銀髪の少女と行く道は
懐から取りだした煙草は、まだまだたくさんあった。
最初の二パックを買ったのは軍事学校を卒業してから。そのうち一パックがまだまだ余っているというのは如何に健康に心を配っている事がよく分かる。
それを取りだしてくわえながらふと思う。
この箱が空になる事は、あり得るのだろうか。
「ん……」
ポケットをまさぐるが、ライターを忘れたことに気付く。持ち歩くクセはないのですっかり忘れていた。摩擦で火をつけてやろうか……。
そんな事を考えているうちに、横合いから手を伸ばされてその煙草は奪われてしまった。
僕は視線を横に向けると、そこには銀髪の少女がそれをくわえながら少し儚げに微笑んでいた。
「健康に悪いぞ」
「じゃあ、貴方は何で吸うの?」
「さぁな。考え事をしたいから、じゃないかな」
「ふぅん、じゃあ私も考え事がしたいかな」
真冬はそう言いながら軍服のスカートをたくし上げる。真っ白な肌が目に眩しく見える。真冬は僕の視線に気付くが薄く笑みを浮かべただけでその太腿にあるホルスターから拳銃を取りだしてすぐに降ろした。
そして小さく悪戯っぽく囁く。
「葵の、えっち」
「ふぅん、随分えっちな声を出すようになったな」
「だ、誰のせいだと思っているのよっ! 夜な夜な私を抱いてっ! 恥ずかしい事を言わせてっ!」
真冬が先程までの余裕を打ち消して真っ赤な顔で叫ぶ。
僕はそれを半眼になりながら呟き返した。
「……真冬も人の事言えないと思うけど」
実際、いつも真冬の方から誘ってくるのだ。
まぁ、大概のパターンは。
『ね、ねぇ、今日は抱いてくれないの……?』
『……今日も、か? 昨日も一昨日もだぞ?』
『え、でも……一緒に寝るときって抱き合うんじゃ……』
『じゃあ、別の布団で寝るか?』
『……ぐずっ』
『……泣くなよ。ほら……』
で、縺れ込むか、ないしは。
『ね、ねぇ……今日は……』
『またか。お前も大概淫乱だな』
『い、淫乱違うっ! ……あ、……いの……だけだよ……』
『え? すまん、もう一回』
『あ、葵の前だよ……。私がこんなにえっちなのは……』
『……この可愛い奴め』
で、僕が発情するオチか。
この前は寝ている間に跨ってきた事もあるし、風呂場に乱入も序の口だ。
修学旅行の引率で僕だけ出かけてきたときは帰ってきた途端に泣いて抱きつかれたし、かといって二人が引率のときは二人っきりになった瞬間に抱きついてくる。
不純交際は止めましょうとか言う学校の教員の言う事ではないな……。
僕はため息をつきながら再度煙草を取り出すと、真冬は拳銃の撃鉄の部分で火花を散らしてその火花で着火していた。
「……その発想はなかったな」
「ん」
撃鉄を持ち上げてから真冬は拳銃を突き出す。僕が口にくわえた煙草をそこに差し出すと、真冬は引き金を引いてもう一度火花を散らさせた。
上手く着火し、二人して手すりに肘を乗せてぼんやりと外を眺めた。
「葵ってさ、いつも煙草吸うときは屋外だよね」
「まぁな。受動喫煙されても困るだけだし。それにすぐに新鮮な空気を吸わないと肺が害される」
「……ま、そうよね」
真冬はそう言いながらふーっと長く煙を吐き出す。
目の前では的に向かって数人の生徒が構えを取り、銃を発砲していた。それを眺めながら、真冬はぽつりと呟く。
「あの子の銃、ワルサーね。でも変なクセがついている」
「大方、どっかのアニメに影響されて変に弄ったんだろ。お、あいつは上手いな」
「そうね……でも狙撃手みたいな構えをしているし、撃つまでが長すぎるわ」
「転科でも勧めてみるか」
「どうかしらね。意外とこっちの方が頑張れるかも知れないわよ」
「……教育は、難しいなぁ……」
「……そうねぇ……」
僕と真冬は同時にため息をついた。それと同時に背後で扉が開く音が響く。僕らは聞き知った足音に振り返る事はなかった。
「あー、お母さんっ、ここにいたっ!」
「こら」
真冬は拳銃を背後へ見ずに向けながら告げる。
「学校では、先生、でしょ」
「あ……すみません。先生。あれ、お父さんも……」
「こら」
「すみません。先生」
突き出された二つの銃口を前に背後から弱々しい声が響く。僕らは顔を見合わせて苦笑すると、振り返って銃をしまいながら背後を見た。
そこに立っていたのは十一才の少女であった。わずかに大人の色香を感じさせ始めるその少女は、僕と真冬の愛の結晶であった。
どうやら入籍する以前にもう妊娠していたらしく、教官として任についてすぐに出産したのだ。
出産しても真冬の身体はたるむことはない。
もうすでに五人の子供を産んでいるが、その身体は健全であった。
少女は僕らを前にぺこりと腰を折って言った。
