硝煙漂うその道筋-4
「……よし、上手く籠城戦に持ち込めたな」
「それで良いのか?」
野外戦において、僕と新庄、そして後輩一人で組織された班は防弾倉庫へと逃げ込んでいた。その外は緋月率いる三班合同の部隊に囲われている。
新庄が銃器の支度をしているのを見ながら、僕は倉庫の床を調べる。
「どこかから抜け出すのか?」
「そうだ」
新庄は銃器をガシャンと音を立てて接続させながらニヤリと大きく笑った。
「今回の任務はここを抜け出して例のブツを手に入れる事。それに関してはやはり、時間が足りなすぎる。抜け出していたら恐らく教官にバレてしまうだろう。だからこその籠城戦だ」
「どういうこと?」
「先入観だ。俺達がここを離れても籠城が保たれれば中にまだいると思ってくれる」
「なるほど。教官にもバレない」
「そゆことだ。まぁ、それなりに工夫をするんだが」
そう言って新庄は倉庫の換気口や空気孔にいろいろと銃器を設置していく。これで自動で撃たせるのか。僕が感心していると、新庄はそこで待機していた後輩に声をかける。
「よし、鈴谷!」
「はいっ! 先輩!」
「ここは任せたぞ! 俺達は他の任務で極秘に動かねばならない。これは教官にすらバレてはいけない極秘任務だ! ここを守り通した暁には、将来、俺の直属の兵として雇ってやる!」
「光栄の至り!」
しゅびっとその後輩は敬礼する。その鈴谷くんは本当に新庄を慕っているようだ。
新庄はそれを確認すると、その場でしゃがみ込み、足下の床に手を這わせる。
その間に銃声が外から響き渡り、鈴谷くんは慌てた様子で銃器に飛びついた。たちまち、中と外で凄まじい銃撃戦が始まる。
そんな中、新庄は床板を剥がして、その下に顔を突っ込む。
「……よし、ここだ。行くぞ、溝口」
「お、おう、新庄」
僕は頷いて、新庄と共にその通路に滑り込んだ。
◇◆◇
「ふわぁ……」
私は欠伸をしながらおにぎりを入れた巾着を携え、いつもの木に登る。
そこの木はこの学園を見渡せるような場所に位置しており、眺めや風通しがすこぶる良い。
「はむ」
そこで私はもぐもぐとおにぎりを食しながら辺りを見渡す。
昨日は変な青年がやってきて、絵のモデルになってくれ、と頼んできたのだ。
突拍子もない出来事で瞠目し、無理難題を押しつけたが……まぁ、気にする事はないか。いつものナンパ野郎と変わらなさそうだったし……。
「やぁ」
そんな風に油断していたので、彼がまさか、私の腰掛けている枝の上で待ち伏せているとは思わなかった。反射的にベレッタを抜いて構えるが、彼はそれも予期していた様子で、対衝撃シールドを持ってそこで手を振っていた。
「……何のようですか」
私は内心の動揺を気取られぬようにベレッタをすぐに戻しながらしれっとした態度で言うが、彼はスッと身軽な動作で私の傍に降り立ち、そして私の膝にぽんと何かを置いた。
それは、直方体の箱。堂々と『花栖汀良』と書かれている。
まさしく、それは私が注文したものだ。
思わず、私は隣の青年の顔を見る。その青年は愛想よくニコニコと笑っている。
「どうやって……?」
「魔法だよ」
青年はそう言うと私の顔を覗き込みながら訊ねる。
「これで話は呑んでくれるかな?」
「…………」
私は黙って膝に乗せられたそれの包装紙を剥いて、中身を取りだし一切れ口にしてみる。
「……甘い」
「だろうね」
「…………ご褒美」
「ん?」
私がつっけんどんにそれを突き出すと、青年は微笑んで頷いてみせる。
「ありがとう」
そして、青年はそれを一切れ取って口に運び、ゆっくりと咀嚼する。そして喉が微かに蠢くと、彼はにっこりと笑った。
「美味しいね。これ」
「ん」
私はそう言いながら少し悩んでいた。
少しばかり、この青年に興味が出ていたのだ。
授業中に抜け出す……ことは不可能ではないが、もし、それがバレた場合には教官の体罰フルコースを受ける事になるだろう。
しかも二時間待ちが上等なあれをどうやって……。
少し悩んだ末に、私は制服のポケットから携帯電話を取りだした。
「連絡先。渡しておく」
「お、そりゃどうも。じゃあ、早速、明日辺りにどういう感じに描くか決めたいから、良いかな?」
「分かった。私は真冬。貴方は?」
「葵。女っぽい名前だけどな」
彼は困ったように笑みを浮かべて、私に手を差し出す。
私は何故か、少しどきっとしたが、おくびにも出さずその手を握る。その手のクセは明らかに狙撃手のものであった。
◇◆◇
新庄のお陰で助かったな……。
僕は真冬の手を取ってほっと安堵していた。
彼が装甲車を乗り回し、半ば強引に店の駐車場に突っ込んで大急ぎで買ってきてくれたのだ。自分が出る幕もない素早い行動だった。
人も並んでいなかったそうだし……よく買えたな。ラッキーだったのか?
僕は内心、首を捻った。
「新庄! 貴様、授業から抜け出した挙げ句、軍の装甲車を使って菓子屋に行ったそうだな!」
「きょ、教官!? 何故、それを!」
「当たり前だ! 町中を派手に装甲車が通ったら通報が来るわ! それに店の駐車場を半壊させてそこに駐車させたそうではないか! そのせいで客が逃げて、店には大打撃だったそうだぞ! 貴様にはこれから体罰フルコース二週間だ!」
「な、何故にッ!?」
……そんな声が、聞こえた気がした。
「……ん?」
そんな中、ふと横に座る銀髪の少女が鋭い双眸を辺りに向ける。
僕はそれに気付いて視線を追う。
登ってみて気付いたが、この木の上はこの学園のほとんどが見渡せる。通常校舎、管理棟、美術棟、演習場まで……。
彼女はその中の管理棟に目を向けていた。
「……警報器、切れている?」
「あ」
僕はよくよく目をこらすと、管理棟三階の窓越しに置かれているはずのセキュリティーシステムの警鐘システムの電源の光が見えないことに気付いた。
「確かに。セキュリティ類は何故か粗方切られているような……」
「……貴方、目が良いわね」
「お褒め預かりどーも。真冬も凄いと思うけど」
「褒めてなんかいない。それと気安く名前を呼ばないで。私の視力は三・〇よ」
「僕は四・〇だな」
「狙撃手としては及第点ね」
「辛口評価だな」
僕らがそう言い合っていると、不意に、校内のスピーカーがガッと妙な音を立てた。その数秒後、それの電源がつく音が聞こえ、そして声が圧倒的声量で飛び出した。
『この学園は、生徒会が占拠した!』




