表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
冬の道筋
40/138

硝煙漂うその道筋-9

   ◇◆◇


 私は闇夜の中を駆けていた。

 がむしゃらに走る余り、木の根や石に躓きそうになる。それでも、駆ける。

 訳が分からなかったから。

 私の気持ちは、彼に受け入れられると思っていたから。

 いつも護ってくれる彼を、護る事が出来る……そして、私を見てくれると思ったから……。

 なのに……なのに……彼は……ッ!


「今も、私は彼の店子なのっ!?」


 彼が大家、私はその店子。そんな関係はもう嫌なのに。

 護って貰うだけは嫌なのに。

 彼の弱さも見たいのに。

 彼を護りたいのに。

 彼に触れたいのに。

 彼に近づきたいのに。

 彼と話したいのに。

 彼と手を繋ぎたいだけなのに。

 彼の手で頭を撫でて貰いたいだけなのに。

 彼に抱き締めて欲しいだけなのにッ!


「それすらも許してくれないのッ!」


 敵のことも忘れた。ここがどこにいるかも忘れた。

 ただ、私は涙を流しながらこの不服をセカイに訴えた。

 緋月先輩は葵に愛して貰えて、葉桜は彼を癒してあげて。

 それなのに、私だけはどうして……!


 そして、私は忘れすぎていた。


 ここが森であり。


 ハヴの巣窟で、あったことを。


 一瞬の殺気に、遅れながら気付く。

 その遅れが致命的であった。

 咄嗟に軍刀を抜いて振り抜く。その一瞬前。


 闇から伸びた白い蛇が、私の足に牙を突き立てた。


   ◇◆◇


「真冬ッ!」

 探し出すには手間がかからなかった。足跡もくっきりと残っており、声も時々響いてきたからだ。

 本当はこんな状況。声を荒げて近づくのは宜しくない。相手を刺激し、さらなる逃走を促してしまうかも知れないからだ。

 だけれども、嫌な感覚が僕を急かせていた。

 このままではまずい……あの花火の音が遠くに聞こえるんだ……!

 その瞬間、何かが空を切り、鈍い断絶の音が聞こえた。

「ッ!」

 この音は聞き覚えがある。

 野戦料理でハヴを料理したとき、首を切り落としたときの音に似ている。

 まさか……まさか……ッ!

