これから刻むキセキ-6
地面に落ちてきたのは、随分、久しい顔の青年であった。
僕はその傍に歩み寄ると、青年はふっと笑みを見せた。
「負けたな。溝口君」
「ええ、本当に生徒会長はお強い。でもそれ以上に、僕の方が賢かった」
「賢い……とはまた」
こふっと空気を吐き出すように笑う。昔の生徒会長は意外そうに、だが楽しそうに笑った。
「キミの数学の成績よりは私の成績の方がよかったはずだ。それなのに何故……?」
「最初の攻撃は、あまりにも精密でした。だから最初から機械を使っている事は目に見えていましたよ」
僕はそう言いながら彼の右手を軽く蹴ってみる。そこには精密機械が搭載された義手があった。今は撃ち抜かれて使い物にならないが。
「……それで?」
「射撃プログラムなんてたかが知れています。それに頭上の予め設置したポイントを撃って跳弾で僕らを狙うにはスパコンで漁っても数パターンしかないでしょう。それを経験則と数学で割り出しただけです」
「……じゃああの散弾で防げると、分かっていたのかい?」
「ええ」
僕は形見の切り詰め狙撃銃を見せる。それは散弾も装填できるタイプで手入れもしっかりされていた。
それを見抜いたか、会長は優しげに笑い、動く手でそのライフルを撫でた。
「良いライフルだ」
「ええ。ただまぁ、全て防げるとは思っていなかった」
「……え?」
「これはただの運ですよ。確かに重比率の散弾を三つまとめて突っ込んで放ちました。ですけど、二割方、僕の腕や足に被弾する確率だったんです。でも……」
「……なるほど、私は運に見放されたか」
会長はくはははと吹っ切れたような笑い声を上げると、優しげな瞳で僕を見つめた。
「私が西国に亡命してのうのうと暮らしている間、キミは幾重の戦場を渡り歩き、その経験でここを勝ち抜いた。それは素晴らしい事だ……。元生徒会長として、キミを誇りに思うよ」
「貴方との戦いがなければ、この戦法は思いつかなかったでしょう」
僕はそう言うとソードオフライフルの弾を入れ替える。スラッグ弾に入れ替え、その銃口を生徒会長に向けた。彼は一つ笑って頷いて言った。
「冥土より、キミの武勲を祈り、キミの活躍を見守るとしよう。溝口葵君」
「……さようなら、会長」
引き金を引く。
その瞬間、会長の顔はそこから消え失せていた。
「……葵」
声を掛けられて振り返るとそこには緋月の姿があった。憔悴したような表情でバトルフォークを持ち上げる。そこには平田の生首が乗っていた。
「……ありがとう。緋月」
「いや。生け捕りするつもりだったんだが、自害された」
「全く、自分で仇を討つ機会をことごとく逃しているな。僕は」
僕は苦笑すると緋月も笑いながらバトルフォークを振って生首をそこら辺に放り捨てた。
次の瞬間、地面が凄まじい勢いで揺れた。
「地震……!」
「まずい、緋月ッ!」
僕は叫びながら彼女の腕を掴む。そして出口へ足を踏み出すが、その瞬間、巨大な岩がそこへ落ちてきて退路を塞いだ。
「くっ……!」
揺れに応じて頭上から岩が崩れて落ちてくる。
それに歯噛みして僕はソードオフライフルを握りしめた。
……真冬……ッ!
◇◆◇
「ん……」
細い呻き声で私は目を覚ます。
深く息を吸い込むと、消毒液の香りが肺の中を満たした。思わず反射的に息を止めるが、有毒なものでないと判断すると深呼吸を繰り返した。
思考が明瞭になっていく。四肢を確認すると、あからさまな気怠さがあった。
身を起こして辺りを見渡す。見渡す限り、ここは医務室などではなく、病棟のような雰囲気だ。手足を動かしてみる。だが、身体が鉛になったかのように動かすのに酷く苦労する。
暫く寝たきりだったのかも知れない。
私は傍に置いてあったナースコールを掴むと、同時に病室の扉が開いた。
「あ、真冬ッ! 起きたんだっ! 良かった……」
入ってきたのは白衣姿の葉桜であった。私の傍に駆け寄ると脈を取り、顔色を確かめ始めた。私はそれを見ながら訊ねる。
「何で私は病棟に……?」
「コケナシを使われたみたい。一週間ぐらい寝込んでいたわよ。それで本国の国立病院に送られたの」
「本国……?」
「うん、葵くんの処置。任務中に負傷した真冬を本国に輸送して転地届を提出したの」
「転地届……本土に?」
「……うん」
「それで……葵は……?」
私は四肢を動かして確かめていると、葉桜はその腕を掴んで注射器を取りだした。
「血、採るよ」
「うん……え、それで葵は?」
「……それより、さ」
