硝煙漂うその道筋-7
この学園の生徒会長は好青年として知られている。
オールバックの髪型ににこやかな微笑み、小脇に抱えた本が紳士的に彼を見せる。
さらに、格闘術、狙撃術、全てに秀でており、最終学年において首席を誇っている。指揮官としての才覚も抜群だ。
「やぁ、三学年首席の溝口葵くん」
その生徒会長は涼しげに笑いながら、手の持つ拳銃の引き金に指をかける。僕は咄嗟に視線を走らせた。ここは重要機器が集中した施設。破壊するのは本意ではないが……!
僕は身体を脇に投げ出し、その機器の影に隠れるとほぼ同時に発砲音。見ると、自分のいたその場所には銃弾がめり込んでいた。
「マジか……生徒会長が殺人未遂かよ……」
「そんな悠長な事を言っている場合かい?」
二度目の発砲音。目の端で火花が散るのを確認した瞬間、僕は別の機器の影へと跳んで身を隠した。その一拍後、自分のいた場所に銃弾が走る。
あそこからは直線ではそこを狙撃できない……ということは……。
思わず冷や汗を拭いながら引きつり笑いを浮かべた。
「跳弾……さすがだ」
「私も伊達に四学年首席ではないのでね」
さらに発砲音。またしても跳弾が僕を襲う。
僕はさらに奥へ奥へと待避する。が、それも虚しく執拗に銃弾は追いかけてきた。
「……どうして反撃して来ないのかな?」
「いやはや、先輩には敵わないからですよ」
僕はボルトアクションをしながら様子を伺う。その瞬間、頬を掠めて跳弾が通り過ぎていった。
まぁ、本当の理由は……。
「なるほど、体育館を急襲するため、かな?」
「……ッ!?」
思わず息が漏れる。何故、それを?
その疑問に答えるかのように、生徒会長の可笑しいのを我慢しているような声が響いた。
「舐めては困るよ。私は全学年の成績上位者ぐらいは把握している。その中で自由に動いているのは、君と緋月くんと真冬くんだった。故に、まだ所在が明らかでない真冬くんには警戒していたんだよ。そして案の定、今、捕らえたという報告が入った」
「……ふぅ」
僕はため息を漏らす。作戦は失敗……か。
悔しいが、相手の方が一枚上手だった、ということか。
「じゃあ、時間稼ぎをする必要もないか」
僕はそう呟くと、ライフルを構えて引き金を引く。
すぐにボルトアクションをしてさらに一発、もう一発と撃つ。
その様子を悟ってか、生徒会長は呵々と笑った。
「私を跳弾で狙うつもりかい? 跳弾のスペシャリストの私に跳弾で敵うとでも思うのかい?」
僕は機器の合間から顔を出すと、三連続で跳ね返った銃弾をひらりとかわしながら僕に向けて生徒会長は拳銃をこちらに向けた。
飛んできた銃弾を顔を背けてかわしながら、僕は肩を竦める。
「なら、別段、ライフルを使うまでもないでしょう?」
「……?」
「あんたは確かに優秀だ。跳弾に関してはスペシャリストなのは認めるさ」
僕は五連続で跳ね返った銃弾をかわす生徒会長を見つめながら嗤った。
「だが、銃弾と銃弾で跳ね返り合った跳弾はどうかな?」
「…………ッ!? まさかッ!」
生徒会長はバッと振り返って視線を泳がせる。
その視界には確認できたはずだ。一発目に撃ち、六連続で跳ね返った銃弾と、二発目の四連続で跳ね返った銃弾がぶつかり合い、向きを変えて襲ってくるのを。
また、その瞬間に泳いでしまった拳銃が三発目の二連続で跳ね返った跳弾で吹き飛ぶのもきっと感じ取れたに違いない。
そして次の瞬間には、足と肩を撃ち抜かれる灼熱の痛みを感じるはずだ。
「ぐ、ぐああぁっ!?」
生徒会長が悲鳴を上げてひっくり返る。四肢にトドメの如く、生徒会長自身が放った跳弾が身体に襲いかかってきた。
「たくさん銃弾をばらまいてくれたから楽でしたよ」
僕が肩を竦めて傍にあった機器の電源を落とす。これで妨害装置は全て落ちたハズだ。僕は手にあるライフルでボルトアクションをすると、四肢を奪われて悶える生徒会長を一瞥し、窓からその部屋を退出した。
三階に突き刺さっていたアンカーを掴んで身体を引き上げ、銃剣などを頼りに管理棟の屋上へと上がる。屋上には一小隊が見張っていたが、それはすでに機能を停止している。すでに狙撃してあったからだ。
身悶えしている敵兵を一瞥してから、僕は小型望遠鏡を取りだして体育館の方を見据える。
窓越しには縛られた真冬の姿が見える。舞台の傍で転がされていた。
「さーて、困ったな……」
僕は思わず困惑して頬を掻いた。
頭領を倒したから、後は助けを呼ぶのでも良いのだが、あそこで籠城されたら敵わない。今のうちの倒すべきか……。
でも、助けようとしてミイラ取りがミイラになったらそれこそ面倒だ。
勝手に逃げてくれれば良いんだが……あ。
僕は一人手を打って、その場を振り返る。
示し合わせたかのように、階下で通信をする人影が見えた。見つからないに越した事はなかったが、まぁ、良い。僕はニヤリと笑うと、三階に突き刺さったワイヤーめがけて降りる。
「さーて、行きますかッ!」
そのまま、ワイヤーを踏むと大きく体重を掛ける。その負荷にアンカーが抜けた。しかし、その前に僕は踏み切って中空に身体を投げ出していた。
一人の敵兵が持っていたのを奪った強襲用落下傘を使い、地面に激しく着地するとそこからノンストップで駆け出した。ただ体育館に向けて。
的の大きい体育館と言えども、万が一の事態も考えて狙える場所で撃たねばならない……!
