桜色の想いに酔いしれて-4
穏やかに椅子に腰掛けてライフルを担ぎ、ふぅん、と声を漏らす。
「やってくれるじゃないか。なるほど、これまでの攻撃は全て、陽動で裏に敵を回して侵入経路を確保するため……さすがだねぇ。感づきそうな真冬も狙撃で忙しかった訳だし」
辺りではその裏に出現した兵団に向けてありったけの狙撃兵達が銃撃を繰り返していた。だが、その中には訓練兵も含まれており、時々、暴発っぽい音を立てて吹き飛んでいる連中もいる。
今、目の前でも弾け飛んでしまった若い兵が一人いる。
僕はその兵士に手を差し伸べながら言った。
「若いの、大丈夫か」
「は、はい……」
「銃撃の基礎は銃の確認からだ。それが出来ていないようじゃ、まだ戦場に立てんな」
僕はそう言いながら、背後の車椅子を押す葉桜に空いた位置へ入るように指示する。そしてその狙撃位置へ僕は入ると、微かな怒りを点して言った。
「全く、葉桜との甘い生活をよくも崩してくれたね……おかげで一日早い退院を余儀なくされたじゃないか」
「ふふ、嬉しいけど、ここで言うのはどうなの?」
後ろの葉桜から優しい声と同時に僕の頬に軽く手が触れる。その温もりを嬉しく思いながら、僕はライフルを構えてスコープを覗き込んだ。
兵団はいくつかに分かれ、防弾性の盾を掲げてじりじりと迫ってきている。
僕はそれを支えている、防弾性の盾から一ミリほどはみ出たその器具に目をつけると、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「まずは一番右の」
「皆さん、溝口大尉の狙撃に合わせて下さい!」
それに合わせて葉桜が声を上げる。一瞬、それに気を取られて全員の射撃が止まる。その一瞬を狙って、僕は引き金を引いた。
バレットM82から放たれた弾丸は防弾性の盾の真下、そこに落ちていた石に弾かれ、見事に留め金を破壊してそのまま、支えていた兵の頭蓋も吹き飛ばした。
「うわあああああっ!」
重たい盾が倒れてきて悲鳴を上げる兵士達に一斉に狙撃手達が掃射する。その間に僕は次に狙いを定める。その様子に葉桜は楽しそうに言った。
「やっぱり怒っているね、葵くん」
「ん?」
「えげつない殺し方。衛生兵としては許し難いな」
「許してくれ」
「うん、許すよ。だって、私も」
「凄く、腹が立っているもの」
ちなみに、葉桜は軍薬師という資格も取得している。
どういう資格かと言えば、毒ガスや毒薬など、敵軍を蝕むための薬品を作る資格である。
そして、今、僕の放っている弾丸は全て、その毒薬が詰まったものである。
まさに敵兵としては拷問となるだろう。
掃討を終える頃、山本中将が苦笑いを浮かべながら人気のなくなった狙撃台で僕の隣に立っていた。
顎髭をしごきながら死体の回収に移る兵士達を眺め、一つ言う。
「葵、葉桜さん、少しやりすぎではないかね?」
「はい?」
「敵の負傷兵はほとんど口が利けないのだが。筋組織が爛れて酷い痛みで泣き叫んでいたり、神経がやられてあっぱっぱーな答えしか言わないもの……まぁ、その他諸々だ」
「――葉桜」
「てへっ」
僕は戒めるように言ったつもりであったが、思いの外、甘い声が出てしまい、葉桜は甘えるように僕の首へ後ろから抱きついてきた。
中将はため息混じりに僕の肩を叩いて言う。
「まぁ、射撃精度が落ちていないから文句は言わないが……衛生兵を戦場まで連れてくるのはバカップル度合いを凌駕していると思うのだが」
「いや、葉桜が出てくると聞かなくて」
「葵くんが寂しそうな目をするから……経過も見たいですしね」
僕と葉桜が同時に言うのを聞いて、山本中将は再度ため息をついて躊躇いながらも重ねるように言う。
「だが、戦場で傷ついたら――」
「大丈夫です。銃弾は全て撃ち落としていますから」
「大丈夫です。葵くんを信頼していますから」
僕と葉桜がまたしても同時に答えるのを聞いて、山本中将は再三ため息を漏らした。
「もう何も言わんよ……と、しかしながら、一回葵には前線に出て貰わねばならない。先程報告を受けたが、全ての砦を放棄し、全勢力を注いで籠城を決め込んだらしい。すまないが、その扉をぶち壊してくれないだろうか」
「はぁ、ぶち壊すとなるとそれだけ――」
「ああ、それだけデカいぞ。通称、〈羅生門〉だ。ついでにその背後には〈朱雀門〉〈閻魔門〉が控えている。全てぶち抜いて欲しい」
「強固な壁の三枚破りですか……仕組みは分かっていますか?」
「全然だ。あっちの公開データしかない」
「あー……そうですか」
資料で聞いた覚えがある。西国の首都を支えるのは三枚の門である、と。
どうやら総動員でそれを強化しているらしい。まぁ、そんなの、どうでも良いのだが。
少し考え込んで、はぁ、とため息をついた。
「分かりました。首都を陥落してしまえば、僕の仕事もなくなりますから葉桜とゆっくり出来ますしね……」
「おいおい、引退はさせないぞ。学院の教師にでもなって貰おうかな」
中将は少し笑いながらそう言うと、狙撃台を降りて続けた。
「いずれにせよ、出撃まで準備を整える必要がある。準備が整ったら連絡しよう。それまでイチャイチャしていたらどうだね?」
「まぁ、葉桜と過ごさせて貰います……頼む、葉桜」
「うんっ」
葉桜は元気な声と共に車椅子を巧みに操り、僕を狙撃台から屋内へと運んでいった。
「大尉!」
部屋の前ではびしりと一人の青年が敬礼していた。
「退院おめでとうございます!」
「ああ、ありがと。鈴谷くんだったかな。君がいるという事は――」
「中で新庄准尉がお待ちであります!」
「あいよ」
その青年に手を振って扉を開けるよう指示すると、鈴谷軍曹は素早く扉を開けて脇へと退く。車椅子はすぐに葉桜によって押されて扉の中へと入っていった。
そしてそこには新庄、真冬、紅葉、海松久と近接戦闘専門の御方達が勢揃いしていらっしゃった。
僕は苦笑しながら手を振って近づきながら言う。
「やぁ、皆さんお揃いで。しかし、どうしてこちらに?」
「――葉桜から、来いってね」
真冬が少し苦笑いしながら答えると、一枚の用紙をブーメランのように僕へ寄越す。それは最新の西国の門のデータであった。
移動中に葉桜が通信端末を弄っていたのはこういう訳か。
僕は彼女を見上げて少し笑いかけると、すぐにそこに集まった面々に見渡した。
「さぁ、作戦会議を始めよう」




