硝煙漂うその道筋-8
真冬の取ってきてくれた兎はシチューと丸焼きにした。
近くに生えている香草や野草を加えれば十分、美味い料理へと変貌を遂げる。
真冬から借りたサバイバルナイフで手際よく作っていくのを傍らで真冬は呆れたように眺める。
「よく出来るわね。この程度の設備で」
「まぁ、別にこんな立派なナイフがなくても黒曜石とかでも代用できるし、鍋がなくても穴を掘ってみれば地質次第だけど簡単な鍋にはなるな。学園の学習の賜物だ」
僕は内臓を取り除いた兎を即席の串に刺して火で炙りながら言葉を返すと、真冬は少し不機嫌そうにたき火を突いた。
「私もそれぐらいは出来るわよ。……作ってあげても良かったのに」
「うん、まぁ、真冬はまだまともな食事を作れるけどさ……」
「けど?」
「あー、うん」
僕は視線をたき火に向け、兎が焦げないように回しながら慎重に言葉を続ける。
「えっとね、一応、緋月に認められて僕達の部屋に入ってきた訳であって……」
「……回りくどいわね。つまり?」
「あー、すみません、料理がワイルド過ぎるんです」
僕が思い切ってそう言うと、真冬は顔を引きつらせた。だが、声を荒げたりはせず、静かに笑みを浮かべて囁くように言う。
「……ふ、葵風情が生意気ね……」
正直、派手に当たられるよりこっちの方が怖い。僕は冷や汗を掻きながら言葉を続ける。
「や、でも事実でして……」
「ふん。私もそのうち立派な食事を作れるようになるわよ。首を洗って待ってなさい」
「楽しみにしとく」
僕は苦笑しながら丸焼きの兎に香草を降りかける。たき火が起こす気流によってふわりと香草の芳しい香りがその場に広がった。その香りに僕らは思わず顔を綻ばせるのであった。
その食事はすぐに食べられた。
真冬には好評なようで「なかなかね。さすが葵ね」という褒め言葉を頂戴していた。
だが、さすがに長い事火を焚いていればバレる危険性も高まる。僕らはたき火に砂を掛けて火を消すと、ランタンに火を点して基地に上がった。
たき火で暖めた石も布に包んで持ち込んでいる。拳大の石を僕達は抱きながら、ランタンを挟んで座る。向かい合ってではなく、壁に背中をつけて並んで座るその中間に、ランタンがある形だ。
見張らない理由は、罠をしっかりと仕掛けてあるからだ。それはお互いを信頼して、こうして二人で休んでいる。
だが、眠りは二人ともしないんだが。
僕は思わず呆れながら、真冬に声をかけた。
「寝ろよ」
「貴方こそ」
「僕はさっき休んだから大丈夫だ」
「私も大丈夫よ」
「狩りもしたくせに。疲れていないのかよ」
「ええ、バッチリよ」
「嘘つけ。少しは休め」
「嘘じゃないわ」
「いや嘘だ」
「何で分かるのよ」
「いつもの切り返しがないぞ。いつもは『葵のくせに生意気ね』ぐらいは言うクセに」
「……今から言おうとしたのよ。それより、貴方も疲れているじゃない」
「何でそう判断できる?」
「いつもより言葉が雑。語気もね。いつもの貴方なら疲れている相手ならもう少しデリケートな言い方をするわよ」
「……随分、買い被ってくれているんだな」
「……ええ、何回も背中を任せているから」
「ほれ見ろ、いつもの切り返しがねえ」
「貴方の言葉もずさんよ」
「……疲れているな」
「ええ、お互いに」
僕らは長い問答を終えて、ふぅ、とため息を漏らした。
そして、しばらくの沈黙が二人の間に満ちる。二人の間では、ただちらちらとランタンの炎が揺らめく。風も吹かず、ただ、揺らめく。
そんな中、真冬は髪の毛を掻き上げながらそっと囁く。
「……少し、落ち着かないの? だから眠れないのかしら?」
「ん? どうして?」
僕が視線を向けると、真冬は僕の膝の辺りを見つめて躊躇するように視線を彷徨わせるが、そっとその目線を僕に合わせて言う。
「……貴方の、妹よ」
「…………んあ……」
