宿舎の緊張-2
状況が動いてからは僕らは大きく動いていた。
独立部隊ものんびりすることは出来ず、各々が各々の仕事に就いて懸命に働く。
紅葉も軍事機密には立ち入れないが、細々とした作業を手伝ってくれた。
本国からも物資が大量に届き、軍備が行き届いていく。何せ、西国が合法的に接触を図ってきたのは数年ぶりだったからだ。
そんな中、西国連邦から詳しい手紙が届いた。
「武蔵野台地……? そんな開けた場所で行うのか」
緋月から手紙の内容を聞いて思わず首を捻った。
武蔵野台地は昔の日本地図で言えば、東京西部から山梨県にかけて存在する開けた台地だ。その西には大きな運河が流れており、そこからは正式に西国領地だ。
今は西国の侵攻に武蔵野台地はほぼ奪われ、東国として機能しているのはここだけなのだ。
確かにそこだったらフェアな交渉が出来るが、如何せん、こっちの陣営に近い。相手は包囲されることを考えていないのだろうか……。
何も思惑がないのなら、それはそれで安心なのだが。
緋月も腕組みしながら考え込んでいたが、一つため息をついて首を振る。
「分からんな。まぁ、フェアな交渉であればよいのだが……用心するに越したことはない。独立部隊も少し離れた場所で待機しておこう」
「ん……」
そんな慌ただしい中、とうとう、本国から寺社連合の増援が来る日になった。
◇◆◇
「平田、失敗は許されないぞ」
その頃、西国連邦東国侵攻軍の総司令室では二人の男性が向かい合って話し合っていた。
一人は顔に大きな傷跡があり、もう一人は火傷の跡がある。
そのうち、大きな傷跡の持ち主の男が苦笑した。
「大丈夫だ。相手はあの甘ちゃんの息子の葵だぞ。それにこれだけ美味い話を投げ込めば恐らく食らいつく。もし駄目なら……俺ごとやってくれて構わない」
「その覚悟、上等だ」
火傷の男はふっと笑んで視線を窓に向けた。
その窓の外には、どっしりとそびえ立つ要塞がある。
「……軍部の人間がしくじらなければ、あんな場所に要塞を残さなかったものを」
「東国が挽回する最後の希望、孤高の要害か。あれを葵が守っているとは……信じられんな」
「うむ、我々は極秘裏に軍を進めて、一気に東国に攻め込んだが……意外に榊原に粘られた。お陰で我が領土に一色だけ東国のそれが存在する……非常に危険な状態だ」
火傷の男は窓から視線を逸らすと、平田に視線を戻す。
「頼んだぞ、平田」
「おう」
◇◆◇
「間もなくだな」
要塞の屋上で懐中時計を取りだして確認する緋月。その針は本国が指定した時間をもうすぐ示そうとしていた。
屋上には第三八独立部隊が全員武装した状態で集結している。何故か、紅葉も僕の後ろにぴったりくっついていた。
「……聞いても良い?」
と、そこで紅葉がこそっと僕の背後で囁いた。
「何を?」
「寺社連合って?」
「んー、知らないのか」
僕は少し意外に思いながらも考え込む。この辺は西国にも情報は行っているはずだが、確かにあまり重要ではないのかも知れない。僕は肩を竦めて軽く説明することにした。
「東国連合軍部にはスポンサーで寺社があるんだよ。地陸変動以後、それらが結びついていて権力を持つようになったんだ。僕の妹や弟もそこに匿われている」
「……え? 葵に妹と弟はいない……はず」
「そっちの情報は行っているのか」
僕は苦笑しながら頷く。
「従妹弟だよ。まぁ、溝口零の養子って扱いになっている」
「……なるほど」
紅葉がふむふむと頷く。緋月はその会話を聞いていたのか、ちらりと怪訝そうに視線を向けるが何も言わない。やはり僕に一任してくれている様子だ。
「来た」
