宿舎で日常-7
『葵くん、第三八独立部隊の具合はどうだね?』
「問題はありません」
『二七と一五は?』
「ええ、怠ることなく」
『ふむ……すまんが、あと三月で構わない、そこへ駐屯し任務を放たしてくれ。頼んだぞ』
「……あと一月と言っていませんでしたか?」
『……すまん。頼むぞ』
「分かりました。中佐」
僕はふぅ、とため息をついて交信を断ち切ると、同時にひょこっと葉桜が部屋に顔を覗かせた。
「あれ?誰と通信?」
「中佐と。物資は届けてくれるということと、あと三月はここでの任務が続くってことを言っていただけだよ」
「伸びたんだねっ!」
長いツインテールを揺らしながら葉桜は嬉しそうに言う。……何が嬉しいんだ。
「いずれにせよ、葉桜には頼らないとな……長期になればなるほど、衛生兵は大事だ」
「任せてっ! 料理でも何でもやるから!」
「……いや、それは僕がやるから」
僕は苦笑を浮かべながら腰掛けていたベッドから立ち上がると、葉桜と共に部屋を出た。
そして彼女を居間のソファーに座らせると、自分は台所に向かってインスタントのコーヒーを手際よくと煎れる。
「そう言えば、緋月と真冬はー?」
「真冬は寝ている。緋月は一五小隊を見に行ったかな。多分、彼女もすぐ帰ってくるよ」
僕は受け答えしながら出来たばかりのコーヒーが注がれたマグを取り、居間へと戻る。もちろん、彼女の分と砂糖をたくさん持って。
「ほい」
「あ、ありがと」
葉桜はそのマグカップを受け取ると目を細めてそれを啜る。そしてお馴染みのように顔を顰めた。
「ほら、お砂糖」
「ん……」
僕が苦笑いしながらスティックシュガーを差し出すと、彼女は少しばかり偉そうに頷いてそれを受け取り、コーヒーに投入した。
僕も続けてソファーに腰掛けながらコーヒーを啜ると、葉桜はどこか恨めしそうな目で僕を見てきた。
「ん?」
「何でインスタントに限ってもこんなに美味しく煎れられるの?」
「水の温度や種類に気を配ればある程度は良くなるよ」
まぁ、葉桜には無理かもしれないけど。
僕はそう思いながら答えると、むぅ、と葉桜は声を漏らしてマグに口をつけた。
「ねぇ、葵くん」
「うん?」
「三月経てば……国に戻るの?」
「そりゃ、まぁな。一応、妹も弟もいる」
変な事を聞くもんだな、とちょっと思いながらも真面目に答えると、葉桜は目を伏せた。
「……そっか」
「うん」
僕は頷きながらコーヒーを啜る。それっきり葉桜は黙ってしまった。
何か、あるのだろう。
しかし……迂闊には人の事情に足を突っ込まない……それは僕のスタンス。
何かあるなら、彼女から言うのを待たねばならない。
「ただいま」
不意に部屋の中に暢気な声が響き渡った。
視線をそちらに向けると少し汗をかいた様子の緋月が部屋へと入ってきていた。
微かな酸っぱいような香りが鼻に伝わってくる。
「お帰り、緋月。コーヒーいる?」
「ああ、頼むよ。私は軽くシャワーを浴びているから」
緋月はニコリと微笑んで葉桜に視線を少し向けた後に風呂場に足を向ける。
それを見届けた後に、僕は席を立つと、台所へと再度向かった。
緋月が戻ってくるときにはとっくにコーヒーは出来上がっていた。
軽い付け合わせとしてクッキーを合わせて居間に戻ると、彼女はワンピース姿で葉桜の向かいのソファーに腰掛けてくつろいでいた。
僕はそっとマグを彼女の前のテーブルに置くと、彼女は微笑みを浮かべた。
「ありがとう。葵」
「いや、いつものことじゃないか」
僕は苦笑してそう言うと、葉桜に視線を向ける。
「隣、良いか?」
「うん」
彼女がコクンと頷く。
それを見て僕は軽く頭を下げると彼女の隣に腰掛けた。ふわりと葉桜の蜂蜜のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「どうだったか?一五は」
「ああ、問題ないね。いつも通りキッチリとした警戒を続けているよ。それで報告だけど……最近、ここら付近に偵察が多いらしいそうだ。葵、悪いが……一応、一号令を発令しておきたいと思う」
「一号令ね、了解」
僕はクッキーを摘みながら頷くと、隣の葉桜がどこか残念そうな顔をしているのに気付いた。
「……まぁ、安心しろ。葉桜」
なので、ぽんぽんと頭を撫でながら僕は笑って言った。
「一号令程度だったらすぐ解除されるよ」
「でも……危険かも知れないし……」
「大丈夫っての」
一号令とは準警戒態勢だ。狙撃兵は常時待機。当然、この部屋にはいられない。
僕は視線を戻すと、緋月に詳しく話を聞く事にした。
「それで緋月、その哨戒部隊の件だけど……」




