表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
春の道筋
66/138

桜色の想いに酔いしれて-5

「さっすが技術大国の成れの果てだけはある、か」

 僕は呟きながら資料を全て見比べて思わず唸り声を上げた。

 羅生門、朱雀門、閻魔門、それぞれがそれぞれに特化されており、厳しいものがあった。例えば、朱雀門は攻撃で身を守る事が出来る優れ物だ。つまりは迂闊に近づけばまずい。

 閻魔門に至っては完璧な防御を実現している様子だ。それ故に門は開閉不可能になっている。

 城壁で囲われている以上、外部からの侵入はシャットアウト……。

 そもそも開閉不可だから中から開けて侵入させる手段は取れない。

「どうする? 溝口。俺はもうお手上げだが」

「――正直、私も」

 新庄と真冬はお手上げの様子であった。僕は紅葉へと視線を移動させる。

「間者だったこともあるが……紅葉、信念を裏切らない程度で良い。何か考えはあるか?」

「――三つの門は、城壁以上に固い。それ以外、私も情報はない」

 紅葉も情報はないらしい。だが、その瞳の奥にはどこか僕を期待に染まった目で見ている。

 何かあるのか? 門を破る手段が。

 門は城壁以上に……かた……い?

「あ」

 僕と同時に声を上げたのはミルクであった。

 僕と視線を合わせて彼女はコクンと頷いてみせる。それを見て、真冬は怪訝そうに眉を潜める。

「何か思いついたの?」

「ああ……多分、これを行うには、ありったけの爆薬と新庄と真冬の活躍が必要だな」

「私と――」

「俺?」

 二人は顔を顰めて言う。僕はそれに満足しながら僕の後ろでずっと座っていた葉桜に声を掛ける。

「葉桜にも、手助けして貰いたい」

「え、私にも?」

 やや驚いたような声に僕は頷く。

「従来以上の威力の出る爆薬があれば嬉しい。それには葉桜の力が必要だ」

「ミルクは――」

「分かっている。あたしはヘリを貸して貰えるように頼んでみるね。兄様」

「ああ、助かる」

 ミルクが席を立つのを確認しながら、地図を取りだして広げ、憶測と推測も同時に広げていく。

 そしてその全てを広げた推測を僕は面々を見渡して一つ息を吸い込み、吐き出すと同時に告げた。

「……さぁ、やっていこうじゃないか」


 その後、僕は軍の地下室で薬品の調合を葉桜と共に行う事にした。

 葉桜は椅子に腰掛けて実験の構えを見せると振り返って僕に指示をくれる。

「じゃあ、葵くん、まずこの作戦に適応できるのは一瞬で一箇所に熱を集中できる事を可能にする物が良いと思う。使うのは二種類の爆薬を用意したいかな。一つは複雑なガスとオイルを組み合わせた一点集中爆薬、もう一つが超濃縮アルコールでいきたい。だから――」

「濃縮アルコールぐらいなら出来るさ」

「うん、ある程度蒸留と濃縮が完了したら言って。後は精密な錬成になるから」

 葉桜は笑いながらそう言うとゴーグルをかちゃりと装着した。無機質なガラス越しにわずかに真剣になった彼女の顔が覗ける。僕は一つ頷いてからマスクを装着し、車椅子を器具が置いてある場所へ移動させた。

 アルコールをその器具――突沸を起こさず緩やかに熱する事を可能とするフラスコへ注ぎ入れて、転化する。ガスバーナーの火加減を調節して温度計と睨めっこ。

 厳密な小数点単位の加熱と、気化したガスの回収が今回の肝だ。

 爆破なんて惨事は願い下げだ。持ち前の集中力で淡々とそれを眺める。

 背後ではかちゃかちゃと器具を操る音が聞こえる。葉桜が爆薬の調合に試みているのだろう。時折、軽い爆発音が聞こえると同時に唸り声が響いてくる。

 それを微笑ましく思いながらわずかに上がりつつある温度のために僕はガスバーナーの火をわずかに弱めた。

 下がる傾向が見えたら強め、上がる傾向を見せたら弱める。

 そんな単調な動作も、後ろに葉桜がいる安心感から心地よいものがあった。


「――うん、予想以上に凝縮できている」

 暫く経った後、出来上がりつつある器具の中を見て葉桜はゴーグルを額の上に押し上げてニコリと微笑んだ。頬にさり気なく唇を押しつけてくれると、すぐに葉桜は真摯な顔に戻って僕の隣に腰を下ろして、そのフラスコを引き寄せて幾つかの薬品をポケットから取り出す。

「葵くん、ガラス棒取ってくれる?」

「ほい」

 僕は作業台に置いてあったそれを取り上げて渡すと、葉桜はこっくりと頷いてそれをフラスコの縁に軽く当てる。

 分かる。ここからの作業は乱雑にやったら全ておじゃんになりかねない。

 衝撃一つでこの薬品が吹き飛ぶのかも知れないのだ。

 葉桜は慎重に薬品を注ぎ、ゆっくりと攪拌、上澄み液を回収して、また液体を注ぐ。

 それを続けていくのを僕はずっと眺めている。

「――葵くん、詳細温度計」

「はい」

「ん」

 小数点五位まで記された温度計を受け取ってそれを差し込み、確認していく葉桜。そしてさり気なく僕の手を握る。

「ここから、未知の領域になるの……」

「ああ、一緒にいるよ」

「――ありがと」

 小さな手が、僕の手をしっかりと握りしめる。そしてもう片方の手で葉桜はゴーグルを直すと深呼吸して呟いた。


「超凝縮作業を、開始します」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