銀色のキセキに感謝しよう-6
穴を開けられたあの弾はスラッグ弾だ……ならば、大体敵がやるのはポンプアクション、その後に的確に相手に的を絞って発砲……!
僕は算段を踏みながら、身を倒しながら拳銃の弾丸を地面へ叩きつける。
この部屋は情報処理室、地面は頑丈な特殊合金だ。だったら跳弾も容易い。十連続の跳弾も余裕で可能だ。そしてその技術も山本中将に教わった……!
放たれた銃弾は跳弾となって地面と天井を跳ね返り合う。
「くっ……!」
侵入してきた兵士が自動小銃で連射するが、それは跳弾で防がれてそれもまた跳弾として僕の防御網へとことごとく加わっていく。
その瞬間、頭上から凄まじい音がして何か金属の塊が突き抜けた。
スラッグ弾だ。僕はニヤリと笑いながらその場で片膝をつきながらバレットを抜く。
☆
葵は執拗なまでに頭か足を狙う。
頭はワンショットキルのため、足は生け捕りのために。
その技術は一流で、紅葉を捉えたあの銃撃も足をしっかりとねらい打ちしていたのだ。
私はベレッタ二丁を取り出しながら放たれたスラッグ弾をひょいと頭を下げてかわす。そしてすぐに腰からワイヤーを抜くと天井に突き刺し、地面から飛び上がった。
その瞬間、足下から凄まじい勢いで葵の銃弾が突き抜けていった。
「がっ……!?」
ショットガンの次の弾を装填しようとしていた兵士はそれに足を挽肉にされて倒れ込む。
「よしっ!」
私はそれも思わず歓声を上げながらワイヤーを離す。しかし、ショットガンを握った兵士はただでは転ばない。ショットガンを寝そべった状態で構え、私を狙う。
地面に降り立つと同時に放たれたスラッグ弾に対し、私は限りなく身体を低くし、拳銃を両手に構えた。
来て、葵……!
☆
真冬の歓声が微かに耳に届いて、僕はふっと笑みを漏らしながらもすぐに背後に向けたライフルを立ち上がりながらまた壁の方向へ向ける。
もう考えはまとまっている。
足を潰された兵士はショットガンを上向きに構え、上空に待避していた真冬を狙う。
その真冬はその行動を読んでいるはずだからすぐに真冬は地面へ降りている。必然的にそのスラッグ弾は無駄になるはずなのだ……が。
僕は壁の中央に銃口を向けて引き金を引く。
☆
銃声が響き渡ると同時に私は拳銃を構えた。
スラッグ弾が放たれるとコンマ一秒ずれ程度で私の髪の毛を掠め、壁をぶち破って現れた葵の巨大な弾丸は恐らく、スラッグ弾には命中しない。
幾ら、音と気配だけで相手の格好、銃口の方向、構え、放つタイミングが金輪際、分かってしまうとしても、壁で見る事はもちろん音は満足に届かないのでは、敵わないはず。
だから、それを修正するのは私の役目だ。
私は葵の弾丸が通り過ぎる前にその仰角を感覚で悟って銃弾を空中と天井に連続で発砲した。
さすがにライフル弾の速度に拳銃の速度が敵うはずはない。だが、分厚い壁で威力を半減させている今ならば、確実に撃って修正できる……!
空中にばらまかれた銃弾は追いついてくる葵の銃弾をアッパーのような形で打ち上げ、仰角が強かったスラッグ弾に真っ向から衝突する。
上方向へ発進されたスラッグ弾とほぼ水平方向に放たれ、私の銃弾で押し上げられた葵の弾は空中で激しく火花を散らしながら衝突し、互いに跳ね返って天井へと向かう。
その弾達を出迎えたのは、私が天井に発砲していた銃弾達であった。
それらが上方向へと跳ね返っていく弾達を上から今度は拳骨を喰らわせるように何発も当たっていく。推進力の大きな対物弾でも、何発もの拳銃が押せば軌道は修正できる……!
頭上からの凄まじい火花に思わず私は瞬きをしてしまった。
その瞬間には全てが決していた。
☆
「撃たなければ意味があるまい!」
跳弾の弾幕に向こうの兵士は乱暴に近くにあった機械を投げ込むという荒技で食い止めると、僕に真っ直ぐ銃口を向けた。
だが、僕はそのとき、背後にバレットの引き金を引いており、その弾は容易く壁をぶち抜いていた。
「跳弾の天才もここまでだな!」
嘲り笑う兵士。だが、僕は信じていた。
信じ切って、その膝を折っていた。
ただの天才ならここで終わっていただろう。
だけど。
伝えてくれた言葉がある。
モールス信号は端的に『B2B』、つまりバック・トゥ・バックとだけだ。しかし、それで十分。
「信じているから、大丈夫だぜ」
向こうの状況を。背中の状況を。その状況を作りだしてくれる、真冬を!
その瞬間、僕の頭上から弾丸が壁を突き破って現れた。
本当にやりやがった……! 僕の要求したR・Sをやってのけやがった……!
