運命の分岐
「ふぅ……」
僕は自室に戻ってベッドに飛び込むと、思わず頭を押さえてため息をついてしまった。
彼女たちの声を直接的に聞くのはつらいものがあった。特に緋月の指摘は堪えるものがあった。
だが……受け止めなければならない。
「それが……僕の決めた生き方だから……」
僕はそう呟きながら身体を起こすと、記憶を呼び覚ます。
彼女たちの言った言葉を、全て……。
『とにかく、今までの生活……それが私の望み』
『葵くんさえいれば……葵くんが傍にいてくれれば良い』
『西国でも東国でも良い……貴方といたい。貴方を知りたい』
『兄様と硝煙の香りとは無縁な生活をしたい』
『私は葵、貴方を良人にしたい。身も心も全て、私の物にしたい。そして貴方に仕えたい』
脳裏に蘇る彼女たちの言葉。
真冬が『現状の継続』を望み。
葉桜と紅葉は『葵の存在』を望み。
ミルクは『葵との平穏な生活』を望み。
そして緋月は『葵との結婚』を望んでいる。
各々、それぞれの事情と願望がある。だから……。
真冬を選べば、恐らくまた戦場を駆ける事になり。
葉桜を選べば、この要塞で暮らす事になり。
紅葉を選べば、西国に共に向かう事になり。
ミルクを選べば、本国に戻って軍を辞め、平穏の生活を手にする事になり。
緋月を選べば、この要塞か本国か……どちらかで式を挙げ、そしていずれ引退する事となるだろう。
「誰かは切り捨てることになる……」
僕は言葉を吐き出し、その言葉の重さを手に取るように確認する。
絶対に誰かを傷つける。下手したら、新庄の言う通り、背後を刺されかねない。
どうしたら……。
僕は目を閉じて息を吐き出した。
目を開けると、そこは真っ白い世界だった。
そこでは穏やかな顔をした青年が居た。
「ああ……」
思わず声が漏れる。
彼は……写真や夢でも見た事がある。
溝口零……。
ああ、これは、ナツユメだ。過去に見た事がある、不可思議な夢の……。
「……ん? 葵か」
ふと、青年がこっちに気付いて微笑んで見せた。
「……父さん」
「うん?」
これは夢だ。僕は自分に言い聞かせる。
だが、仮にもハーレムを制した我が父……こう問わずには言われなかった。
「僕は、どうやれば良いのかな?」
「……ふふ、悩んでるようだな、葵」
零はくすくすと笑いながら、ポケットから煙草の箱を取り出す。中身を振って取り出すと、口にくわえた。そしてこちらに視線を寄越す。
「火があるか? 葵」
「……ん」
僕はジッポライターを取りだして投げて寄越すと、彼はそれで煙草に火をつけてから僕に投げ返してきた。零は煙を吐き出すと笑った。
「僕も馬鹿な事をしたもんだよ。小夜、雪、百合、モカ、シャル、恵、蓮、夜姫、美奈、クリス……合計十人も娶って愛した。その結果、葵にはいろいろ、妹や弟、従妹が出来てしまったね。その点では申し訳なく思うよ。だけどな、葵」
「はい?」
零はどこか優しげな視線を向けて微笑んだ。
「みんなを愛そうが、誰かを愛そうが、その覚悟の価値は同じなんだ。その覚悟が出来るなら、自分が愛したい人をその両手でしっかりと掴め。愛の力を以てすれば、その人と切り離される余地はない」
彼の言葉に思わず、僕は呆れてしまった。
「不可抗力で引き離されたらどうするんですか?」
「引き離されない。意地でもついていくからな」
零はニヤリと笑うと、煙草を地面に押しつけて揉み消すと、僕に煙草の箱を投げつけた。
それは寸分無く顔の真ん中に飛んで来、僕が掴むと同時に彼の声が響いた。
「考えるなよ。葵。感じたら、その感触を守るために考えろ」
目を開けると、僕はベッドで仰向けの体勢で腕を伸ばしていた。
「夢……?」
僕は呟きながら身体を起こす。ふと手の中にくしゃっと何かの感触がした。
手を開くと、そこには煙草の箱と一本の煙草の吸い殻があった。
「……はは、まさか」