僕は思わず意味のない言葉を漏らしながら、ライフルをきゅっと握りしめた。
彼女は……ミルクは……間違いなく、爆死した。
それも僕の目の前で……。
「……あまり、思い出したくなかったな」
「……ごめんなさい。忘れていたのなら……思い出させない方がよかったかも」
真冬がすまなそうに言い、僕の方へと手を彷徨わせ、そして引っ込める。その手の傍でランタンは今にも消えそうに揺れる。
僕は少し身を傾けると、その真冬の頭にそっと手を乗せた。
「いや、良いんだ。いずれは、ミルクの死と向き合わなくてはならなかったから」
「……やっぱり、死んだの?」
「……ああ、僕の目の前で、爆死した。どうしてだろうな、あのとき、その爆発が花火に見えてさ……」
乾いた笑みが口から漏れ出す。
自らを嘲るように、その笑いは小屋の壁に軽く響く。
その僕を真冬は心配そうに見るのが分かった。だから、心おきなく、言葉を吐き出された。
「不謹慎っつーか、何つーかさ……なんだろ、もっと親父の死に顔とか同僚の死体を思い出すんならまだ良いけど、よりによって花火か……って思うと、ミルクに合わす顔がなくてさ……」
ふと、腰に差してある彼女の刀を思い出し、それを抜く。
その刀はランタンの仄かな明かりを反射して、鈍く光る。あの炎熱に晒されてもその刀身は無事であった。その強さに、僕は悲しくなった。
僕は、こんなに強くあれない。
いつも励ましてくれた、ミルクのように強くなれない。
思わず目から溢れ出た雫を掌で乱暴に抑え込む。しかし、弱り切った言葉は、口から脆くもあふれ出していた。
「もう死にてぇよ……」
「……そんな言葉……言わないで……」
ふと、正面からの声に僕は顔を上げると、潤んだ視界に銀色の光が目に映り込んだ。乱暴に目を擦ると、そこには切なそうな表情をした真冬の姿があった。
所在なさげに浮かんだ彼女の手は、僕の頬に当てられる。
そして、そっとその銃器の引き金を引き、何度も命を奪ってきた人差し指が優しく、僕の涙を拭っていく。
「どんな言葉でも受け止める……だけど……そんな悲しい言葉だけは言わないで……」
「ああ……」
吐息と共に言葉が漏れる。
その言葉ごと、包み込むかのように真冬はそっと、僕の顔を抱き締めた。
硝煙の香りがふわりと優しく包んでくれる。
「私がいる……受け止める、何もかもを……不器用な私だけど……貴方を、受け止めるから……だから、頼ってよ……葵……」
真冬の言葉は限りなく優しく、僕を包んでくれる。
そして、そっと彼女は身体を離すと、切なげな瞳で僕を見つめてそっとその瞳を閉じ、僕に顔を近づけてくる。
その気持ちは嬉しい。
とても暖かく、僕が欲しているものだ。
だけれども。
僕はそっとその髪を撫でて、そして肩を掴んで引き離す。
真冬は驚いたように目を見開いて僕を見つめた。
「……駄目だよ。真冬。僕はまだ大丈夫。それに同情でこんなことしたらいけない。やっぱり、真冬も疲れているんじゃないのかな」
僕はただ出来るだけ優しく、そう言う。
僕が出来るのは彼女たちを護る事だ。室長として優しさを以てして。
だから……。
……だから、理解できなかった。
何故、彼女が涙を浮かべている理由が。
その瞳は揺れ動き、その中には憤然、呆れ、哀しみが溢れ、そこには絶望に似た色が見えていた。
どうして? 何故、そんな顔をする?
僕が疑問を頭に浮かべると同時に、真冬は言葉を紡いでいた。
「……どうして? 何で……そんな事が……?」
ぼろり、と大粒の涙がこぼれ出す。
真冬はそれを拭おうともせず、瞬時に立ち上がってバックステップを踏む。一瞬のうちにこの拠点から飛び出していってしまった。
「真冬っ!」
僕は慌てて拠点の出入口まで駆け、辺りを見渡すが暗い視界でよく分からない。
背後ではただランタンの火が揺れ動いていた。
 




