宿舎で日常-4
◆◇◆
今日は緊急出動にて、葵くんと緋月は外に出かけている。
葵くんの射撃の腕前だったら一発で仕留められるだろうけど……。
仕方ないので、私が鼻歌交じりに料理をしていた。
人参を野菜庫から取り出すと乱切りにしていく。
すると……背後から声が聞こえる。
「もう、信じられない……何でこんなのが……」
独り言、かな?
私がひょこっと台所から顔を覗かせると、居間にはソファーに座って真冬が何かぶつぶつ言っていた。その手にあるのは、弾丸のネックレス……葵くんが作った奴だ。
「真冬ー?どうしたのー?」
「え、あっ、な、何でもない!」
私の声に慌てて真冬はそのネックレスを隠す。
思わず私は笑みを浮かべながら戸棚よりティーバッグとマグカップを二つずつ取り出し、お湯を注いでお茶の支度をした。
そして出来上がるとそれを持ってすぐに真冬の元へと向かう。
「はい、紅茶。ごめんね、私、コーヒー作るの苦手だから……」
「あれの腕前には誰も敵わないよ」
あれ……葵くんのことかな?
私がマグカップを渡すと、真冬はありがと、とはにかんで紅茶を啜った。
「緋月先輩はこれにまた変なの入れるから……全く」
その言葉に思わず、苦笑を浮かばせる。
真冬と私は同い年で割と仲良くやっている。緋月は年上であるが、私と同期生、真冬はその一期下の訓練兵であった。
なので、私は緋月を呼び捨てにするが、真冬は先輩としっかり呼ぶのだ。
「……で、それは……確か、葵くんの作っていた奴だよね」
「ん、ああ、あの気の利かない奴ね。何でこんな物騒なネックレスを作ったのかしら」
「どれどれ」
怪訝そうに真冬が持ち上げるネックレスを受け取りながらそれを覗き込んだ。先端にぶらさがる金属の塊をまじまじと観察する。
弾丸、であることは間違いなさそうだ。えっと……。
「んっと……この弾丸の種類って葵くんの愛用している銃じゃないよね?」
「え?」
「ほら、銃弾の大きさ……」
「あ……言われてみれば」
真冬がそっと私の手から取り返してそれを確かめていると、ふと、彼女がある部分を撫でて息を呑んだ。
「これって……私が初めて敵を倒したときの弾丸……」
「え?何で分かるの?」
「これこれ、ここの弾頭部分の斬られたみたいな跡」
確かにスッパリ一直線上に切り傷がある。
「これが……でも何で……?どんな感じだったの?そのときって」
私が訊ねると、真冬は少し照れたような笑みを見せて語り出した。
「ここが危機にさらされた……弾丸斬りっていう傭兵、覚えている?」
「あー、うん、私も出動したから」
確かあれはここに傭兵集団が確か襲撃してきたのだった。その中の強者が確か、弾丸斬りの名人で苦戦を強いられたはず。
「そのとき、私が先鋒で……その部隊はほとんど全滅したの。衝突し合って、お互いが潰れ合って……それで最後に私と少しの兵、そして弾丸斬りだけが残ったの。そのまま、スラッシャーは飛び交う銃弾を捌きながらそのまま突っ込んできて、最後は私だけになって……で、そのとき、丁度援護に駆けつけた葵の援護射撃が始まったの」
「へぇ、それで?」
「で、引きつけて撃て、っていう指示があったから、十分引きつけて撃ったら弾丸を斬っていたナイフがスッパリ折れちゃって、そのままその弾丸は奴の胸の中に」
「で、そのときの銃弾が?」
「うん、私の初陣だったのを知ってか知らずか、葵が奴の防弾チョッキから掘り出してね……要らないから捨てろ、っていったけど、取っておいたんだ……」
知らぬ間に真冬の顔は嬉しそうに綻んでいた。
私は笑みを浮かべながら紅茶を啜ると、カップを置いて真冬の手からそのネックレスを取り上げた。
「早い話が、二人の共通の思い出なんだから」
そしてそっと、彼女の首にかけてあげる。
真冬は軍人に近い、少し強張った指でそれを掴むと愛おしげに撫でた。
「……そうね、つけてあげましょうか」
そう言って真冬は儚げな笑みを浮かべるのであった。
◆◇◆
「今回も大したことはなかったようだね。葵」
「緋月の出る幕はなかったっつーの」
任務を終えて僕と緋月は部屋へと足を向けていた。
もう装備は解いて部屋に戻るだけ。食事を支度していないから早く作らないと……。
「ただいまー」
「おかえり」
僕の声に応じたのは真冬であった。おや、珍しい。
僕は荷物をソファーに置きながらちらりと真冬を見ると、彼女の首にはキラリと僕の作ったネックレスがかけられていた。
「……着けてくれてくれているんだ」
「ま、まぁね、義理よ、義理」
そっぽを向いて少し気恥ずかしそうに言う真冬。
僕は苦笑しながらありがと、と呟いて腕まくりをした。
「さ、飯を作るか……」
「もう作ったよー」
「おお、そうか……は?」
その声は紛れもなく葉桜のものだ。
……そりゃ、まずい、まずすぎる。
「緋月先輩、一緒に外食に行きましょう」
「そうだな、葵、後は任せたぞ」
真冬と緋月は一瞬で言葉を交わし合うと妨げる暇もなく脱兎の如く、部屋を飛び出していった。
「ちょ、まっ……!」
僕の制止はむなしく。
そして、その間に逃げれば良いものを。
「お待たせー」
その死刑執行人は来てしまった。
僕は振り返ると、そこには一人用の蓋をした状態の鍋を葉桜が運んできていた。具材を詰め込んで煮込んだようだ。
ちなみに何故、中身が分かったかというと透明な鍋が使用されているからだ。調理の途中に異物が入ったら分かるようになっている。
僕は引きつり笑いを浮かべていると、葉桜はニコニコと笑いながらガラステーブルにそれを置いて蓋を開けた。
中から明らかに混沌そのものの匂いがする。
見た目は明らか料理ではない。野菜はヘタがついた状態で特大乱切りにされており、色的には生なのに無理矢理押し込んだのかぐしゃりと潰れている。
それに圧迫されて練り物は潰れてしまい、そのまま焼き固められてドーム状になっていた。
「さ、召し上がれ♪」
葉桜がニコニコ笑う。その手には包丁……。
逃げられそうにない。