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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
冬の道筋
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これから刻むキセキ-8

「……ふぅ」

 ひとしきり落ち着いた僕はベッドの上で真冬に膝枕されて一息ついた。

 羽布団にも匹敵するような柔らかさに僕は少し目を細めながら言う。

「……まさか、真冬に諭されるとは思わなかった」

「私だって少しは賢いのよ。最初に貴方を見て思わず感情があふれ出すのを感じたと同時にね、貴方が動揺しないのが変に思えたの。だから、伝えたい事は最初に伝えたし、後は貴方を出迎えようと、貴方が葉桜と会話をしている間にそう決めていたの」

 大したものだ。と僕は感心した。

 確かに僕はずっと戦場にいる心構えであった。それを見破れたものはいなかった。

 だが、それを一瞬で見極め、そしれ短時間で自分の心の整理をつけて受け止めた? 軍人ならではの割り切った性格でないと出来ないかもしれない。

 そこでふと、先程の言葉を思い出して言う。

「伝えたい事……ってまさか……」

「葵の、バカ、大バカ」

 真冬は優しくそう繰り返しながらこつんと僕の額を叩く。その瞳にはわずかな怒りが戻っていた。

「何で貴方は仇討ちなんかに臨むのよ。それに私を転地させるとか……信じられないわよ。貴方も転地しなさいよね。すぐに……。あ、貴方がいないと、私の相棒が務まらないでしょ」

「僕の相棒も、な」

 僕が手を伸ばして彼女の頬を撫でると、彼女は目を細めて頷いた。

「それと」

 真冬はさらにそう前置きすると今度は瞳に殺気が宿り始めた。

 え、もしかして殺される……?

 そう思った瞬間、僕の頭は真冬の手で鷲掴みにされていた。緋月ほどではないが、真冬の本気の握りつぶしに頭が痛くなってくる。

「何で私と一緒にいるときまで貴方は戦場にいるつもりだったのよ……! 何、もしかして、わ、わわ、私を抱いているときも戦場にいるつもりだったのっ!」

「いや……なんか……すみません……」

「……私と一緒にいるときは、もっと甘えなさい。その方が……その……」

 真冬はもごもごと口ごもる。僕はその言葉を待ち、真冬がその言葉を発すると同時に合わせて声をかぶせて見せた。


「恋人らしいから」


「……む」

 真冬が恥ずかしそうに顔を背ける。僕は笑いながら身を起こすと懐に手を突っ込みながら言う。

「でも、恋人で収まるかな」

「……え?」

「これは、もちろん真冬の意思で決定してくれ。僕はもう、真冬としか一緒にいられないから……」

 そう言いながら取りだした紙を差し出すと、真冬は戸惑いながらそれを手にとって眺める。そして次の瞬間、凄まじい勢いで顔を紅くした。

「こここここ、蒟蒻畑!?」

「違う違う。婚約届だ」

 僕は笑みを浮かべながら真冬の綺麗な銀髪を撫でる。そして用紙の名前と捺印の場所を指で示した。

「ここを埋めるかは、真冬次第だ。僕で不十分だというなら破棄するも良し、また恋人同士、という関係も悪くはない」

「……そんなの決まっているじゃない」

 真冬はもごもごと言いながらもベッド脇にあったボールペンを取ってすぐに名前を書き込んでしまう。そして判子を引き出しから取り出すと無造作にそこへ捺印して僕に渡した。

「……ほら、報告に行くんでしょ。そのついでに役所に行ってきなさいよ」

 そっけなく言うのは彼女の照れ隠しか。僕は苦笑するとそれを受け取って立ち上がった。

「葉桜も待たせるのも悪いしな。とっとと検査を受けて提出してくるよ」

「……ん」

 真冬は上ずった声で言うと手でしっしと払って見せた。

 それが夫に対する態度か。僕は苦笑いをしながらその部屋を後にした。


「検査は異常なし……と」

 一通りの検査を葉桜は流れるように終えると、書類をまとめてふぅとため息をついた。そしてその書類を封筒に入れながらちらっと僕を見た。

「もう良いわよ。葵くん。検査費は軍に請求しておくわね」

「頼む。じゃあ……」

「ああ、そうそう、葵くん、ロビーで待っている人がいるよ」

 葉桜は少し不機嫌そうな口ぶりで言うと、その封筒をしまって別の書類を取り出す。

 僕はそれを見てから立ち上がると、同室していた看護士にも礼を言ってから診察室を出る。

 しかし、葉桜が不機嫌になるほどの人か……思い当たるのは数人しかいないが。

 廊下を歩き、ロビーへと向かう。そしてその人影が目に入ったときにその疑問は氷解した。

「中将……!」

「おお、葵。無事で何よりだ」

 出迎えてくれた中将は少し疲れた様子で微笑んで見せた。そして僕が通ってきた廊下を手で指す。

「第二診察室を借りた。悪いが、そこで話を聞かせて貰えないか?」

「別に本部でも……」

「それがだな、今回の無茶な葵の行動を非難する連中が多すぎてな。糾弾しようと息巻いているのだよ。仕方ない故、裏技を使った」

「裏……技?」

「ああ、こういう場合は大体、褒賞と懲罰が付き物だが、褒賞だけ受け取って懲罰が決定する前に別の部署に移した(・・・)

「移したってもう……完了しているんですか」

 僕が呆れていると、中将は呵々と笑いながら廊下を先行して歩き始める。

「ああ、この度の成果はもう上に報告し、上はその働きに対し、この件に関与した四名に二階級特進の褒賞を下すことに決定した。その報告に軍律違反だと宣う連中が出るがまぁ、遅い。こうして私は職務を全うすべく事情聴取に来ているが、もうすでに君と真冬くんは中佐と中尉となって軍事学校教官へ早変わりだ。学園は総出で大喜びして庇護すると約してくれた。君達が我々の護衛で学園に入ってしまえば、後は連中、手を出せんよ」

「はぁ……なるほど」

 よく分からないが、僕らは美味い所だけ食べて後は別の場所でのうのうと暮らせるらしい。

 何という政治(アクロバット)。思わず感心してしまう。

 山本中将はさっさと第二診察室に入るのを見て、僕は肩を竦めた。


 硝煙の香りに、感謝せねばなるまい。

 無茶苦茶でも、収まる場所へ収まったのだから。

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