「くっ……!」
脇から飛ぶ銃弾を僕は身を屈めてかわすとただ疾走する。
「待てッ!」「止まらなければ撃つぞっ!」
「もう撃ってんじゃんっ!」
僕は体育館の手前まで到着すると、チラリと体育館の窓を見る。窓は全て強化ガラスだから……換気窓から撃ち込むしかないッ!
僕はその場で膝をついてライフルを構える。換気窓まで一直線。外さない。
引き金を引く。それとほぼ同時に銃弾が殺到して銃身が破壊された。
だが、幸いにも銃弾は一直線に銃身を飛び出していた。
銃弾を喰らいながら、僕は銃弾が体育館の中に飛び込んでいくのが聞こえた。
ガガガッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガガガッ!
そして最後に微かに縄が千切れるような音が聞こえたとほぼ同時に僕の身体は取り押さえられた。
「はんっ、惜しかったな。跳弾で狙ったようだが……」
僕を取り押さえた男は嗤いながら僕を引き倒して俯せにし、手首を縛り上げる。
「人質の一人の縄を切るのが限界だったようだな。さすがの主席殿も、形無しだなぁ!」
「いや、その一人の縄が切れれば良い」
僕の感覚が確かならば、縄を切る事が出来たのは真冬の縄だ。しかし、一人ではどうにも抵抗できない。
「中にはたくさん、兵士がいるぜ?」
嗤う男はさらに上機嫌そうに嗤う。
「……君は頭が固いな」
僕はその男の嗤いを見上げ、笑い返した。
「跳弾は何しも、攻撃するために撃ったんじゃない。伝えるために撃ったのさ」
「……は?」
男が唖然とする。そんな中、体育館の全ての扉が吹き飛んだ。
そして、中からわっと、人質が逃げ出す。
「な……!」
一瞬、男に隙が生じる。僕はそれに乗じて自由になった足で彼を蹴り飛ばす。そして跳ね起きると、どこからか飛んできた銃弾を使って縛られた手首を自由にした。
そして男の持っていた銃を奪いながら緋月の言葉を思い出した。
『各施設の緊急脱出装置に警備室に書いてあるパスワードを打ち込めば、非常ドアが破壊されて脱出できるようになるんだが……』
そのパスワードは管理棟で目撃している。『SOS』だ。
だから、僕は跳弾のモールス信号で伝えたのだ。
真冬なら伝わると信じて。
その瞬間、Ak-47を持った真冬が飛び出して僕を見るなり、背中合わせに背中を重ね合わせた。
「全く、無茶な伝達手段を……」
「真冬ならやってくれると信じていたさ」
「……ふん」
「さぁ、もう一暴れ行くぞ」
「ええっ!」
その後、通信装置の回復を確認した緋月が助けを呼んでいたらしい。現れた軍隊によって生徒会は制圧された。怪我人は出たが、犠牲者は幸いにも出ず、無事に学園は僕らの元に戻ってきた。
◇◆◇
「取ってきたわよ」
「……ん? ああ……」
回想から再び引き戻される。
僕が顔を上げると、そこには少し嬉しそうな顔の真冬の姿があった。その腕には兎が二羽ある。
「考えてみれば、ハヴが補食する物もいるはずよね。探してみたら結構いたわ」
「ああ、これで美味しい飯になりそうだ」
僕は微笑んで立ち上がると、その真冬の銀髪を撫でた。
「ありがとう、真冬」
「……うん……」
素直にコクンと頷き、少し紅い顔で僕を見上げる。それは、たき火のせいだろうか。
と、次の瞬間、真冬はハッとしたように息を呑んで僕から飛び退いて距離を取った。
「べ、別に褒められて嬉しかった訳じゃないんだからねっ! このバーカ!」
狼狽えている。少し幼いような彼女の一面が見えて僕は少し嬉しく思った。
そして、僕はたき火の前で腰を下ろしながら手招きした。
「さぁ、夕食にしようか」




