
今日もストレスたまりまくりの1日だったなあ。
さてと、ちょっとパチンコに寄ってくか。
ウソ。いきなり揃ったよ。なんていい日なんだ――。