「こんにちは。先生、学園長。お二人ともサボりの様子で何よりです」
「……全く、賢い娘だ。いつの間にか皮肉を覚えていたよ。
僕は苦笑いしながら頷く。
そう、僕はすでに学園長の座に上り詰め、真冬はその教頭であった。
僕はもう二十九才、真冬は二十八才だ。異例の昇進に口を挟む物も多かったが、僕らの腕前と山本中将の意見の前では誰も発言できなかった。
いや、もう中将ではなく、大将へと昇進し、すでに隠居していたのだった。山本大将は。
榊原中佐は女性スキャンダルで失脚。それに変わって今、緋月が大佐へと異例の昇進を遂げ、頑張っている真っ最中だ。
葉桜や紅葉も健全だ。葉桜は同盟国のアメリカの軍事病院で院長になったという連絡を受けているし、紅葉は西国が潰れた今、反逆の意思なしと判断され、准尉としてせっせと働いていた。
今、東国連合は攻め来る大陸の列強を相手取って戦っていた。緋月と新庄が大陸を拠点として陣頭指揮をしているらしい。
「あ、そう言えばね、葵、小雪」
真冬がふと思い出したかのように、僕と愛娘の名を呼びながら言う。
「また、赤ちゃんが出来たみたい」
「……ねぇ、お父さん」
「何だ?」
今回は注意せず、小雪の怪訝そうな顔をしっかりと受け止めた。小雪は呆れた口調で言う。
「お父さんがお母さんを管理しないと駄目だよ? お母さん、危険日ってこと絶対言わないから、こうやってまた六人目が出来るんだよ。私に加えて雪人、雪姫、雪絵、深雪! どれだけ生めば気が済むの!?」
「……いや、子供達が可愛くてな、次々と欲しくなってしまうんだよ」
「でも、名前がそろそろネタ切れじゃない?」
「いや、考えてあるぞ。今回のが男だったら雪雄、女だったら雪花だ」
「……結局、お父さんも乗り気な訳ね……」
脱力した様子で小雪はため息をつく。そして真冬の方を向いて改めて、という様子で告げる。
「先生、そろそろ射撃の訓練、終わりますが」
「……分かったわ。次に走り込み、その後に遠距離射撃に移って。すぐに行って見てあげるから」
真冬が面倒くさそうに手で払う。小雪は肺活量の限界に挑戦するようにため息をつくと、僕の方をちらっと見て言った。
「学園長、サボり教員に厳しくお灸を据えて下さいね」
「あいよ。小雪、今日のご飯は何が良い?」
「久しぶりにお父さんのちらし寿司が食べたいな」
「分かった。じゃ、頑張って来い」
僕が手を振って小雪を送り出すと、煙草を揉み消して携帯灰皿にしまう。真冬の煙草も同じくしまって空を見上げる。
真っ青なほど、空は真っ青であった。
この空の下で戦争が起こっているなどとは思えない。
だが、事実だ。統率できる国力を持った国がいないために国々は覇権を争って群雄割拠している。核兵器が持ち出されるのも時間の問題かも知れない。
僕はため息をつくと、柵から手を離して真冬の方を向く。
その瞬間、真冬は僕の首に抱きついて熱烈なキスをしてきた。
煙草の苦みが混ざった大人のキス。舌が舌を絡み合わせ、淫靡な音を辺りに立てる。息継ぎの合間に僕は真冬に声を掛けた。
「……ん、行かなくて良いのか」
「もう少しだけ。だって……」
真冬は軍服のスカートの裾を摘み上げてちらりと持ち上げる。丁度風が吹いてそのスカートをひらりとまくり上げる。僕はそれを眺めると、視線を逸らす。否応なしに顔が紅くなるのを感じた。
そこに、あるべきものがなかったから。
「……お前、履けよ」
「履いても良いけど……ね?」
妖艶に輝く真冬の瞳。甘えるように僕の胸に手を置いて言った。
「もう少し素直にならせて欲しいわ……良いかしら?」
「全く、お前って奴は」
僕は苦笑しながらその銀色の髪に手を伸ばす。風を受けてさらさらとその手の中では鈴の鳴るような心地がした。
この学園で、この少女に出会った。
その頃から背中合わせになれると思っていたのはきっと戦士の予感。
そして、その背中合わせから向き合うことになるのは必然だったのだろう。
このキセキの積み重ねが今の僕達を作りだしている。
そしてまたこの愛しき人と共にキセキを紡いでいくのだろう。その結晶が僕の眼下で軽快に走っていっていた。それを見ながら二人で笑い合い、そして唇を重ね合わせた。
硝煙の香り立ち込めるその戦場で。
僕は銀髪の少女に恋をした。
これは、そんな物語……。
ハヤブサです。
真冬ルートはこれにて集結し、一旦時は巻き戻り。
東国と西国との対談へと戻り、再び葵は選択を迫られます。
次回辿るルートは……?
構想を練るため、少々時間を頂きたいと思います。
もし宜しければ感想、または次のルートのご希望を承っています。
是非とも一言でもよろしいので、感想を頂けたらと思います。




