宿舎で日常-3
さて、葉桜に緋月。
衛生兵と生粋からの陸軍人、役職も担当部署も違う二人の同居人が出てきたが、実はもう一人、ココノ部屋に住んでいる。
ただまぁ……あまり、僕に会おうとしないというか……。
ちょっとばかり面倒くさい人間である。
「葵、コーヒーを寄越しなさい」
「はいはい、お待ちを」
で、今日はどうしたのか、表に出てきている様子だ。
僕はインスタントコーヒーの瓶を取り出しながらチラリと居間の方を伺った。
銀髪の少女で腕を組み、足を組んでソファーに座っている……それが先程の声の主である。
高慢、傲慢、自信満々と三つのマンが着くのに我慢は出来ない。しかし、神は何故だろうか、そのウーマンに超絶なる美貌を授けたのだ。
その名を真冬というのだが……。
「真冬、そう言えば仕事はー?」
「気安く名前を呼ばないで」
ぴしゃりと切り捨てられるのだ。どうして嫌われたのかなぁ……?
僕は黙々とコーヒーを作っていると、真冬はぽつりと言った。
「緋月先輩が手回ししたみたいよ」
「ああ……休めってことじゃない?」
「余計なお世話ね」
ふん、と鼻を鳴らして真冬は言う。それを聞きながらコーヒーを作り終えると、マグを持ってそれを運んでやった。
「ほらよ。コーヒー」
「ご苦労」
真冬は受け取ると一口啜って顔を顰めた。
「砂糖を入れなさいよ」
「悪かったな」
僕はそう言いながら砂糖を取りに台所に向かう。
文句をつけるなら自分で作れば良いのに、と思うが、それは言わずに黙って三本ほど、スティックシュガーとスプーンを取ってくると彼女に渡した。
彼女は受け取ると、全てコーヒーに注ぎ込んでスプーンで軽く混ぜるとゴクゴクと飲み始めた。
「ふん、少しは褒めてあげるわ」
「光栄ですね」
ま、こんな応酬が続く。
結構、しんどいぞ?罵倒され続けるのも。快感と思う人もいるそうだが。
「どうしたもんかねぇ……」
真冬が部屋のシャワーを浴びに席を立った時、丁度、外を哨戒していた緋月が帰ってきていたのでそう問いかけると、緋月は僕の隣のソファーに腰掛けながらニヤニヤと笑った。
「真冬はツンデレさんだからね。何か贈り物をしたらどうかな?」
「贈り物、か?」
「そうだ。キミからしてみれば……そうだね、アクセサリーの一つや二つでも贈ってみたらどうかな?」
「ほほう、なるほどねぇ……」
なかなか建設的な意見だ。緋月もたまには良い事を言う。
しかし、緋月はニヤリと笑って僕ににじり寄ってきた。
「別に、私からしたら、贈り物が葵でも良いんだが……」
「僕は物品ではありません」
ぴしっとにじり寄ってきた緋月の額にデコピンをかますと、あう、と彼女は涙目になりながら笑みを浮かべた。
「ま、そうも簡単にはいかないか」
「簡単にいかせないよ。緋月、コーヒーいる?」
「あ、頼む」
そして、その後に帰ってきた葉桜と風呂から上がった真冬が合流して瞬く間に騒がしくなった。
しかし、こんな軍の宿舎でアクセサリーを求めるのは明らかに筋違いだ。ある方がおかしい。なので、自分で作る事にした。
ソファーの上でペンチやキリと格闘していると、葉桜がひょこっとそれを覗き込んだ。
「これ何?お守り?」
「に、近いものかな?よいしょ……」
これをここに穴を開けて……。
「……手が血だらけだけど大丈夫?」
「うん?ああ、これは朝、トマトケチャップをぶちまけてしまったんだよ」
「それ説明的に無茶があると思うよ……?」
葉桜は隣に座ると呆れた様子で問答無用に僕の手からペンチとキリを引き抜くと、ソファーの隠し収納から消毒液と絆創膏を取り出して手際よく手当を始めた。
なるほど、さすが衛生兵、テキパキしている。
瞬く間に処置を終えると、傷だらけの手はすぐにテーピングされた。
「無茶はダメだよ。葵くん。葵くんの手は銃を弄ることしか能がないんだから気をつけてね」
「……ありがと、葉桜」
僕はニコッと微笑んでちょいちょいと手招きする。
「ん?」
葉桜が小首を傾げながら僕との間を詰める。
そこに僕は少し身体を曲げると彼女の額に唇を押しつけた。
そしてすぐ離すと、彼女はよく分からないような表情をして額に手をやって……そしてすぐに赤面した。
すっかり完熟トマトになってしまった葉桜は声なき悲鳴を上げて自分の部屋へと逃げていく。
「全く、可愛い奴め」
僕は一つくすりと笑うと、作業を続行した。
一時間きっかり後に、それは完成した。
僕はそれのできばえを確認して納得すると、汚れ(主に赤い物)を拭き取ってすぐに立ち上がり、真冬の部屋へと向かった。
彼女らの私室は居間にある梯子を登っていくとある。
一番左側にある部屋が真冬の部屋だ。ちなみに全てで五部屋あり、一番右が緋月、左から二番目は葉桜の部屋で他は空き部屋だ。自分の部屋は一階にある。
「真冬~」
梯子を登って真冬の部屋の戸を叩くと、キィ、と微かに木の戸が軋んで外側に開いた。そこには怪訝そうな顔の真冬がいる。音楽を聴いていたようだ、イヤホンをしている。
イヤホンを取りながら真冬は不機嫌そうな顔で言う。
「何?こんな時間に」
「ちょっとプレゼント」
僕は笑みを浮かべて言うと、手の中にあるアクセサリーを見せた。
真冬が意外そうに眼を開く。
「へぇ……それ、何?」
「ネックレスだけど」
「……その先端にくっついているのって……」
「おお、弾丸だな」
「撃たれた物、だな?跡がついているってことは」
「……まぁ、な」
真冬が深い、深~いため息をつくと、そのネックレスを引ったくるようにして奪うと、それをまじまじと見つめた。そして、また深~く息を吸い込み……。
「……しかも血の跡まであるじゃない!信じられない!」
そう叫んで僕を突き飛ばすと勢いよく扉を閉めた。
「うわっ、ちょっ!」
ちなみに梯子がある時点で分かるだろうが、ここから落ちたら思いっきり下へと転落する。
僕は必死に踏みとどまろうとするが、あなわびし。
ズドンッ!
背中から床に墜落して意識を手放すのであった。