宿舎の喧噪ー1
見張り台で愛機を二台並べてそのスコープを覗き込む。
感度は良好。よくこの辺りの荒野を見張らせるようだ。
「ふぅ」
設置されたそれらを確認し終えると、喉の渇きを感じて腰にぶら下がる水のボトルを取り上げる。だが、それは飲み干してしまったのか空っぽだ。
思わず舌打ちをする。その瞬間、コツン、と頭に何かが置かれるのを感じた。
頭に手をやってそれを取ると、それは久方ぶりに見るスポーツドリンクである。
僕は視線を背後にやって思わず苦笑を見せた。
「や、新庄」
「よぉ、溝口。テメエも見張りか?」
厳つい身体にやんちゃそうな笑みを浮かべる青年。
彼は僕の同級生であった一五部隊に配属している新庄准尉だ。彼が一五部隊の隊長を務めている。
このスポーツドリンクは彼の愛用品で特別に支給品の中に頼んでいれて貰っている。
……意外と良いお値段がするのだが。
僕は頭に乗せられたスポーツドリンクのボトルの蓋をねじ切りながら訊ねる。
「新庄も見張りか? 他の奴にやらせれば良い物を」
「何、部隊長がやらねば部下はしっかりやらんぞ。時々、引き締めてやらねば!」
新庄はがっはっはと豪快な笑いを見せると、僕の隣にどすっと折りたたみの椅子を置いてそれに腰をかけた。みしり、と椅子が悲鳴をわずかに上げる。
僕はそれを横目に見ながら二つの狙撃銃の位置を整えて自分も椅子を取り出してそこに腰掛けた。
「相変わらず、狙撃銃を二つ構えるのは変わっておらんな。ええと、何といったかな、それは」
「バレットM82とM24SWSだ。対物用と対人用でいろいろと自分用に改造はしているけど……」
「ふむ、そんなごつい装甲車は現れんし、現れたとしても遙か彼方だぞ? そんなのを構えて何になるのだ。全く……」
呆れた様子の新庄。それに僕は苦笑を見せて説明を加えた。
「対物用ってのはごつい弾丸を飛ばすため、単純に火力の量が多いだろ? それで対人用の弾丸を撃てば……」
「かなり遠くまで、飛ぶな」
「そう。でも急所を外すなどの精密な操作はこっちのM24SWS……対人用の方がやりやすいけどね」
そう言いながら僕はライフルのスコープをぐっと覗き込んだ。
そして引き金に指を引っかけながら呟く。
「こんな風にね」
自作の消音器の干渉をうけて、軽い発砲音と共に銃弾が放たれる。
そして、それは外の荒野の岩場の方向へと吸い込まれていった。
傍らの新庄は慌てた様子で懐から小型スコープを取り出すと、それを覗き込んで目を凝らす。
その弾丸の方向には……何もないように見える。だが、じっと見ると、それが見えるはずだ。岩場に刻まれた赤い斑点が……。
「……距離、八〇〇……腕は衰えていないな」
「まだまだだよ……というか、何でこんなに近くまで接近している訳? 敵国は新しいステルス装置でも作り出したの?」
「かもな……おい! 歩兵を向かわせ……!」
「いや、無駄だよ。もうトンズラしているよ。十時の方向」
僕はスコープで哨戒兵を追いかけながら短くそう言う。新庄は慌ててそちらに視線を向けた。
普通の人間であれば、岩場で遮られて見えないはずだ。だが、僕達は軍人。移動の際の砂埃、それに伴う影で相手の移動が分かる。
新庄はちっと舌打ちする。
「逃がしたか……!」
「まぁ……タダで逃がすほど、僕は甘くないけどね」
僕は淡々と声を発しながら身体をわずかにずらしてバレットM24を覗き込んだ。
そして照準を合わせて引き金を引く。
その瞬間、空を裂いて巨大な弾丸が突っ走る。
それの着弾を見終えることなく、スコープから顔を引くと視線を新庄に向けた。
「二七部隊に一五部隊の護衛をつけて行かせろ。念のため、葉桜も出動命令を出しておく」
「一人を……撃ったようだな」
スコープで新庄は外の様子を伺いながら言う。そのこめかみにはうっすらと汗が滲んでいた。
「急所は外したつもりだ。急いで処置しないと情報が手に入らないかも知れないぞ」
「ああ……分かっている。軍曹!」
新庄が声を張り上げるのを聞きながら、僕は深呼吸しながら立ち上がり、用を足すべく便所へと足を向けた。
「軍曹、聞いていたな」
「はっ、確かに。すぐに仰せのままに向かわせます」
呼び出された軍曹は敬礼してすぐに通信機に口を寄せて指示を出す。
が、上司の顔が強張っているのを見て、軍曹は心配そうに訊ねる。
「新庄准尉、大丈夫でしょうか……?」
「あ、ああ……あいつの末恐ろしさを思い知ってね……」
「あいつ……と仰りますと、溝口少尉のことでしょうか?」
「ああ……見てみるか」
新庄は手に持っていたスコープを部下に押しつける。軍曹はそれを受け取ると、怪訝そうな顔をしながらも見張り窓から敵を撃ったであろう場所を覗き込む。
が……そこには赤い斑点が見えるだけでよく分からない。
「本当に撃ったんですか?」
「ふ……甘いな。血の飛散具合で分からないか?」
「い……いえ、一応、学園で教わりましたが……しかし、あれだけでは捉えたと断定するには……」
「まぁ……今見ればそう思うだろうな。だが、着弾したときの砂埃を見れば、倒れたことぐらいは分かる」
その言葉を聞いて、思わず軍曹は唖然とした。
隊長は、距離八〇〇以上遠くの砂埃だけでそれだけを悟ったらしい。
なんて末恐ろしい……。
だが、その隊長が末恐ろしく思っていたのは、その友人の事であった。
「分かると思うが……倒した奴の身体は岩陰で見えないよな?」
「え、ええ……」
「つまりは、狙撃時も見えていなかったはずなんだ」
「は……!?」
軍曹はさらに唖然とする。見えない場所を、どうやって撃ったのだ!?
その答えを導くのは、またしても新庄である。彼は額の汗を拭いながら言った。
「跳弾だ。影から敵の位置を断定。そして反射角で撃ち抜いた。……恐ろしい奴だよ。さすが、狙撃の腕前だけで少尉に登り詰めるだけはある」
そうか……考えてみると、三八部隊の隊長は榊原緋月准尉なのだ。
階級は溝口少尉の方が上なのに、何故、だろうか。恐らくは溝口少尉は軍隊を指揮する能力に欠如しているのだろう。つまりは……彼の言うとおり、本当に狙撃の腕前だけで……!
軍曹は末恐ろしさの余り、ふらりとその場で蹌踉めく。それを新庄は慌てて支えながら言った。
「おっと、悪かったな。こんな話に付き合わせちまって。さっさと捕虜をしょっ引いて来い」
「は……はっ!」
軍曹は青白い顔になりながらもその場で敬礼し、その場を後にする。
後に残るは異様に汗を掻いている新庄と、二つの狙撃銃、そして二つの椅子だけであった。