僕は苦笑いしながらそれを脇に置くと、もう一度、記憶の海の中に身を落とし込んだ。
今度は、感じられそうな気がする……。
『葵くんのコーヒーは美味しいねぇ』
『さ、召し上がれ♪』
『失礼ねっ!別にこれはこれで個性的な味じゃないの』
『ん……我慢しなくて良いよ。葵くん。いっぱい出して。受け止めてあげるから……』
『大丈夫だよ……葵くん……危険じゃないから……』
『ふん、少しは褒めてあげるわ』
『少し休みなさいよ。……そんな手じゃ、引き金も引けないわよ』
『……合わせてあげるから』
『~~~~~~~~っ!』
『な、何で葵なんかに甘えなきゃいけないのよっ』
『こ・の・不潔うううううううっ!』
『ふふ……葵もたまには可愛い所を見せるのね』
『私の物になれ、葵。不自由はさせないよ』
『ここまで侵入を許したのは、私の責任だ。許してくれ……』
『よくやってくれたな。葵』
『……そうか……要らぬ手間をかけたな。後は私が何とかしよう』
『……その言葉、信じて、良いんだな?』
『秋風紅葉。私の名前』
『……特別。懐柔された訳ではないから。ただの……独り言』
『ふふふ……兄様、やっぱり強いなぁ……』
『お久しぶり、兄様っ』
『うん、あたしのこと。久々に会ったから遊びたくなってつい撃ってきちゃった』
『……ていうのは冗談。兄様の方がやっぱり上だよ』
『……まぁ、兄様がそう言うなら、あたしはそれに従う』
『だから……一緒にいて……』
……ああ、そうか。
耳元で囁く彼女たちの言葉。
その中の一人の声が一際大きく、響いた。
「やっぱり、僕は……」
彼女の事が、好きだったんだ。
翌日、僕は再び、武蔵野台地に立った。
ミルクのヘリで移動して降り立ち、インカムを昨日のように耳に突っ込んでライフルを担ぎ、確かな足取りでその場へと進んでいく。
『……こちら峰岸です。……大尉』
そんな中、秘匿通信が耳に入った。
僕は不思議に思いながら、応答する。
「こちら溝口大尉。どうかされたか? 参謀」
『い、いえ……ただ五人が昨日とは違う行動をしているので……宜しいのかと……』
「ああ、構わない。責任は、僕が取る。峰岸さんは気にしなくて良いよ」
『そ、そういう訳にはっ!』
「……ありがとう、峰岸さん。心配してくれて」
僕が心を込めてそう言うと、峰岸さんははっと息を吸い込む音をインカム越しに響かせた。
『……いえ、あの、新庄准尉から聞いたのですが、もしかして……』
「……うん、決めたよ。彼にもそう伝えておいて。それと、そろそろ、定位置に着くから指示を」
『は、はいっ!』
慌てた様子で峰岸さんは回線を開いて指示を飛ばし始める。それを聞きながら、僕は目の前にいる敵を見据え、そしてそこで立ち止まった。
目の前にいる……平田雅典は困ったように笑んで小首を傾げる。
「人質はいないようだけど……どうしたのかな?」
「……決断の結果を、報告しに来ました」
「……ああ、どうぞ」
平田はただ黙って僕の言葉を待つ。
僕の脳裏に五人の彼女たちの笑顔が過ぎる。
そして、最終的に脳裏にくっきりと浮かんだのは、彼女の笑顔であった。
ぐっとライフルを握りしめ、僕は息を吸い込み、大きな声で告げた。
「僕の選択は……」
ハヤブサです。
とうとう、決断の瞬間まで迫りました。
この先の物語は、皆様、読者が決める方式を取らせて頂きました。
緋月、葉桜、真冬、紅葉、海松久……。
この五人のうち、誰を選ぶのか。
※投票は二〇一三年七月二十三日が終わるときを以てして終了致しました。
では、運命の分岐の先でお会い致しましょう。
真冬を選んだ貴方:目次から、章『冬の道筋』へ
葉桜を選んだ貴方:目次から、章『春の道筋』へ
海松久を選んだ貴方:目次から、章『夏の道筋』へ
紅葉を選んだ貴方:目次から、章『秋の道筋』へ
緋月を選んだ貴方:目次から、章『四季を越えた道筋』へ




