そしてこの先覇する道―1
「ミルク!」
僕が玉造の部屋へ飛び込むと、殺気立ったミルクが片膝を立った状態で玉造に対峙していた。
僕の乱入に、ミルクは振り返って目を丸くし、玉造は柔和な笑みを見せて微笑んだ。
「ふふ、零によう似た顔をしている。答えは、出たかの?」
「答えは、もうすでに出ていました。気づくのが遅かったですね」
僕はそう言いながら部屋へ足を踏み入れると、ミルクは振り返りながら眦を吊り上げて言う。
「兄様、言わなかった? 部屋待っていてって」
「僕が大人しく待つとでも?」
「あとで兄様には罰をしないといけないね……」
ミルクはそういうと同時に腕を振り上げて指を弾く。だが、それに呼応するべきものはいない。
怪訝そうな顔をするミルクに、僕は笑いながら告げる。
「溝口の男を舐めないで欲しいな。ミルク」
「……まさか、兄様……!?」
その言葉の意味を悟り、ミルクは目を見開いてわなわなと震えた。僕は軽く両手を上げておどけるように告げる。
「大丈夫。浮気はしていない。ただ少し見ないふりをしてもらっているだけだ……。なんせ、これは恋人同士の話し合いだからだ」
外で警戒していたミルクのお友達には、優しくそのことを告げて回っただけだ。
キミたちだって、愛しい人との睦みごとを邪魔されたくはないだろ? と。
真っ赤な顔をして黙り込むみんなを見るのはなかなか壮観であったが、時間はあまり取れないと思う。だが、それでも黙認してくれたのはありがたい。
今も玉造様でさえ、懐からゲーム機を取り出して聞かないふりをしてくれている。というか、おばあさんなのに結構、ミーハーなんだな。
恋人同士、という単語に一瞬嬉しそうにしたミルクであったが、すぐに顔を顰めて唸る。
「兄様の甘言には騙されないよ。あたしと兄様は一緒にゆっくり暮らす。それが一番じゃない」
「人目をはばからず、ゆっくりと、というのが一番ベターだよな。それは認める。けど、それに西朝鮮の横槍や、西国の横槍を許すのは無粋だと思う。それは僕たちの理想とする現実ではない」
「……でもっ!」
反論しかけるミルクに、僕は唇一本を当ててその反論を封じる。
「分かっている。ミルクが平穏を望んでいる僕のためにやってくれていること。だけど、分かっている。それでもね」
僕はミルクの目をのぞき込む。
覇気漲るその瞳。それは全ての覚悟を決めた、強い眼光。
だけど、ミルク。
それには一点だけ、弱点があるんだ。
それを軽んじては、溝口の覇者には、なれない。
「ミルクが幸せになれない、そんな平穏は、僕は嫌いだ」
刹那、彼女の目が見開かれ、大きく揺れる。僕はその唇を素早く奪ってから振り返ると、玉造はゲーム機からちらりと目を上げて面白そうに声をかける。
「若いの。説得は終わったかの?」
「結果を出してからナンボな世界です……それで、玉造様、提案があるのですが」
「言うてみぃ」
にやりと笑って見せる玉造。僕は笑い返してぶっちゃけた提案をぶつけた。
「兵を全て、僕に貸していただけませんか?」
◇ ◇
その頃……から数時間経った頃。
孤高の要害と称されるその付近では、大部隊が接近しつつあった。
その中央、参謀が待機している軍機では、一人、男が愉快そうに口を歪めた。
「平田雅典が死んだのは、痛手ではあったが、それで要害の主戦力を半減以下にさせられたのは大きい。溝口の彼は、名実ともに厄介だったからな。安全なところにいてくれた方が戦いやすい」
「そう、ですな。彼の狙撃には頭を悩まされておりました故」
傍らにいた初老の男は、しみじみとかみしめるように頭を下げて言う。それに対し、男はくくくとおかしそうに笑みをこぼした。
「ふ、溝口の血は、争いを招くな。特に女に関しては」
「……はて? それはさておきまして、例の工作員の、爆薬は作動できますが」
「やめておけ。すでに溝口の彼だ。逆手に手を打ってきてもおかしくはない」
「左様でございますか。では、伸行さま、間もなく互いに射程に入ります。全軍に下知を」
「ふむ……そうだな」
男はその軍機の中でモニターを見渡しながらマイクを取り上げる。そして、口を開いて。
「……む」
不意に、モニターに映ったものを見て、眉を顰めた。すぐに、声を発する。
「斥候部隊。要害の背後から接近する航空機がある。分析せよ」
『はっ!』
洗練された将兵たちはすぐに分析に取り掛かる。そしてすぐさま報告が返る。
『スケッギォルドです。オスプレイの後継機で、戦闘機に引けを取らぬ戦力はあります。識別信号は不明。恐らく、東国の手の者かと』
「それだけ、か?」
「……まさか」
男の呟きに、初老の男は戦慄の表情を浮かべる。
刹那、モニターの一部の画面が真っ黒に染まる。また一つ。また一つと。
『そ、狙撃されました! カメラを破壊されています!』
『ば、バカな、あれだけの距離で、ぐわあぁっ!?』
『くっ、応答せよ、軍曹、応答せよ!?』
たちまち混乱に陥る西国の大部隊。初老の男が指揮を執って束ねていくと、その混乱は収束していく。だが、そんな中で中枢の参謀たちは焦りを隠せなかった。
そして、総指揮官の平田信行は小さく、愉快そうに笑みを浮かべて言う。
「またしても阻むか、溝口……!」




