宿舎の喧騒-4
「兄様、M24SWSの整備終わったよ」
「お、さんきゅ。助かるわ」
僕はバレットを弄る手を休めて、ミルクの仕上げてくれた対人用ライフルを眺める。しっかりと整備されている様子だ。
「寺社連合でこんなのを学んだのか?」
「ううん、あたしが自主的に。住職さんに頼んで内緒で軍部予備校に入れて貰ったの。そこでいろいろと」
「へぇ」
ミルクはニコニコと笑みを浮かべて工具を手の中で回転させてからテーブルに置いた。
そして、そそくさと僕の隣に座ると、僕の肩にしなだれかかってきた。
「ねぇ、兄様、何でこんな辺鄙な所に配属希望を出したの? 会いたくても会いに行けなかったよ?」
「悪いな。まぁ、いろいろ事情があったんだ」
バレットの修理を終えてそいつをケースにしまいながら僕は苦笑する。ミルクはウエットティッシュを取り出すと僕の油まみれの手を拭きながら僅かに唇を尖らせた。
「……寂しかったんだから」
「……ああ、悪かった」
拭いて貰ったばかりの手で彼女の頭をそっと撫でると、彼女はうっとりとした表情で目を閉じてそれに身を任せる。猫のように温かな感触だ。
「……大きくなったな。何年ぶりだ?」
「兄様が軍部学園に入る一年前に最後にあったから……五年前、かな」
「そっか、五年もあれば大きくなるよな」
「うん、そうだよ。そして、兄様の傍にいられるようになれた」
にこっと笑みを浮かべる少女はどこか幼くて。
純粋無垢で。
それ故に、僕はしっかりとその肩を抱き寄せた。
「あ、に、兄様?」
「ミルクは戦わなくてもいい。僕が戦えば十分だから。その手を血で汚さないでくれ」
「……兄様」
ミルクは優しく微笑んで僕の身体に手を回す。
「そんなこと、気にしないで。兄様が優しいのは分かっている。だから兄様がその手を血に染めようとしていることも……だから、ね、一緒に染めよ? 周りがみんな紅かったら気にならないよ」
ああ、優しい子だ。
僕はその小さな身体を抱き締めながらぼんやりと思う。
彼女は僕の事まで気遣ってくれる。残された家族だからだろうか。この子は弟と自らの事だけを気に掛けてくれればよいのに。事実、そうなるように配慮してきた。
だが、彼女は優しい。残酷なまでに。
「分かっているよ。分かっているから」
ミルクはそう優しく囁くと、尚一層、僕の身体を力強く抱き締める。その細い腕からはどうしてだろうか、縋り付くような必死な力がこもっていた。
「だから……一緒にいて……」
「…………」
ただ、僕はその身体をただ抱き締め返した。
二人で整備を終えると、ミルクはシャワーを浴びに部屋を出て行った。
食事を作るまで時間もあったので、部屋を出て要塞の屋上へと向かった。
外はまだ明るく果てのない荒野が広がっているのがよく分かる。それを眺めながら、懐から煙草を取りだし、口にくわえた。だが、いつもは吸わない煙草、うっかり火を用意するのを忘れて思わず舌打ちをした。
と、そのとき、横からライターを持った手が伸びてきてぼっと煙草の先に火が点された。
少し驚きながら視線を逸らすと、そこにはまだ頭に包帯を巻いた新庄の姿があった。
「やぁ、新庄」
「おう」
新庄は笑ってライターを懐にしまうと、代わりにスポーツドリンクを取りだして無造作に蓋をねじ切り、ぐびぐびと飲み始めた。
「……出歩いて良いのか」
「ああ、退屈だから事務作業をしていた。で、今はそのサボりだ」
「そうか」
煙をゆっくりと吸い込む。肺の中にそれが満たされ、そしてそれを長く吐き出すと入れ替わりに新鮮な空気が入ってきた。
「お前が煙草とは珍しいな」
「ああ……ちと悩み事をだな」
「何だ? 聞いてやるぞ」
「……ふと思ったんだが、な」
僕は少し迷いながらもそれを口にしていく。
「この均衡は、いつか破らねばみんなが幸せにならないんだろうな……と」
「……東西戦争、の事じゃなさそうだな。お前の居候娘共か」
鋭い。回りくどい言い方をすぐに悟った。
まぁ、付き合いが長いからな。僕は苦笑しながら屋上の柵を煙草で軽く叩いて灰を落とす。
「ああ」
「なるほど、お前は気付いていた訳か。あの部屋の全員がお前に好意を寄せているということを」
そう言いながら、新庄も胸ポケットから煙草を取りだして口にくわえる。ライターで火を付けると大きくそれを吸い込んだ。
そして、煙を吐き出しながらチラッと僕を見る。
「鈍感ではなくて、わざと鈍感だったのか」
「悪かったな。親父の教えでよ」
「ああ……零さんだったらありそうだな」
くつくつと新庄は笑いを漏らすと、煙草を口から離して地平線を眺めた。
「……まぁ、三人の三つ巴の均衡から、二人増えて五人になった。お前が等しく愛を注ぐのも限度があるな。故に……」
そこで彼は眉を顰めて煙草を手に持ちながらこちらを向く。
「まさか、誰か一人を選ぶんじゃねえだろうな?」
「一人を選ぶに決まっている。当たり前だ」
ぽろり、と彼の手から煙草がこぼれ落ちる。
「何てこった……溝口家からまともな人間が現れるなんて……!」
「溝口家がおかしな家みたいに言うな! ……まぁ、事実、ハーレム一族だが」
現に親父は法律をねじ曲げてでも重婚を行っていたし、曾祖父に関しては同棲相手が四人いたそうだ。自分の知っている中で唯一まともなのは祖父だけだ。
僕はため息をつき、煙草の煙を吸い込むと新庄は肩を竦めた。
「まぁ、その方が彼女らにとっては報われるだろうな。それで? 決めているのか?」
「自分の心と要相談」
「だろうな……溝口、一つ言っておくとだな」
新庄は地面に落とした煙草を踏んづけて火を消しながら言う。
「あいつらはなかなか性質が悪い連中だぞ。誰かを選ぶのは一向に構わんが、フォローを忘れると下手すれば、刺される。背後からぐっさりとな。真冬ちゃん辺りには気をつけておくんだな」
「……あいよ」
その言葉、肝に銘じておこう。
僕はそう思いながら苦笑し、煙草の煙を吐き出す。それは輪のようにふわりふわりと空の中に溶けて消えていく。
それを野郎二人でぼんやりと眺めていた。




