咲き誇る桜の木の下で-3
「無茶よ!」
真っ先に否定したのは真冬であった。
医療ヘリに運び込むのを背後に、色を失った真冬は僕に早口でまくし立てる。
「だって、朝鮮って西国のど真ん中を通過して行かなきゃいけないのよ!? どれだけ避けても防空警戒地域の三つを通らないと行けないの! ミサイルの嵐を越えていくなんて緋月先輩でも不可能な行為よ! 貴方は馬鹿なの!?」
「ああ、大馬鹿者だよ。だからこそ、真冬の力を借りたい。真冬の狙撃力とミルクの操縦力がなければ確実な輸送はない。多分、真冬が欠けたら確立論的に二十%……」
「いいえ、兄様。こんな女、いなくても百%届けてみせるから」
ミルクは冷たく言い放ちながらグローブを装着し、ゴーグルとインカムも装備しながら真冬の近くを通り過ぎながらぼそりと告げる。
「この意気地なし」
「……くっ、分かったわよ! やれば良いんでしょ! やれば! 貴方!」
傍を通りかかった、何かを運んでいる真っ最中の兵士に真冬は怒鳴り声をぶつけると、武器らしい何かを抱えたその兵士はびくっと肩を跳ねさせてこちらを向いた。
「貴方、峰岸さんね。丁度良いわ。武器を用意して頂戴。先輩の使っていたバトルフォークとショットガンを……あと手榴弾があればあるだけ貰えるかしら?」
「え、あ、はい、えと……」
女兵士は慌てて持っていた武器箱を開けてバトルフォークと、私物と思しき切り詰め狙撃銃、そして、その箱の底にしまってあった手榴弾ケースを取りだして真冬に渡す。
真冬は、借りるわね、と言うより早く引ったくるともうすでにプロペラを回し始めているヘリへと飛び乗った。僕もそこへ飛び乗る。中にはミルクと真冬、そして寝台に横たわった紅葉の姿しかない。
振り返ると、葉桜が何かを持って急ぎ足でこちらに来ていた。衛生兵に一言二言言い含めると、ミルクがわずかに上昇させ始めた。
僕は身を乗り出して叫ぶ。
「葉桜!」
「うんっ!」
プロペラの駆動音に負けない声で返事をすると、葉桜は笑みを浮かべて僕の方へと走り、僕が差しのばした手を掴む。僕は一気にヘリの中へ彼女を引き込むと、彼女は僕に抱きついてえへへ、としまらない笑顔を浮かべた。
『いちゃつくのは後!』
インカム越しに真冬は苛立ったように叫びながらヘリの扉を乱暴に閉める。それと同時にヘリは垂直に飛翔し、そして一気に加速し始めた。
葉桜は暫く甘えるように僕の胸に頭を押しつけていたので、暫し、その頭を撫でていたが、すぐに僕の身体から離れて横たわっている紅葉の元へと歩み寄った。
『オペを始めます。ミルクさん、到着までの時間は?』
『んー、どうだろう、頑張れば一時間』
『んな……出来るはず無いでしょ! 西国の防空区域を抜けるんでしょ!?』
「だからこそだ。その分、最短距離で行けるだろ?」
抗議する真冬へ、僕は笑いを浮かべる。さすがにここでは〈トクガワ〉は使えない。故に、西尾狙撃銃を兵士から借りて弄っていた。僕の使いやすいように短時間で変えるのは難しいものがある。
だが、即興ならこれで十分だ。彼女も西尾狙撃銃とショットガンを構えながらため息をつく。
『葵が無茶苦茶なのは知っていたけど、ここまで無茶苦茶だと思わなかった』
「無茶苦茶が相棒だからな」
『えへへ、天才なんてそんなぁ……』
『兄様、多分、天災の方だよね?』
「まぁ、そうかもしれないが、好意的に受け止めた方が嬉しいな……真冬、そろそろ」
『分かっている』
狙撃手の視線はすでに窓の外へ向いてきた。二丁の西尾狙撃銃が狙撃窓から突き出される。
「お出迎えはミサイルか。ミルク、いくつ?」
『五十』
「はっ」
僕は鼻で笑いながら狙いを定めていく。
「真冬、舐められたものだな。東国最強に対して、ミサイル五十個だぞ」
『まぁ、それは舐められているね』
真冬はわずかに笑みを浮かべると、西尾狙撃銃の引き金に指をかける。その様子を片目で見ながら、葉桜が僕達の狙撃場と処置場を区切るのを確認して告げる。
「弾は大切にしたい。ミルクが三十。僕と真冬が二十。それで良い?」
『オッケー!』
ミルクはすぐに声を返してくれる。が、真冬は戸惑った表情を浮かべていた。
『……葵? 西尾狙撃銃に馴れていないなら、私が撃ち落とす量を増やすけど?』
「案ずるな。これなら五十ぐらい余裕で撃ち落とせる。けど、弾の節約だ」
『いや、でも……ミルク……さんが……? 三十も避けられ……』
「あん? このヘリ、舐めない方が良いぞ。知っていると思うけど」
僕らの乗っているヘリ、血に飢えた野獣は平成の時代で運用されたオスプレイを元として改良を重ねており、縦横無尽の機動を可能にしている。無論、それだけの技術力は必要だが、初心者でも並以上の飛行が出来る訳だ。
しかし、それでも真冬は心配そうな表情で操縦席を見つめる。その向こうからはすでにちらちらとミサイルの姿が見え始めていた。
僕は思わず苦笑しながら西尾狙撃銃を覗き込んで告げる。
「空戦機動……って知っているか?」
『え……ええ、知っているわよ。一昔前の精密機械が発達する前に使われていた人間の固定翼戦闘機の……空戦技術よね?』
「そうだ。概ね正解。今は精密機械でそれを行えるが、あながち捨てたものじゃない。ついさっき、バレルロールとかやってもらったけど……ありゃかなりのものだぞ。そこで信頼するなら」
溝口の血を。
ミルクの信念を。
信頼するならば。
「彼女は血に飢えた野獣なら、全ての空戦技術、立体機動を可能に出来る」
『んな……』
真冬が呆けた表情を見せる。その瞬間、ミルクから短く入った。
『右をジンキング!』
「了解! 真冬構えろ。道を拓く!」
『え、あ、はい!』
次の瞬間、ヘリの中が凄まじい勢いで揺れ始めた。先程までわずかな振動しか伝わってこなかったのが信じられないほど激しく揺れる。
そんな中、ヘリは一気に弾幕の中へと突っ込んだ。
ヘリに付属の機関銃と僕らの西尾狙撃銃が一斉に火を吹き始める。
ミサイルに着弾し、爆発を起こす前に一気にヘリは離脱し、わずか数秒でその弾幕をすり抜けた。だが、その間にミルクは凄まじい集中力で全てのミサイルを小刻みな上下左右移動だけですり抜けたのだった。
『抜けた……ぉえ』
わずかに嗚咽が聞こえる通信の中で僕は苦笑した。
「言っておくけど、空戦機動なんてこんなものの比じゃないからな」
『……え?』
「盛大に酔うからな」
そのときの真冬の引きつり笑いはこれ以上にないものであった。




