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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
夏の道筋
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姫巫女と舞うその戦場-4

 塀の一角に設置されている物見櫓に登ると、辺りを望むことができた。

 朝日に照らされるその山々は青々としていて美しい。東北のどこかであろうか、割と涼しい空気が吹き込んできているようであった。

 僕は自慢の視力で辺りを見渡すが、山々ばかりで町が見えない。それどころか、道や高天原すら見ることは適いそうにもない。確かここまで車で十分ほど移動したはずだが、どこを通ったのだろうか。

 僕が疑問に思っていると、物見櫓まで案内してくれた藍鉄がそっと答えてくれた。

「兄様、あそこの辺りが恐らく高天原かと」

 藍鉄が指さした場所は森ばかりで何もないような場所――いや、よく見れば木の種類が若干ではあるが、そこだけ違う。しかし、その辺りにあるはずの鳥居が――。

「鳥居は色を変えられるんですね」

「まさかのステルス機能か……」

「寺社連合の場所は重役しか知りません。東国連合には一切知られませんし、居場所が知られるようなものは持ち込ませません。さらに、通話なども巧妙な細工が」

「いつか、東国連合に牙剥く気か……」

「さてはて」

 藍鉄は可笑しそうに笑ってみせる。そしてその柵に寄りかかって少し遠慮がちに訊ねる。

「姉上のこと、怒っていませんか?」

「ん? 何で?」

「だって、兄様のことを軟禁状態に程近い状態にしているのですよ?」

「だが、彼女の庇護がなければ、僕は安息を手にできない」

「そうでしょうか」

 藍鉄の鋭い眼光が僕を見据える。不意に向けられたその眼光に、僕はただ黙って甘んじる。

 彼は僕の一挙一動を逃すまいとじっと僕を見て言葉を紡いだ。

「自分も溝口の血を引く者。女性を口説くその一族の血を引きます。ならば、視えます。兄様の傍らに他に四人の女性がいたことが。もし、他の女性を選んだら、こんな軟禁状態ではなく、もっと素晴らしい未来を歩めたんじゃないんですか?」

「――だが、僕はミルクを選んだんだ」

「そうでしょうね」

 素直に肯定する藍鉄の視線は何かを掴んでいるようで、視えていない。

「今は、その四人の影が視えません。姉上だけです。だから不思議に思います。どうして」

 そこで一旦、言葉を切って見せると藍鉄は殺気に似た緊張感を孕んで告げる。


「どうして、貴方は父上の為さったことを体現しようとなさらない」


 思わず、舌を打つ。


 その刹那、藍鉄は二歩退いていた。そして背後からは殺気。

「――藍鉄、今、兄様に何を言ったの」

 僕が半身引いてみれば、どこから現れたのかミルクが巫女服姿で柵に片足で乗り、弓矢を構えていた。その物見櫓に殺気が溢れる中、僕は手を上げてそれを遮った。

「――兄様」

「藍鉄は至極当然なことを言ったまでだ」

「しかし、兄様は舌打ちを――っ!」

「気のせいだ。なぁ? 藍鉄」

 僕が視線を投げかけると、藍鉄は先ほどの緊張感はどこにいったのか、気弱な表情でこくこくと頷いて見せる。ミルクはそれを見ると、渋々ながらに番えていた矢を収めた。

「藍鉄、案内ありがと」

「……いえ」

 藍鉄は短く答えて頭を下げると、そそくさとその物見櫓から立ち去って行く。ミルクはそれを見届けたから柵の上から降りて僕の隣に並ぶ。

 僕はそっとミルクのしなやかな黒髪に手を添えて、その場で振り返った。

 そこから見えるのは僕達の家だ。

「なぁ、素敵な場所だと思わないか? ミルク」

「ん? どこが? 屋敷?」

 ミルクは明るい声で応じてくれるが、先ほどの話を聞いていたのか、少しぎこちない。そのミルクを一瞥しながらそっと空いている手で目の前の後継を掴もうとしながら言った。

「ここが。僕達の世界が見渡せるこの場所が」

「私達の、世界」

「そう。ここだけが僕達の思うがままの世界。田んぼも、畑も、屋敷も、全部僕達の支配下だ。周りは森だから何をしても非難されない」

 故に、と僕は言葉をつづけながら、光景を掴むように拳を握りしめた。

「僕が王で、ミルクが女王。面白くないか?」

「藍鉄は、従者?」

「……それで機嫌を損ねられなければ、それで良いんじゃないか?」

 困ったように苦笑するミルクの頭を、僕は笑って豪快に撫でながら朝日に照らされる屋敷を見て告げた。

「なぁ、ミルク。僕は後悔していないよ」

「……え?」

「まぁ、確かに藍鉄に言った通り、緋月や真冬を選んだら別の未来が待っているかもしれない。もっと楽しいかもしれない。だけど、僕はミルクを選んだんだよ。その結果、この世界を手にした」

 そして戸惑い気味のミルクの頭を抱きかかえる様にして囁いた。

「結果論だけど、僕は満足しているんだ。ミルクがいてくれればそれで良い」

「ふ――ふふ、そんなこと言っていると、もっと図に乗っちゃうよ」

 ミルクは小刻みに震えながら、笑い声交じりに言葉を紡ぐ。だが、顔を僕の肩に押し付けて、その肩をじっとりと濡らしている。

 彼女は、やはり、不安だったのだ。

 半ば独断専行で、このようなことを行ってしまったことで、僕に嫌われることが。

 その不安をかき消すために、僕はそっとその肩を抱きながら告げた。

「図に乗っても良い。だから、いてくれよ。ずっと」

「に、兄様も……どこにも、行かないで――」

「むしろ、どこに行けというんだ。もしここから出て行ったら遭難するぞ」

 僕は戯けながらもその肩を強く抱き寄せると、ミルクは一際大きく身体を震わせるのであった。

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