 僕は焦りながらそっちの方向へと駆けていく。そして、蛇の危険性も顧みず、茂みの中に身を投げ、その茂みの向こうへと抜ける。

 そして目に入ったのは座り込んでいる真冬の姿であった。足下には血を撒き散らしてのたうっている首無しの蛇の姿がある。

 真冬は僕を見上げると、儚げに泣き腫らした目で笑った。

「遅いわよ……葵のくせに……」

「喋るな!」

 僕の口から飛び出たのは、思いの外焦った言葉であった。真冬は驚きに目を見開いていたが、それ以上に僕が驚いていた。

 それでも、僕はすぐに真冬の状態を確認する。すでに噛まれた後で、噛まれた腿は化膿が始まっている。

 僕は軽く舌打ちすると、胸元から手帳型の応急処置セットを取り出す。中から止血帯を取りだし、患部の上の部分を締め付けた。

 そして、次の簡易調理器具をポケットから取りだし、中に入っていた紅茶の葉を取りだして同じく器具に入っていた水筒にそれを放り込み、よく振る。

「そんなの……よく持っているわね……」

「だから喋るなと言っておろう……」

「良いわよ……血清なんてないし……」

「無いなら作る。だから黙っていろ」

 僕はそう言いながら睨めると、真冬は少し顔色を悪くしながらコクンと頷いて幹に頭を預けた。

 水筒の即席紅茶をコップに移すと、軽く口をゆすいでから、僕はその腿に口づけした。

「っ!?」

 びくっと彼女の腿が揺れる。だが、僕は抑え込むと傷口に口を当てて血を吸い出していく。そして吸い出した血は吐き出すと、また紅茶で口をゆすいでから血を吸い出す。

 一連の仕草の合間に、僕は少し弁解しておく事にした。

「悪いな。これ、毒抜きだから。ちなみに紅茶はカテキンを含んでいて、ハヴ毒には耐性がある……けど」

 僕はチラリと蛇の死体を見つめる。

 それはハヴとの特徴には似て異なるものだ。真冬の症状はハヴ特有のものだが……。

 ちなみに、こんな手足を噛まれたとしても、大体、死ぬ確率は低い。処置はした方が良いし、血清も打つに越したい事はないが、こんなに慌てる必要はない。

 故に、僕は思えば必死すぎる対応であると今更ながらに思った。

 何故、そう思ったかは分からない。けれども、懸念もある以上、この対応で間違ってはいないはずだ。僕は暫く血の吸い出しに専念していた。


 暫くして、毒抜きを終えると、僕は辺りを警戒しながらとりあえず真冬に紅茶を飲ませた。

「……薄いし、苦い」

「贅沢言わないで欲しいな」

 僕はふぅとため息をつく。一時は慌ててしまって辺りの警戒を怠っていたが、ここはハヴの巣窟なんだ。気を抜かないようにしないと……。

 僕は真冬が紅茶を飲んでいる間に、ハヴの死体から即席で解毒剤を作り、彼女の傷口に打っておいた。

「……よし、これで大丈夫」

「よくそんなの持っているわね」

 真冬が呆れたように言う。僕は苦笑しながら使った薬剤を応急処置セットに戻していく。

「まぁ、本当に即席で抗体を作り出す薬品だからね。害はないし、的確に効くはずだよ。それでも気持ち悪いとかあったら、ちゃんと言ってくれよ」

「――ん」

 真冬はコクンと頷いて立ち上がろうとするが、僕はそれを制して微笑んだ。

「まだ毒が回っているかも知れないからね」

 そして、僕は彼女の膝の下に手を回し、もう片方の手を彼女の頭の下に回すとそのまま抱き上げた。いつしかのお姫様だっこである。

 真冬は少し顔を紅くするが、ぷいっと顔を背けるだけで抵抗はしない。

 いつしかは爆発的に顔を紅くしていたが、慣れてしまったのだろうか。

 僕が慎重に拠点まで歩んでいく。微かな木々の間から漏れる星明かりと、音と匂いだけが頼りだ。足下に神経をとがらせ、慎重に歩く。

「……葵は、優しいね」

 そんな中、ぽつりと真冬が囁く。微かに吹く風に紛れそうな音だが、軍事学園で首席を誇っていた僕は聴力も良い。僕はその言葉を聞きながら木の根を踏みしめ、そして囁き返す。

「優しくなんか、ないさ。この優しさは、義務だ」

「――そう。義務……」

 星明かりがキラリと彼女の銀髪を反射させる。それと同時に、彼女の目から溢れた水滴が光を反射して、僕の網膜を焼き付いた。

 その涙の意味は、何なのだろうか。

 僕が黙っていると、真冬はつらそうに吐息をついた。

「そう……よね。こうして私を運んでくれるのも、必死に毒抜きをしてくれたのも……義務なのよね……」

 そうだ。護る義務があるからこそ、僕は彼女のために駆け、必死に毒抜きをして……。

「――え?」

 僕は思わず疑問符が口から飛び出た。疑問のあまり、足が止まる。

 そもそも、毒抜きをする必要はあったか? 血清は即席ですぐ作れた。放っておいても傷が化膿する程度で重傷になる事はない。それが末端であれば。だけど、どうして僕はあんなに必死に毒抜きしたんだ?

 それに……こうして抱えている意味も。こうして抱えていたら視界が限定される。こんな運び方をする意味は……真冬の顔がよく見える以外、利点はない。

 考えてみれば、駆けつけた理由だって……。

 いつもの自分であったら、真冬を信じていたのではないか? 取り乱そうが何しようか、真冬は真冬だ。さすがにあれほど取り乱して駆け出していたのなら追いかけるかも知れないが、それでもこんなに必死に駆けることは、なかったはずだ。

 なのに、何故?

