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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
春の道筋
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桜色の想いに酔いしれて-2

 葉桜がせっせと椅子を出し、お茶とお茶菓子の支度をする傍ら、僕と中将はのんびりと外を眺めながら会話をしていた。

「最近、軍の方はいかがですか?」

「いやはや、新庄くんが補佐してくれるものの、最強と謳われた榊原くんが戦死し、葵も重傷で戦線離脱。士気の低下は免れられないな。それに狙撃は狙撃班と真冬くんに全面的に任せる羽目になっている。奇襲に対する犠牲者は少しずつだが出ているね」

「早く復帰した方が良いですかねぇ」

「まぁ、そうだろうが……なんだ、暫くここでサボるつもりか」

「いえいえ、そんな訳ではないんですけどね、足はホローポイントで盛大に潰されてしまっているので安静は欲しいと思っているんですよ」

 そこまで言うと、中将はニヤリと笑って深く頷いてみせる。

 そこですすと葉桜がお盆に湯飲みを二つ乗せて僕達の方に寄ってきていた。中将はほほうと嬉しそうな声を上げてその湯飲みを受け取った。

 そしてじっとメイド服姿の葉桜を見つめる。その人の中の時が止まったかのように限りなく真摯な眼差しが向かれる。

 一瞬にしてその場に静寂が訪れ、葉桜はわずかに身を強ばらせた。

 そして中将はゆっくりお茶を口に運ぶと視線を僕に向けた。そして、視線で、良いか? と訊ねてくる。僕は黙って頷くと、中将は重々しくその数字(・・)を放った。

「72,68,73……違うか?」

「多分、ぴったりです」

「え……?」

 葉桜はその数字を聞いて、んー、と小首を傾げて三秒間。次の瞬間、真っ赤な顔になって両手で胸とおしりを押さえて後退った。

「それ、私のスリー……何で!?」

「あー、うん、この人の特技」

 僕は笑いながら葉桜を招き寄せる。葉桜は中将を警戒しながら僕のベッドに腰掛ける。その腰を掴んで驚く間もなく僕の膝の上に引き込むと、手で示して笑って見せた。

「彼は山本勘助中将。榊原中佐に並ぶ実力者で、階級通り、中将の方が三歩ぐらいリードしている。特技は一見しただけで女性のスリーサイズを言い当てる事。例えば……中将、あの女性は?」

 僕は窓の外の木の下で休憩していると思しき看護婦を視線で指して言うと、中将は軽く身を乗り出してふむふむと頷いた。

「存外、着やせする人のようだな……。85,56,87か」

「と、いう次第。分かった?」

 僕は抱き締める腕に力を入れて訊ねると、はっと葉桜は我に返って顔を真っ赤にした。今の今まで抱き締められている事に気付いていなかったらしい。初々しい反応が可愛らしく思える。

 抵抗とばかりにもぞもぞと動くが、僕はしっかりと抱き留めてふぅと耳に息を吹きかけてやると幾分か大人しくなった。

 その様子を見て、山本中将はニヤニヤと笑いながら言う。

「良いぞ良いぞ。休暇はたくさんやろう。養生するがいい」

「……随分寛大ですね。裏がありますか?」

「それはもう」

 中将は大袈裟に頷く。僕はため息をつくと頬を掻いた。後でいろいろ調べなければなるまい。だが、休暇をくれるのならば、甘んじて受けよう。

「では、謹んで休養を取らせて貰いますね」

「そうし給え」

 中将は柔らかくそう笑うと、湯飲みを脇のデスクに置いて立ち上がった。葉桜に茶の礼を述べて彼は颯爽と部屋を後にした。

 僕はそれを見送った後にじっと葉桜を抱き締めてその温もりを享受する事とする。その長さにもぞもぞと少女は居心地が悪そうに身動きした。

「ねぇ、そろそろ……」

「もうちょっと。葉桜分を供給させてくれ」

「栄養みたいな言い方だね……」

 少し照れくさそうに笑ってみせる葉桜。僕はその首元にキスしながら少し笑って言った。

「葉桜分が足りなかったら栄養失調で過呼吸になっちまうぞ」

「じゃあ……ずっと、傍にいてあげようかな」

 葉桜は甘えるように寄りかかって外を眺める。そこにはすでに人がいなかった。戦場の荒野が遙か遠くに見える。それをどこか軍人ではないように僕達は眺めた。

「怪我、復帰したらまた働きに出るんだね」

「そうだな」

「……前線、出るの?」

「いや、ホローポイントで大分足を潰されたからな……なぁ、葉桜、正直な話、僕は前線で今まで通り、駆けられるか?」

「……短時間なら、ね。ただ長時間となると再生してきている靱帯や筋肉が損傷しかねないし……。今、最近開発された再生力の強い薬を使っているから大分、疲れやすい身体になっているの」

「それは辛いな。一日中体力を温存しておかないと葉桜と長く一緒にいられない」

「えへへ、お世辞が上手だね……でも」

 そっと葉桜が優しくギプス越しに僕の足を撫でる。愛おしげに、何度も。

 躊躇うように、言葉をゆっくりと連ねていく。

「事実……もう、どんな治療をしてもどこか捨てる羽目になると思う。今、上がっているのは再生力を向上させて短期で直すものと、長期でゆっくり確実に直すのと、いっそのことばっさり切って義足を使うもの。あ、義足って言っても筋肉を人工的に再現した限りなく足に近い義足だけど」

「再生力の向上は体力の低下、長期で直すと技術がなまる。義足はリハビリで時間が取られる……そんな所か?」

「御明察。だから、一応、私としては狙撃兵としてまだ頑張っていられる短期の手段を執ったけど……」

「うん、それで良い。ありがと」

 僕は頭を撫でながら心を込めて礼を言うと、葉桜は少し申し訳なさそうにこくんと頷いた。

「ごめんね。中将にも協力して貰って本土と近い治療をさせて貰っているけど、それでも時間は掛かりそう。私がオーケーを出せるのは……状況次第だけど、一週間」

「早くないか?」

「足は直す必要はないもの。だって車椅子を使えば狙撃ぐらいなら出来るし」

「ん……でも、どうせならたっぷり休暇を頂こうかな」

 ゆっくりと葉桜の身体を抱き締めると、葉桜はすっかり馴れた様子で、でも恐々と僕に身体を預けながら身体を反らして僕を見つめる。

 その瞳に僕は吸い込まれるような衝動を覚える中、桜色の唇がふわりと弧を描いた。

「命令して、良い?」

「何なりと。お姫様」

「あの……ね、えっちな子だと思わないで欲しいけど……」

 ごめんなさい、その言葉がまずえっちです。

 僕は思わず顔を背けて鼻を押さえる中、葉桜は少し媚びるような視線を僕に向けると優しく囁いた。


「葵くんの、子が産みたい……」


 僕はその言葉に押し倒したくなる衝動をぐっと堪え、ゆっくりとその葉桜の身体を抱き締めて、メイド服のリボンに軽く手をかけるのであった。

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