宿舎で日常-5
「緋月ー」
「ん、何かな」
「食料がそろそろ保たないけど」
「分かった、買い足しておくよ」
「葉桜ー」
「葵くん、何?」
「薬品の在庫、大丈夫か?」
「んー、あ、胃薬が切れているから買い足さないと」
「じゃ、緋月に言っておいて」
「うん」
「真冬ー」
「何?」
「携帯弾薬とかの補充、頼んで良いか?」
「な、何で私が……」
「えー、真冬が適任だと思ったけど、仕方ない、葉桜に頼むかー」
「わ、私がやるわ!べ、別にあんたのためなんかじゃないんだから!」
「はいはい、葉桜のためだろ?じゃ、頼むわ」
「う、うん……」
「ねぇっ、おかしくないっ!?」
こんな応酬が続く中、葉桜が居間でべしっとテーブルを音が響いてきた。
「何が?」
緋月が持ち前のアルトボイスで訊ねると、葉桜がどこか憤った声で言う。
「何で葵くんがずっと部屋の中にいたままなの!?」
「葉桜……自覚ないの?」
メゾソプラノを彷彿する真冬の恐る恐るといった声に、葉桜のソプラノの戸惑ったような声が答える。
「え、何の事?」
「ま、まさか……葉桜、ここの部屋で暮らしている理由って……?」
変わって緋月が戸惑った声が訊ねる。
「え……言わせないでよ……もう……」
何故か、葉桜の照れたような声。
そこにかぶせるように緋月と真冬のため息が響いた。
「今だから言うけど……」
「ひ、緋月先輩、言わない方が……」
「いや、しかし、それは葵のためにならない……葉桜、心して聞け」
「うん?」
緋月は決然とした声で告げる。
「ここの部屋はだな、料理の出来ない女子しか入居が許されない」
……ざっつらいと。
「そして、葵は今、君の食事で食中毒を引き起こして布団で悶えている」
…………ざっつ、らいと。
僕は今、部屋で悶えています。
そう、この部屋に住んでいる女君達は、皆、料理が出来ない。
事の始まりは学園時代に遡る。
軍事学園で緋月はそれはもう家庭科はガタガタの劣等生で、他の教科は断然トップなのにそれが出来ないせいで学年次席という不名誉の成績を収めていた。
で、そこで出てくるのは学年首席の僕である。
僕は軍事学園の狙撃科に所属、必須教科は一般教養、史学、狙撃訓練、総合訓練だ。
ま、そこで何故、首席を取れたかというとその必須教科がボチボチ出来て、狙撃は一流、そして家庭科などの選択科目でダントツのトップを取っていたからだ。
そこで彼女は僕を謎の権力で拉致、料理を教えて欲しいと脅し……もとい、頼み込んだ。
僕は渋々教えるが、何故か彼女は食事に拳銃やサバイバルナイフに固形燃料など野戦料理でも突くルキなのか、荒い料理でカレーすらも作れない。
このままでは卒業後に隊を組んだ際に、自分が食事当番になれば間違いなく、隊員を毒殺してしまう。
そういうので、僕は仕方なく、こう提案した。
『僕が一生、テメエの飯を作ってやる』と。
……誤解を招く言い方をしたとは思っている。
その後の顛末は、後々話すとしよう。
結論は、食事が出来ない人のための隊をここで作った、ということなのだ。
「え……そうだったの……?」
葉桜の動揺したような声が響く。……すまん、葉桜。
「だったら食べてみたらどうだ?葉桜」
緋月の声、それに促されたのかカチャカチャという食器の音が響いてきた。
そして、ん、という食べるような音。
「……え?普通じゃない?」
どんがらがっしゃーん!
凄まじい勢いで鍋が落ちたような音が響き渡った。
まさか……。
「まさか……葉桜、もしかして壮絶な味音痴?」
真冬の恐る恐るといった声。緋月が息を潜めるような音が聞こえる。
「失礼ねっ!別にこれはこれで個性的な味じゃないの」
「まぁ……分からなくはないけど……」
なるほど、葉桜は……あれだ、冒険主義者だ。
正しい調理法を知っているが、『これを入れたら美味いんじゃね?』と思い、次々と調味料を注ぎ足していくというもの。
才覚を持っているものは抜群な勘を持っているが、味音痴がやると悲惨な目に遭う。
ぐぎゅるるるる……。
「う……」
また腹が呻く。
仕方ない、と僕は布団から起き上がると重い足取りでトイレに向かうのであった。