「……葵……?」

「ん、ああ、悪い」

 僕は頷いて足を動かす。ハヴがちらっと姿を見せたが、真冬がベレッタで追い払い、僕達は拠点へと戻っていく。その過程の中で、真冬は僕の腕の中でじっとしていた。

 一方、僕はその訳の分からない矛盾した行為に頭を混乱させていた。

 そのせいで、思いっきりツタに足を取られ、危うく真冬を落とす所だった。

 その異変に真冬は涙が残る目で僕を見つめ、怪訝そうな顔をした。

「どうしたの? 葵。貴方が鈍くさいのはよく知っているけど、ここまでじゃなかったと思うけど」

 真冬はわずかにいつもの調子を取り戻したらしい。

 僕は嘆息すると、体勢を立て直して歩く。経験上、こういうときは何にせよ、相談した方が良い。ミルクもきっとそう言うだろう。僕はためらいながらも言葉を口にする。

「――分からないんだ」

「分からない?」

「ああ、僕がこんなにまで、取り乱していたか……。全く以て理解できない。いつもの僕だったら全く別の対応を取ったはずなのに……」

「……かもしれないわね……」

 真冬はどこか遠い目で僕の胸の辺りを見つめる。もしかしたら、先程までいた場所を顧みているのかも知れない。

 彼女はどこかぼんやりとした口調で話し出した。

「私もどうかしていたわね……あんなことで飛び出したりして……。貴方のことはよく知っていたのに」

「……どんな所を?」

「唐変木で甲斐性なしでヘタレだってことよ」

 真冬は投げやりにそう言う。だが、瞳の色はどこか暖かい。吹っ切れたように笑みを浮かべて、はぁ、とわざとらしくため息をついた。

「私もバカらしいことをしていたわ。貴方のこと、そわそわ気にして。考えてみれば、私は白兵、貴方は狙撃兵で良い関係であったのに、これ以上を期待しようって方が間違っていたのね」

「これ以上の関係……か……」

 ふと、その言葉を口にして意識に繋ぎ止める。関係性、その点に着眼はしていなかった。僕は真冬との関係に固執していたのだろうか?