どこか葉桜はその話題を避けるように注射器を静脈に刺して採血していく。戦場で見る血よりも黒い液体が注射器に溜まっていく。
「葵くんに怒っていないの? 勝手に転地して」
「怒りたいけど……それよりも」
私は彼の顔を思い浮かべて胸の高鳴りを感じながら少し視線を逸らして言う。
「早く……会いたいの……」
「……そっか」
葉桜は採血を完了すると、ナースコールを押して看護士を呼び、呼び出した看護士に採血したそれを手渡してあれこれ指示をする。看護士が出て行ったのを見ると、葉桜は椅子に腰掛けて私を見つめた。
「私もね、真冬の転地届に合わせて、私も転地届を出したの。本土の軍医としてね」
「衛生兵じゃないの?」
「うん。その方が真冬の面倒を見られたし。それに葵くんのためにも真冬をしっかり見ておかなきゃいけないと思ったし」
葉桜は少し照れくさそうに笑って言う。話をはぐらかしている訳ではなさそうだ。静かに私が続きを視線で促すと葉桜は頷いて話す。
「でね、軍医といえば、治せ、ってだけの仕事だからあまり情報が入ってこないの。一応、衛生兵の伝手があるから少し探っているんだけど……一応、公開情報だと、遠征軍の帰還者は真冬以外、いないの」
「……え?」
「伏兵があったのかもしれないし……よく分からないんだけど……あと非公開情報で葵くんはまだ戦地に残って戦闘しているらしいの。昨日ケリがつくとかつかないとかで……あ、ごめん、ちょっと外すね」
葉桜は席を立って懐からインカムを取りだし、それを耳に差し込みながら部屋を出る。
私はふぅとため息をつくと、壁に耳をつけた。
席外しても、無意味なのに。
壁を通じて耳を澄ませる。
『はい……あ、うん、葉桜だよ。うん、他に誰もいない。それで……?』
どうやらその衛生兵のお仲間らしい。インカムの音までは拾えない。
『…………。……え? ちょ、ちょっと待って!?』
と、一拍開けて葉桜が悲鳴のような声を上げた。慌てて口を塞ぎ、辺りを見渡すような雰囲気が伝わってくる。私は思わず冷や汗を感じながら続きに耳を澄ませる。
『それ、間違いない? でも葵や緋月に限って、そんな……うん……うん。分かった……詳しい情報が入ったら連絡お願いね……うん』
葉桜はそこで通信を切った様子だ。私が壁から耳を離すと、葉桜があからさまな作り笑いを浮かべて部屋に戻ってきた。
「ごめんね……って、もしかして真冬、聞いていた?」
「……うん」
私が頷くと、葉桜はあはは、と気が抜けたような笑みを浮かべて椅子に腰を下ろした。
「……通信兵の友達からだけどね。衛星写真で葵くんの残っている場所の辺りを確認したんだけど、大規模な地震があって落盤が起こったって」
「……ッ!」
私はそれを聞いた瞬間にベッドから跳ね起きようと筋肉を動かす。だが、動きが鈍い。それ故に葉桜に慌てて押さえられた。
「待って待って! 少し落ち着いて。今の真冬じゃ無茶なこと出来ないよ!」
「知っているけど……! 葵との通信は!?」
「落ち着いて! 通信装置も壊れたらしくて……ただ、発信器は生きているらしいけど、それが落盤のど真ん中……」
「……ッ!」
私は思わずベッドを殴りつけた。感じるのは憤怒でしかない。
何故、葵は残ったの。
何故、遠征軍は一人も帰ってこないの。
何故、何故……!
何故、私が油断したのッ!
あのとき、私が油断せずにいれば、あの集中攻撃もかわして反撃に移れたはずなのに! 何で油断したの! 何でコケナシなんか使われて……!
「ま、真冬ッ! 落ち着いて! 深呼吸!」
葉桜の慌てた声が病棟に響く。看護士が入ってきて懐から注射器を抜く。どこかで落ち着いた思考がその眼で注射器に張られた『鎮静剤』のラベルを見抜く。
瞬時にベッドを蹴り、肘鉄を看護士の手に打ち込む。看護士は痛みに呻いて注射器を取り落とす。私は着地する足でそれを踏みつけて破壊すると、その足で地を蹴って出入口へと駆ける。
だが、やはり寝込んでいた足は筋肉がどこか弛緩していた。
踏み込んだ足に力が入らず、出入口の寸前でがくっと倒れ込み……。
それを無骨な腕がぐっと抱き締めた。
「悪い、遅くなった……」
その声はどこか弱々しく、疲弊したものであった。
けれど、暖かくて優しい言葉。
私は恐る恐る顔を上げると、そこには優しい笑みを見せる葵の姿があった。
風変わりした様子で、顔が薄汚れ、裂傷も目立つ。髭もぼさぼさで山ごもりしていたようだ。
それでも、そこにいるのは。
私の、愛しい人なのだ。




