咲き誇る桜の木の下で-1
作戦の決行は山本中将との相談の挙げ句、昼間に行われる事となった。
僕一人でも作戦は可能ではあったが、陽動を生かすためには昼間の方が良いという事だ。それに不慮の事態にも対応しやすい。
「さてさて……あれが門か……」
僕はヘリの重いドアを開けながら呟く。風が中に吹き込んでくるのを感じながら、いろんなパーツを組み込んだ特殊銃弾対応のライフルを担ぎ出す。
それは通常のライフルと比べて大きい、具体的に言えば全長三メートル、両手で抱えねば持ち上げられない大きさのライフルであった。無論、それだけ威力は出るし、銃弾も巨大なものを使用できる。真っ黒な銃身が光を反射する。
「初お披露目です。特殊銃弾対応ライフル、名付けて〈トクガワ〉」
僕はそう啖呵を切りながらスコープを覗き込む。特注で注文したスコープにはありありと目の前の光景が鮮明に見えていた。
すると、僕の声を可笑しく思ったのかくすりとヘリを扱うミルクの声がインカム越しに聞こえた。
『どう? 兄様。新しいライフルの調子は』
「まだ試していないけど良さそうだね。試しに……そうだね」
僕はそう呟きながら手元のカートリッジから貫通弾を取りだしてトクガワに装填する。がごんとバトルフォークに似た装填音を立てて、トクガワは貫通弾を呑み込むと僕はそのスコープを覗き込んだ。
眼下ではすでに西国の総戦力が打って出て、すでに陽動へ動いている東国の兵士達を打ち払おうと奮闘していた。その中央で偉そうに指揮を執っている指揮官の戦車に狙いを定めて、ゆっくりと引き金を引く。
その瞬間、想像を絶する反動がヘリを襲った。
『うわわわわっ!』
ミルクが悲鳴を上げながらヘリの体勢を何とか立て直す。
そして思わず苦笑を交わし合った。
「さすがだ」
『さすがだね』
眼下ではその装甲車が貫かれ、爆破している。西国の英知の結晶が弾丸一発で吹っ飛んだのだ。これは堪るまい。僕は笑いを堪えながら、ライフルを構え直してインカムに言葉を投げかける。
「例のポイントに」
『了解』
その言葉と同時に眼下で金属がぶつかり合う凄まじい音が響き渡ってくる。新庄の重装備部隊が前線に出て来たらしい。
あいつらが大分陽動になってくれるはずだ。
その間に、穿つ。
僕がライフルを構えている間に素早くミルクはヘリを操って門とは正反対の方向の城壁へと移動していく。そう、今回穿つのは城壁だ。
門が城壁以上に頑丈ならば、城壁を崩した方が余程楽だ。
『観測通りだよ。兄様。例のポイントは綻んでいる』
ミルクが一つ頷いて告げてくる。僕もスコープを覗き込んでそれを確認した。そして、ふぅ、とため息をつきながらトクガワを構えて覗き込む。
綻びの大きさは約十センチ……それだけあれば十分だ。
そして……恐らく、これを悟った西国は次なる手を打つはずだ。
確実な手とは言えないから、やらないかもしれない。だからこそ、葉桜を置いてきた……。
「頼んだぞ、葉桜……」
僕はそう呟くと同時に引き金を引いた。
◇◆◇
ガラガラガラ。
キャスター付きの担架が勢いよく飛び込んできたときは、思わずびくりとして腰を上げてしまった。
「見崎隊長、大丈夫ですよ」
くすくすと笑いながら同僚の一人が笑ってみせる。だが、その手は休まることなく、負傷兵の傷を縫って行っている。麻酔なしのために負傷兵は苦悶の声が響く中、彼女の声は限りなく優しく響いた。
「溝口さんが隊長を残して倒れるはずありませんから」
「――そう、だよね」
私は弾丸を摘出しながら一つ頷く。そのとき、焦ったような言葉が背後から響いた。
「葉桜!」
「――縫合、お願い」
私は傍で器具を持っていた後輩に後を任せると、立ち上がって声の方向へ駆けていく。
そこに立っていたのは今戦闘中のはずの真冬の姿であった。酷く焦ったような表情でキャスター付きの担架を押しながらこちらに駆けてくる。
そこに乗せられたのは――。
「紅葉……?」
「西国に何かやられたみたい」
真冬は落ち着きがない。担架の上には苦悶に表情を歪ませた紅葉の姿がある。私は脈を取りながら、背後に控えた衛生兵を顧みた。
「鎮静剤の支度! 降圧剤も!」
「はいっ!」
「は……ざく……ら……」
紅葉は心臓の辺りを押さえて呻きながら言葉を漏らす。私は膝を屈めて耳を口元に寄せる。
「何? 紅葉」
「改造……心臓……爆発……する……っ!」
紅葉は身を捩りながらも続ける。恐らく酷い痛みが走っているのだろう。向こうから薬剤を持った衛生兵が慌てて駆けてくる。それを見ながら紅葉は続けた。
「心臓…………爆薬……流、出……時間……な……」
「分かった、もう良い」
私は一つ頷くと有無を言わさず衛生兵が運んできた鎮静剤を彼女の腕に打った。彼女の顔が一瞬引きつった、と思うと、吐き出す息と同時に言葉を漏らす。
「殺……し、て……」
そこで彼女は意識を失った。私は衛生兵に指示を加えて担架を緊急処置室へ運ぶよう頼む。それを見ながら真冬は不安そうな目で私を見た。
「どういう――?」
「葵くんの言っていた事と組み合わせて考えるとね」
私は今着ている白衣を脱ぎながら説明する。
「多分、彼女の心臓には国際条約に反していない爆弾が仕掛けられている。けど、極めて危険な」
「条約に違反していないのに?」
「うん」
私は新しい白衣を衛生兵から受け取って身につけながら頷く。
「条約ではね、心臓に爆弾そのものを付けることは禁じられているし、体内に爆薬なんかを仕掛けるのは以ての外なんだけど……ターバヴォンっていう新種の薬品が仕掛けられているなら話は別。あれは血液と徐々に結合してギルダニトログリセリンの十倍の力が出る爆薬になるの。そしてもし、体内のどこかで電気を発する何かがあれば……」
「ちょ、ちょっと待って! ギルダニトロって、確か一滴でコンクリートの建物がぶっ飛ぶニトロを化学反応させた液体でしょ!?」
真冬が泡を食ったように言う。私はゴム手袋を装着し、ただ淡々と告げる。
「真冬は前線に戻って。後は私が何とかする」
「何とかって……全身でその、ターバヴォン? が反応して出回っているんでしょ!? 人間って大体キロ当たり八十ミリの血液で、仮に紅葉の体重が五十キロだとしたら四リットルの血液……それがほとんどターバヴォンと結合する訳だから……」
「そこまで分かっているなら分かっているでしょ」
私は短く言うとマスクをつけてただ告げた。
「失敗したら東国陣営は壊滅だね」
私はそれ以上何も言わずに処置室へと早足に向かう。
「貴方も葵も……何でそんな平静でいられるのよ……」
背後から呆れた声を浴びながら。