 ――いや、違う。

 僕は、僕が失う事を恐れていたのは――。

「ああ、なるほど」

 笑い出したくなった。愉快になった。馬鹿馬鹿しくなった。

 僕は思わず立ち止まって押し殺した笑いを漏らした。

 それに真冬は驚いたように僕を見上げる。

「え……どうした、の?」

「いや、何だ、こんなことだったのか、あ、ごめん、こんなことって言うのは失礼かも――」

「……ちょっと。勝手に一人合点していないで、しっかり話しなさいよ」

 真冬が怪訝そうに言う。丁度、そのとき、茂みを抜けて拠点まで戻ってくることが出来た。開けたその場所で、僕は真冬を降ろして少し息をつきながら笑った。

「単純な話だったんだ。僕が何故、焦っていたのか」

「ん……そうなの?」

「ああ、全く以て」


 ふと振り返ってみれば。

 真冬が宿舎に入ってから、僕は彼女の事を常に信じていた。

 戦場であろうが、狙撃であろうが、常に真冬は戦場の相棒(パートナー)として軽口を叩き合いながら常に背中を任せ合ってきていた。

 いつからだろうか、真冬がいない戦場、いや、日常を危惧し始めたのは。

 それを明確に意識したのは、あの武蔵野台地での決戦の際だろう。あのとき、真っ先に真冬に頼り、平田を狙撃する事を二人で決定づけたのは、恐らく真冬が信じられる――。

 いや、もっとそれ以上の何かを寄せていたのだろう。


 だったら。


 彼女が気持ちの一端を打ち明けてくれたのならば。


 僕も、この思いを――。


 ――想いを。


 ぶつけてやろうではないか。


「真冬、君とただ一緒にいたかっただけなんだ」


 僕の言葉に真冬はその目を大きく見開いた。木々の影から顔を覗かせる星空の光が彼女の瞳に映り、それはキラキラと輝く。その瞳に魅せられるように僕はただ夢中で囁いた。


「戦場でいつも、君は僕の意図を理解してくれた」


 ――常に背中合わせで、戦い続けていた。


「君の射撃は天真爛漫で、合わせるのがいつも楽しかった」


 ――並んで一緒に見張り台でライフルを構えていた。


「真冬が武器を整備してくれると、いつもトリガーが滑らかだったな」


 ――気が向くと、彼女は得意の分解術でライフルを整備してくれた。


「ああ、真冬の耳かきも、気持ち良かった」


 ――整備で培ったその腕前は、確かだった。


「いつだって傍にいてくれたな。その温もりが好きだった」


 ――憎まれ口を叩きながらも、傍にいてくれた。


「時々、甘えてきてくれて嬉しかった」


 ――ツンデレな彼女がデレたときは、可愛かった。


「突き放すような言い方でも、気に掛けてくれる君が好きだな」


 ――ツンなときでも、常に心配りは忘れなかった。


白兵戦(CQC)で派手に戦う君の姿が好きだ」


 ――訓練のときの銃捌きは、僕を魅了した。


「真冬の作ってくれるワイルドな料理も好きだ」


 ――時々、腹を壊しかけても、その斬新な味は好きだった。


「傍にいてくれる、君が好きだ」


 ――そして、僕の動きを読み、常に一緒にいてくれようとした。

 それはパートナーとしてでも、戦友としてでも。

 それは嬉しい事だ。

 だから、僕は彼女の言う所の『それ以上の関係』を求めてしまうのかもしれない。

 構うものか。僕は内心自嘲すると、手を彼女の肩へ優しく乗せる。突き飛ばすのではなく、今度は、引き寄せるために。

 求めるために。


「僕は真冬のことが、好きだ」


 そして、抱き締める。


 僕の心からの告白に、真冬は目を見開いて固まった。

 そして、その目からぼろりと大粒の涙を零す。だが、それは今までの涙を流す目の色と比べて、とても優しいものであった。

 そっと、風が彼女の銀髪を靡かせながら通り抜ける。そんな中、真冬は泣き笑いのような不自然に破顔して僕の胸に手を添えた。

「バカ……何で今言うのよ……バカ……本当に、バカなんだから……」

 いつもの小馬鹿にしたような馬鹿ではなく、甘えるように彼女はバカ、バカ、と繰り返す。そして、僕の胸に額を押しつけて彼女は囁いた。

「私も……私も、貴方のことが好きだった。ううん、今も好き。大好き……。何でこんな気持ちを抱いたのは分からない。けど、弾丸のアクセサリーを貰ったり、お姫様だっこをされたり……どうしてか、その度に嬉しかった。ずっと、私だけを見て欲しかった。けど、忙しい緋月先輩を気遣ったり、葉桜と遊んでいたりすると……どうしても胸が痛くて……だから……だからね」

 そっと、真冬は僕の顔を見上げる。熱に浮かされたような、潤んだ瞳でじっと僕を見つめる。頬は流れた涙で濡れており、僕はその頬を指で優しく拭った。そんな中、彼女は囁く。

「葵が……平田と決着をつけるときに私に相談してくれた事……本当に嬉しかった……。私と真剣に相談して、一緒に殺そう、って言ってくれて……本当に嬉しかった……。葵を縛る鎖を断ち切る手伝いが出来て、本当に嬉しかったよ……」

 そして、真冬は腕を持ち上げて僕の首に絡みつかせる。瞳を閉じ、そっと顔を近づける。僕はそれを拒むことはせず、ただその身体を抱き寄せて静かに顔を寄せる。

 柔らかな感触が、唇を包み込む。


 星空の下、二人の影が重なり合う――。


 ――二人は初めて、背中だけでなく、身体を重ね合わせた。

ハヤブサです。


ようやく気持ちが通じ合った二人。

二人はより一層、寄り添い、一緒に眠る……。

と、この作品は一応、全年齢対象なのでそういう展開になると思います。


ですが、今後の濡れ場をご期待なさっている方は、ノクターンへ!

そこにて本作の番外編『硝煙の香りに身を委ねて』を投稿致したいと思います。R18は初めてなのでガンバリマス……!

という展開だったはずでしたが、申し訳ありません!

高校生はXID取得不可と書かれておりました……ッ! 不覚ですッ!

楽しみになさっていた方には本当に申し訳ありません!

この作品の番外編は春以降となりそうです……。

なので、三十一日に引き続き、真冬ルートの続きを投稿したいと思います。うー……悔しい……。


では、また次回でお会い致しましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