「な……!」
僕が笑う中、兵士は驚愕に目を見開く。が、すぐにその顔は見えなくなった。
いや、消えてしまったのだ。
その弾丸によって挽肉にされてしまったのだから。
僕はそのまま後続の兵士が出てくるのをバレットの引き金を引いて牽制していると、肩越しに何かが飛んできた。安全装置の抜かれていない手榴弾だ。
僕は掴んで歯でその安全装置を抜くと、思いっきり扉の向こうに投擲し、すぐに拳銃を抜いて一発発砲した。
手榴弾は真っ直ぐ廊下に飛んでいき、僕の放たれた銃弾で弾かれて兵士がいる方へと弾け飛んでいった。
次の瞬間、爆裂音と断末魔の叫び声が響き渡ってきた。
「よし……」
僕は振り返ると、バリバリと銃弾をばらまく真冬の元気なベレッタの音が壁の穴から漏れ出てきた。彼女は僕に手榴弾を寄越すぐらい余裕があるのかな。
僕は内心感謝しながら、廊下へ飛び出て警戒しながら、爆風で吹き飛んだ警備室へと転がり込んだ。
そこには、ハンドルが一つ壁に備え付けられている。これを回すだけ……か。分かりやすい。
それに僕は飛びつくと、慢心の力でそれを回した。
さて、それによって東国の軍勢を龍牢関に招き入れ、圧倒的な戦力でそこを制圧した僕達。
この作戦、各能力を駆使すれば全員が死ぬはずのない作戦として進め、事実、ほぼ犠牲を出さずに制圧する事は敵った。
だが、あくまで、ほぼ、だ。
わずかながらに三人の犠牲者を出していた。
それは、第六資料室の人間が二人。そしてあと一人は……。
「……一番、死ぬと思わなかった人が死んだな」
僕はその骸の傍らに膝をつく。真冬と紅葉も背後からその骸に手を合わせた。
そこに横たわっていたのは、峰岸であった。
彼女は武器も持たず、目を見開いて死んでいた。頭を撃ち抜かれて即死であった。
「……あまり、気分が良くないな」
僕は嘆息しながらその骸の目を閉ざしてやる。そして、僕らはその遺体が安置されていた部屋から出て、龍牢関の、仮に我々が参謀室と取り決めた部屋へと向かう。
そこでは山本中将が他の軍人といつ首都に兵を差し向けるか議論していた。
が、すぐに中将はこちらに気付くと、ニコリと笑ってその軍人を手で追い払った。
「……良いんですか? 中将。会議中だったのでは?」
僕が近づきながら訊ねると、中将は苦笑して見せた。
「あれはもっと出兵時期を遅らせるべきだという馬鹿者の意見でな……葵はどう思う?」
「はぁ……迅速な制圧、が好ましいとは思いますが」
「だろう? だが、この制圧、あまりにも呆気ない。もしや伏兵があるのでは、という意見があってな……いや、儂としてはそれを訝しく思わんでも無いが、葵達だったら迅速に制圧できると踏んでいたからな、伏兵などないと思っている」
「……まぁ、伏兵の線は疑っても良いかも知れませんが。念のため、間者を出して相手側を偵察してみてはいかがでしょう? 混乱していればそれは伏兵はありませんよ」
「うむ、そうしよう……」
それで山本中将はコホンと咳払いすると、ここに集まった面々を見渡す。
「……遊撃部隊はよくやってくれた。一人を失い、痛ましい事ではあるが……今は戦争中。増員してすぐに次の出撃に備えてくれ。といっても、三人とも狙撃に関しては並々以上の腕……葵に至っては狙撃部隊を遙かに上回る腕前を持っているからな。暫しは龍牢関での見張りを頼もうと思う。その間にこの戦での傷を癒すこと……良いね?」
「そんなので良いのですか? すぐに私達が出陣せねばならないのでは……」
真冬が少し躊躇うように言うと、中将は厳つい顔を緩ませて優しい顔になった。ふと、俊介お祖父さんがこんな笑みをよくしていたことを思い出す。
「良いのだよ。娘達よ。それとも我が兵士達を侮っているのかな……?」
「い、いえっ、そのようなことは決して……!」
「まぁ、事実、ここの三人にはどの兵士も敵わないだろうが……ゆっくり休め。子供達。本来、お前達は平和な時代だったら大学でのんびりと生活していたのだぞ? わしも若い時は防衛大学でよく女の子を両側に侍らせて勉学に励んだものよ」
くくくと中将は低い笑い声を漏らして、顎髭を撫でつけてから僕達を見つめ、そして扉に視線を移す。
もう休め、という合図だと受け取り、僕は頭を下げて立ち去る。
「……じゃあ、私が見張っている。あまり疲れていないから」
紅葉は宛われた部屋に入ると、代わりのライフルを取り上げて無表情にそう言った。
真冬が引き留めようか躊躇するようにふらふらとその肩に手を伸ばす。
だが、紅葉はどうやったのか、その肩に伸びた手を弾いてすっぽりと真冬の隣に立っていた僕の手の中に吸い込ませていった。
「あ……」
「お……?」
僕らは思わず戸惑っていると、紅葉は唇に小さく笑みを浮かべて首を傾げた。
「そんなに仲が良いなら、しっぽりしていれば良い……二人だけだし……」
「し、しっぽりって……」
「なななな、何を……!」
思わず赤面する僕達を尻目に紅葉は颯爽とその部屋を後にした。うーん……何だかなぁ……。
僕は真冬と繋がった手を持ち上げ、んー、と小首を傾げると、真冬はその手をじっと見つめて徐々に顔を紅くした。
「あああ、あの、や、約束……」
「ん、ああ、約束したな」
僕はその手を引き寄せ、彼女の肩を軽く抱いてやると真冬は嬉しそうに僕の胸に顔を埋めた。そして期待するように顔を上げるので、僕はその顎に軽く手を添えて口づけしてあげた。
そのまま、共にベッドに潜り込んだのは……言うまでもない。
 




