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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
冬の道筋
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硝煙漂うその道筋-3

 そう、あれは秋が終わり、冬を迎えようとしていたその日……。


「おい、学年次席様よ」

「何だい? 学年首席クン?」

 僕が苦虫をかみつぶしたような気分で見上げるのは学園の掲示板だ。傍らには黒髪の美人さん、そして学年次席のエリート、榊原緋月がニヤニヤと僕の顔を眺めていた。

「お前……なんか細工しただろ」

「はぁ? 何を証拠に言うんだね? ふふ」

「……今回の軍事芸術コンテストが『美術』に限定されているとは聞いていないぞ! しかも今回に限って絵画だと!?」

「ふっ、勝つためには手段を選ばんのだよ……」

 緋月はどこか清々しい笑顔を見せると、親指を突き出した。

「健闘を祈るよ。首席クン。……まぁ、首席の座は保てないかも知れないがね」

 くくくと笑みを見せてその場から立ち去る緋月。僕はその後ろ姿を憎々しげに眺めて舌打ちしながらもう一度、掲示板を眺める。

 今回の芸術コンテストは学園PRのために全員参加が義務づけられ、多少、成績に加味される。散々な成績を取れば首席転落は間違いない。首席から転げ落ちたら間違いなく、奨学金は減るだろう。緋月は絵画に関してまぁまぁ成績が良い。下手は踏めないな……。

 それに、と視線をポスターの真ん中の辺りに向ける。そこには大きくカラーの文字で銘打たれていた。

『優勝者には賞金二十万円!』

「……うーん……」

 対人用のライフルが最近欲しいのだ。今は西尾狙撃銃を使っているが、あれは銃身が安定しないしなぁ……。アメリカ製のM24SWSが欲しいし……。

 あれ、十五万するから是非ともここで稼いでおきたい。

 しかし、自分、絵画に関しては全然だし……。

「うーん……」

 お題は『冬』だ。どうもピンと来ない。

 ここらで雪が降る場所もないし……。

 思わず唸りながら、僕は掲示板を離れる。仕方がない、少し新庄に相談してみるか。もしかしたら奴が車を出してくれるかも知れないし……。そしたら雪国で何か描くか……。

 僕はそう思いながら教室までの近道を歩むべく、学園の中庭を突っ切ろうと思った。ふと、そのとき、きらりと何か輝く物が目に入り、思わず視線をそちらに向けた。

 そして思わず息を呑んだ。

 中庭に生えている木の枝に腰掛けている一人の少女。その彼女は校舎をぼんやりと眺めながら、おにぎりを食べていた。

 その彼女の髪の毛は白く……いや、銀に輝いている。

 光が反射し、柔らかく降ってくるその光は……雪のようだ……。

「ねぇ、キミ」

 気が付くと、僕はその子を見上げて声を掛けていた。

 少女のおにぎりを食べる手が止まり、怪訝そうな視線が降ってくる。

「……何ですか?」

「あー、いや、ちょっと……」

 自分で声をかけたのだが、どうしようか戸惑ってしまい少々、おろおろしたが、意を決して頼んでみる。

「えっと、絵のモデルになってくれないかな?」

「……ナンパですか?」

「いやいや、違うって。純粋にキミを描きたいだけ」

「ナンパじゃないですか」

「いや、違うから」

「…………」

 銀髪の少女はじっと僕を見つめていたが、ふっとため息をついて肩を竦める。

「じゃあ、北梅お菓子商店で限定カステラを買ってきて下さい。そうしたら描かせてあげます」

「お、分かった」

 なるほど、等価交換だということか。

 ならば話は早い。

 僕は一つ頷くと北梅お菓子商店という名前を頭に刻み込んだ。

「じゃあ、明日の今の時間、持ってくるよ」

「あ……はい」

 軽く目を見開く銀髪の少女。まるで信じられない、と言わんばかりに。

 風が吹き、銀の糸達がさららと揺れる。その光景を目に焼き付けて僕はその場から離れた。


「え、限定カステラって午後三時限定なのか?」

「そうだぞ。いや、常識だと思ったが」

 その日の五時限目の休み時間に友人の新庄にその事を話すと、彼は意外そうに目を見開いた。

 僕らは各々のロッカーにしまってあった武器を取り出して、第三訓練場まで歩いていきながら会話を続ける。

「お前がそのカステラを欲しがるっても……珍しい気がするが。まぁ、授業中だし、そもそも今の時間帯から買う人は並んでいるだろうな……うん」

 新庄は武器である大筒を担ぎながら思案げに小首を傾げる。その様子に僕はがっくりと項垂れた。

「マジか……」

「ああ、大マジ。でも、何のために」

「そりゃあ……」

 ふと、僕は見とれた女のため、とか、コンテストのため、とかいうのが恥ずかしく感じて少しはぐらかすように言った。

「女のため、かな」

「女……?」

 新庄は僕を凝視する。

「……なんだよ」

 僕が不機嫌そうに言葉を返してやると、新庄は信じられん、という顔をした。

「いや、まさか……貴様が……?」

「そんな驚く事か?」

「いや、驚くだろ……まさか、あの緋月嬢の気持ちに気付くとは……」

「あん? 何か言った?」

 最後の方がよく聞き取れなかった。僕が聞き返すと、奴は笑って手を振る。

「いや、何でもないさ」

 そう言いながら、新庄は顎に手を当ててぶつぶつと言い始めた。

「ここで協力すれば……もしかしたら……榊原家の贔屓になるか……? だとすれば……うむ……」

「は? 何ゴニョゴニョと……」

「いいや、何でもない。それより、溝口」

 彼はおもむろに僕の手をがしりと掴み、熱心そうな口調で僕に語りかける。

「俺も協力しよう!」

「は? いや、でも……授業を抜け出すとでも?」

「ああ、しかもバレない手段がある! 次の授業は何だ! 溝口!」

「ん、そりゃあ、野外戦闘実習……あ」

 僕ははたと思い当たって満面の笑みを浮かべる新庄と視線を合わせた。


「どさくさに紛れて抜け出す……?」


 その瞬間、新庄はサムズアップしてニカッと笑った。

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