硝煙漂うその道筋-6
学園に密かに存在する地下道。その中で三人の男女が顔を突き合わせていた。
「まさか、緋月が降ってくるとは思わなかった……」
咄嗟に降ってきた緋月を受け止めた僕は思わず、文句を言いながら背中をさする。真冬はその姿を背後から呆れたような顔で眺めていた。
全く、事前に察知して受け止められたのは良かったんだけど、彼女の重装備のせいで半分、自分の身体に突き刺さるように受け止めてしまったのだ。
お陰で倒れた拍子にしたたかに打った背中はじんじんと痛む。
僕は恨むように緋月を見ると、彼女は苦笑いを浮かべて手を振る。
「いや、ごめん。私も逃げてきたばかりだから……ッ!?」
その瞬間、振っていた右肩を押さえ、顔を顰める。僕は不審に思って彼女の左肩に手を置く。
「肩、壊したのか?」
「い、いや、大したことは……ッ!?」
引き下がろうとする緋月の右肩を乱暴に掴むと、彼女は声なき悲鳴を上げて僕を睨んだ。
「……どこが大したことはないんだ。真冬、悪いけど、辺りを警戒してくれないかな?」
「……承知しました」
どこか不服そうな声が響く。しかし、僕は気にせずに緋月の装備を半ば強引に外していく。そして嫌がる彼女の制服を剥ぎ取ると、そこには明らかに腫れた肩があった。
「捻挫……みたいだな」
触って反応を見ながら、僕が告げると彼女は苦笑した。
「ショットガンを片腕でぶっ放してね」
「何でそんな馬鹿馬鹿しい事を……」
僕は思わず呆れる。だが、いつまでも放っておく訳にもいかないので、制服のネクタイを包帯代わりに彼女の肩へ巻いていく。
処置を終えて彼女の服を着せるのを手伝いながら、僕と緋月は情報を交換し合った。
それで分かったのは、まだ家庭科室で抵抗軍が応戦しているということだということだけだった。
「……友軍はそこだけか。他の仲間を解放できれば良いのだが……」
「恐らく、ほとんどは体育館に……」
「でしたら、体育館の監禁状態を解くか、もしくは本拠地を押さえてしまうか……」
「各施設の緊急脱出装置に警備室に書いてあるパスワードを打ち込めば、非常ドアが破壊されて脱出できるようになるんだが……」
「そのパスワードは分からないんだろ?」
「ああ……全くだ」
僕達三人は地下道の真ん中で腰を据え、考え込む。
時間を掛けていられないが、ここで焦っても仕方がない。ゆっくり考えねば……。
そんな中、ふと真冬が顔を上げて緋月を見つめた。
「あ、あの、榊原先輩……」
「ん? 緋月で構わないよ」
「あ、では緋月先輩、通信機器はどうですか? 外部に助けを求められませんか?」
「駄目だ。ジャミングが掛かっている。まぁ、念のため持ち歩いているが」
緋月はトランシーバーを持ち上げて苦笑して見せる。僕は少し考え込みながら考えを述べる。
「僕が考えたのは防空壕を拠点に抵抗を行おうと思っていたんだけど……」
「まぁ、それが堅実だろうな。だけど」
「じり貧」
三人の声がハーモニーを奏でる。
僕は少女達の顔を眺めつつ、緋月が持っていたライフルを持ち上げる。
「僕はこれさえあればどんなことだって出来るけど……」
「だったら、警備室を押さえるか? あそこなら狙撃が出来るが……」
「いや、連中の拠点で兵が何か張っている可能性がある。ともすれば、不意を衝いた攻撃で相手に決定的な一打を加えられる作戦が……ううむ……」
考えれば考えるほど、上手い作戦が思いつかない。何も思い当たらない。
僕は頭を掻きながらため息をつく。
何か良い作戦がないだろうか。防空壕で戦うぐらいの確実性で、人質が解放できて、本拠地を押さ……え……て……?
はた、と僕の頭に妙案が思いついた。
再考してみて、思わず笑みがこぼれた。
こんな作戦、無茶苦茶だ。だが、一人が三小隊を相手に出来るような人間がここに三人は集まっている。だったら、可能かも知れない。
「ど、どうしたんだ? 葵」
緋月が恐る恐る訊ねる声に僕は我に返ると、二人を見つめてその作戦を早口に伝える。
「この作戦は一番、命を危険に晒しながらも、一番確実に成功できる。二人なら出来ると信じているけど……」
「ああ、もちろんだ」
「任せなさい」
二人は自信満々の様子。だったら大丈夫だろう。
僕は二人の返答に満足すると、ライフルを掴んでボルトアクションをした。
「さぁ、反撃開始と行こう」
「……こちら第四小隊……何? 防空壕で抵抗軍? 了解、急行する」
敵兵が連絡を受けて動き出すのを遠目に見ながら、僕は思わず唸った。
「さすが、緋月、派手に行ったものだ」
背後からは派手な銃声や炸裂音が響いてくる。これは彼女が防空壕に籠もって攻防している音だ。ひたすら派手に陽動の役目を果たしている。
僕は敵兵が管理棟から捌けていくのを確認しながら、傍らにある装置を持ち上げる。
僕がいるのは校舎の屋上。狙撃に適した場所であるが、今の目的はここではない。ここまで来るのも難儀したが……。僕は思わず苦笑いしながら頬についた返り血を拭う。
「さて」
筒のような装置を持ち上げ、屋上の柵に宛うとそのケツから飛び出たワイヤーを引く。
すると、その筒の先端からアンカーが軽い破裂音と同時に勢いよく飛び出すと、管理棟三階の壁に突き刺さった。
「よし」
僕は筒をしっかり屋上の柵に固定すると、そのワイヤーの上へと飛び乗る。その曲芸のような行動に僕は思わず引きつり笑いを浮かべる。ここ最近、感じた事のない恐怖を背筋に覚える。
「……正気の沙汰、じゃねえな!」
そのまま、僕はその上を駆け出した。
これは前時代のレスキュー用のワイヤー射出機だ。それを発見して流用した。昔の人はきっとこんな使い方をされるとは夢にも思わなかっただろう。
だが、バランスを取る練習等はすでに受けている。空中挺身などでは一瞬たりともバランスを崩せないからだ。その訓練が、今、生かされている。
だけど、怖いものは怖いんだけどな……。
僕は引きつり笑いを浮かべながら、ワイヤーを踏みしめて前方へと飛び出した。
そして、管理棟二階の窓へと突っ込む。
ガシャンと言う音と共に僕の身体は中の部屋をゴロゴロと転がる。その勢いを殺して床に膝をつき、顔を上げると、そこには『緊急パスは「SOS」』と書かれた張り紙、そして……。
思わず僕は顔を凍り付かせた。辛うじて唇が動く。
「……まさか、ボスがお出ましとはね」
そこにいたのは拳銃を構える、生徒会長の姿があった。
 




