宿舎の緊張-2
僕は暫く寝っ転がっていたが、緋月を待たせる訳にはいかないので身体を起こして身なりを整えた。そして、部屋を出ると、居間では軍刀を磨いている紅葉の姿があった。
「……何で軍刀を?」
「貴方の。勝手に使ったから……研いでおいた」
彼女はそう言うと、拭うのに使ったと思しき布巾をテーブルに置いて軍刀を何回か振った。そして無表情だが満足したように頷くと、鞘に収めて僕にぽいっと放ってきた。
僕はそれを掴むと、彼女はソファーに深々と座ってため息をついた。
「……いつかは来ると思っていた」
「西国の?」
「……ん」
「紅葉は……どうしたいんだ?」
僕は紅葉の隣に腰を下ろす。彼女は嫌がったりせず、ただちらりとこちらに一瞥をくれると視線を真っ直ぐ向けて言った。
「別に」
「……別に……って……」
「私は家族の仇を討つために動いていた工作員。どうしたいも何もない。ただ、西国が取引に動いてきたのは少し驚いている」
「何で? 奪還しようと考えるのは普通じゃない?」
紅葉はこちらを向くと少し逡巡するように俯く。その態度はあまり見たことがなかったので、少し不思議に思っていると、彼女はおもむろに来ていたシャツのボタンを外し始めた。
「ちょ、何を……」
「見て」
紅葉はシャツをはだけさせて、僕に胸を突き出した。僕は視線を逸らしそうになるのをぐっと堪えて視線を彼女の胸に向ける。
つぼみのように膨らんだ乳房に、淡い桃色の乳首、純白の肌……いや……。
魅力的な身体であったが、僕の目はただ一点に吸い寄せられ、思わず手が伸びていた。
「これは……何だ……?」
暖かみ溢れる人間の、女の身体の中にあったのはひどく無機質なものであった。
彼女の乳房の間に携帯電話サイズの機械が埋め込まれていた。
触ってみると、ひんやりとしている。体温が一切伝わらないようになっているかのようであった。いずれにせよ、彼女の身体にあって良いようなものではない。
僕は手を離して紅葉の顔を見つめると、彼女は服を直しながら呟く。
「これは独り言……これは人体爆弾……肉体の心臓、その周りの筋肉から発生する莫大なエネルギーを爆発に還元する。この要塞の一個や二個はこれで吹き飛ぶ。遠隔操作で爆発させるのが基本」
「…………なるほど」
どういう仕組みか分からない。だが、これは……日本国がやって良いような行為ではない。こんなの、特攻隊と同じではないか。
決して、特攻隊のことを悪く言っている訳ではないが……こうやって命を道具のように投げ出すのは……良いか悪いかは別として、日本らしくない。
「しかし、遠隔操作……」
そう言えば、紅葉を捕らえた後、敵軍が一回、妙な送信機を持って現れた事があった。もしや、それが遠隔操作機だとすれば……。
非常に危うかった事になるのだ。この要塞が。
僕は冷や汗を掻いていると、ふっと紅葉が笑みを見せた。
「貴方って、本当に可笑しい」
「え?」
「こんな人間爆弾を普通に招き入れるんだから」
「そりゃあ、信頼できるからな」
「……そんな根拠もなしに……」
「根拠はあるぞ」
「何?」
「僕が信頼できると判断したから」
「…………ふふ」
紅葉は珍しく可笑しそうに笑った。小さな笑みであったが、その笑みを見るとどこか報われるような気がした。
「本当に可笑しい……。あ……一つだけ、したいこと……してもらいたいことがある」
「ん? 何?」
「西国でも東国でも良い……貴方といたい。貴方を知りたい」
彼女はそう言うとわずかに頬を赤らめる。そんな反応を見たことがなかった僕は少し狼狽えてしまった。
「う……あ……考えて、おく」
「ん、そうして」
そう言うと、紅葉は扉を指さした。出て行け、ということだろうか? 僕が意味を考えていると、紅葉は続けざまに聞き耳を立てる素振りをした。
ああ、なるほど。
僕は彼女に対して笑って親指を立てると、足音を殺して出入口の扉に近づき、勢いよく扉を開けた。
「うわっ!」
廊下から可愛い悲鳴が聞こえる。僕は笑みを殺しながら、外に出てそこにすっ転んでいる少女に仰々しく言った。
「何で転んでいるんだい? ミルク」
「え、あっ、な、何でもないっ!」
ミルクは慌てて立ち上がって僕に敬礼する。いや、何故に。
僕は苦笑しながら彼女の肩に手をやって廊下を歩いていく。ミルクは意を悟って一緒に歩きながら小首を傾げる。
「何か食べた?」
「ああ、粥を少しな」
「……元気?」
「元気かどうかはさておき、みんなから話を聞いてどうしたもんか、と思っていたんだよ」
「んー、兄様、何だかなぁ……」
複雑そうな表情でミルクは僕の顔を見上げる。
「勘違いしていない?」
「ん?」
「選ぶのは兄様なんだよ? みんながみんな、好意を寄せている。だから兄様には選ぶ権利があるの。傍に居て欲しい誰かを選べば良いだけなんだよ」
「ま、分かっているさ。それでも、踏ん切りがつかないときがあるだろ。だからみんなの顔と声を聞いて、自分の内なる声に耳を澄ませている」
「内なる声、ねぇ。随分、詩的になったのね。兄様」
ミルクは苦笑する。その頭を優しく撫でながら僕はその言葉を発した。
「ミルクの望みは?」
「……単純明快。兄様と硝煙の香りとは無縁な生活をしたい。それだけ」
彼女はただそう告げると、頭を引っ込めて僕の頭を撫でる手から逃れた。
どうしたのだろうか。ふと辺りを見ると、階段の前まで来ていた。
ミルクはあどけなく笑いながら階上を指さす。
「お姫様が待っているよ」
「……ああ」
後は、彼女だけだ。
僕は深呼吸すると、足を踏み出した。
ハヤブサです!
アンケート中間報告になります!
いや、まだ募集はしていなかったのですが、期日前投票という形となって……いやはや、嬉しい悲鳴です。
尚、複数回投票下さった御方には最新のものを採用させて頂いております。
緋月……1票
真冬……1票
海松久……1票
緋月or真冬……1票
……という訳で、このままだと緋月か真冬になりますね。
緋月は事前に人気が高かったのですが、真冬も頑張っていますね。
おい! 葉桜と紅葉! ちょっとは頑張れ!
では、正式な投票は本日よりになります。
どしどし投票下さい!
そうですね、特典として投票下さったらその投票したキャラからメッセージが届くっ! みたいなのはいかがでしょうか?
……んー、何か逆に減りそうな……。
……とりあえず、感想欄で受け付けております!
よろしくお願いします!
 




