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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
春の道筋
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咲き誇る桜の木の下で-5

 この高速で移動するヘリは無事に朝鮮半島の上空を通過していく。

 圧倒的なまでな速度で飛ぶそれは明らかに朝鮮の住民を騒がせるのに十分であろう。だが、そのヘリの中ではもっと騒がしい事となっていった。

『あと五分で所定の場所を高速で移動する! 義姉様、スタンバイオッケィ!?』

『もちろん、受け取った瞬間に心臓を切除します。その三十秒後には心臓の起爆装置が作動するからそれを海に一気に抜けて爆薬系統を全てそこで放棄します!』

『オッケィ、兄様が要だよ! しっかり受け取ってね!』

「無茶を言う! だが任せろ!」

 僕はそう言いながら改造した狙撃銃を掴んで即興で足下に作った狙撃窓からそれを突き出す。もうそこは朝鮮の住宅街。あまりにも低空飛行でさらに高速で移動するヘリに目を見張っている住民達が見える。だが、それに気を割いている暇はない。僕は見えてきた北東朝鮮国立病院を見据えて引き金を徐々に絞っていく。

 そこの屋上では手旗を振る一人の兵士とその脇に竿につけて持ち上げた一つの箱があった。

 片目だけわずかに動かしてヘリの処置室を見る。そこでは紅葉の腹に空いた穴に器具を差し込んで僕を見守っている、緊張した面持ちの葉桜。そしてその脇で放棄する荷物をまとめた真冬の姿がある。


『葵くん』

「葉桜」


 僕は言葉を交わし合うと同時に一瞬見つめ合う。

 だが、その時間はかけがえ無くそして長い何か。

 一緒の場所で生活して積み重ねてきたその想い。

 場所は違えど、互いを想い合ったその時間。

 それを、その全てを、その一瞬で僕達は確かめ合った。


 そして、僕は向かい来るその交錯の一瞬を狙ってライフルを構える。


 そして、私は深呼吸すると、来たる一瞬に備えて器具を掴んで身構える。


(信じている……!)

(だから信じられるんだ!)


 ――自分の腕を!


 次の瞬間、僕は銃口を引き込んだ。それが連動して発射されるまで耐え難い緊張感が襲う。

 それは刹那。だが、異常なまでにゆっくりと感じられるそれ。

 その狙った一瞬に丁度狙い通りに発射されたかぎ爪のようなその装置。それは一瞬で竿にくくりつけられている箱を捕らえた。

 その刹那に僕は拳で脇に置いた回収装置を叩いた。

 衝撃を吸収できるよう最大限の措置をしてもらっているはず。だから形振り構わず一気に引き上げて!


 葵くんが引き金を引くと同時に私は一気に紅葉の心臓を切り取った。とっくに拍動を止めていた心臓は素早く的確に動脈や静脈、全てから引き離されていく。

 失敗なんかしない。してやるものか。

 予め何度も頭でシミュレーションした。だからしくじらない!

 心臓を的確に身体の器官から引き離すと、真冬の持つケースの中にやや乱暴に放り込んだ。


 それと同時に心臓の入ったケースが引き上げられる。

 僕はそれを掴むと間髪入れずに真冬へそれを乱暴に投げた。だが、真冬はそれを難なく受け止めると、そのパッケージを開け、葉桜に押しやる。と同時に、放棄すべき物を一気にまとめ上げた。

 だが、その瞬間、がくんとヘリの速度が大幅に減少する。その際の揺れに思わず僕と真冬はよろけてしまったが、葉桜は一切構わずに移植に専念している。僕が顔を上げた瞬間、ミルクから切羽詰まった声が伝わってきた。

『出力低下! 間に合わない!』

 時計に目をやる。十二秒経過。まずい、このままだと海に放棄する前に起爆装置が……!

 その瞬間、目を上げた一瞬、不安そうな葉桜と目が合う。


 ――やらせない。


 その瞬間、頭の中身が凄まじい勢いで回転を始めた。

 どうにかしてこの荷物を海へ安全に届けねば。最低でもこのヘリを捨ててでも!

 下手に荷物を撒き散らせば朝鮮の人達へ被害がかかる。それは避けねば……。

 なら、どうするか。

 出来なくはない。あれを使えば……!

 一瞬の迷い。

 だが、先程の不安げな葉桜の表情を思い起こすと全てが吹っ切れた。


 ――葉桜だけは死なせない!


「真冬、三秒でこいつにそいつをくくりつけろ! ミルクは精一杯高度を上げて!」

 僕はポケットから馬鹿でかい銃弾を取りだして投げつけながら叫んだ。それと同時に僕はヘリの後部にしまっておいた馬鹿でかいライフル、〈トクガワ〉を取りだした。

 しまっておく都合でいろいろなパーツを取っ払ってある。今あるのは銃を撃つのに最低限度の装着しかされていないライフルだ。消音器もなければ反動打ち消しも出来ない。冷却装置すらついていない。

 だが、今はつける暇はない。僕はそのまま〈トクガワ〉を引っ張り出すと半ばぶち破るようにしてその銃口をヘリの外へ押し出した。

 ――あと五秒!

 戸惑っていた要すではあったが、土壇場だ、真冬は持ち前の器用さですぐに弾丸にワイヤーをくくりつけてくれていた。投げ返された弾丸を僕は掴むとそれをトクガワへ装填した。


「総員、耳を塞げ!」


 僕は怒鳴りながら引き金に足を引っかけた。そして両手で耳を塞ぐ。その一瞬でちらりと時計が目に入った。

 あと二秒!

 ――頼むぞ、〈トクガワ〉! お前の家紋である三つ葉葵を護ってくれ!

 僕は半ばヤケで祈りながら、躊躇無く足で引き金を引く。


 その瞬間、僕の身体は宙に吹き飛ばされていた。

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