不意に真冬が声を上げる。その声に視線を戻すと、地平線の方からヘリコプターが飛んできているのが分かった。
次第に近づいてくるヘリコプター。
友軍の旗を掲げているのが見える。緋月が二、三歩進み出て手旗を持ち上げて信号を送った。
ヘリはそれを受けて近づく。が、着地する前にヘリの扉がガラリと開く。
そして、そこから出て来たのは巨大な弓矢……。
「緋月ッ! 真冬ッ!」
「分かっている!」
僕らは咄嗟に動いた。非戦闘員である葉桜と武装していない紅葉を僕が背中に隠す。と同時に二人は前に出て獲物を構えた。
その瞬間、矢が解き放たれる。獅子のような唸りを上げて突き進むそれを、真冬はナイフを投げつけて軌道を逸らした。だが、勢いが強くほぼ変わりはない。
紙一重で僕の脇を過ぎ去り、屋上に突き刺さる。
「殺す一撃だな……!」
「友軍に化けているのか? それにしても……」
「先輩、考えるのは後です! 来ます!」
真冬が鋭く叫びながらベレッタを二丁抜いて両手に構える。それとほぼ同時にヘリは真上に到達、そこから誰かが飛び降りてきた。
真っ白な袴を羽織った巫女だ。仮面を被っていて正体は分からない。
僕は背中に担いでいたM24SWSを抜きながら背後に叫ぶ。
「紅葉! 葉桜を連れて屋内に!」
「分かった」
短い返答と共に二人の足音が遠ざかっていく。よし、これで非戦闘員は避難できた。
僕が背後を気にしながら立った体勢でライフルを構える頃には、巫女は降り立ち、長剣を抜いて真冬に飛びかかっていた。
真冬は二丁のベレッタを駆使して上手く捌こうとする。だが、巫女は長剣を巧みに扱い、至近距離を保って照準を絞らせない。
また、二人がもつれ合っているせいで、僕と緋月は銃を撃つことが出来ない!
「くっ……!」
緋月が唇を噛みながらこちらに視線を寄越し、懐から何かを抜いた。黒い松ぼっくりのような……手榴弾だ。僕は彼女の意を悟ってライフルを構える。
「真冬! 退けッ!」
緋月は叫ぶと共に手榴弾の安全装置を引き抜き、真冬と巫女の方へと投擲する。
真冬は瞬時に距離を取る。だが、巫女はそれに気付いてさせじと肉迫する。その瞬間、僕のM24SWSが火を噴いた。
地面に向けて撃たれた銃弾は跳ね上がって巫女の進路を邪魔する。
巫女の足が止まり、逡巡する。その一瞬が命取りだ。
安全装置が抜かれてきっかり三秒。手榴弾は凄まじき勢いで爆ぜた。
爆風に呷られて吹き飛ばされる真冬を受け止めながら、僕はその爆発が収まるのを待つ。緋月もほっとしたように息をついている。
事態は収束した、そう思えた。
「……まだ終わっていない!」
そのとき、鋭い声が背後から飛び、反射的に僕はライフルを構える。
その瞬間、爆炎の合間から矢継ぎ早に何かが飛んできた。
「くっ!」
僕と真冬は各々の銃器を駆使してそれを撃ち落とす。それとほぼ同時に爆炎の中から巫女の無事な姿が露わになった。腕を伸ばして何かを発射しながら接近してくる。
その捌きに意識を逸らされて、その強襲に反応できない!
「ふっ!」
その瞬間、横様から緋月が跳び蹴りを放ち、至近距離で銃を発砲した。
それにたまらず巫女は腕でその銃弾を受け止める。何か仕込みがあるようだ。だが、跳び蹴りは見事に喰らって後ろへ吹き飛ばされる。
その隙に僕と真冬は獲物を構えて一斉に銃撃を行った。
が、巫女は長剣を地面に突き刺して無理矢理、勢いを殺して逆ベクトルに勢いを逆転し、どこからか短刀を抜いて一直線に僕を襲ってきた。
その反転速度に緋月も真冬もついて行けない。
そのまま、巫女は僕の胸に短刀を突き立てる。
寸前、背後から誰かが飛び出して僕の腰から軍刀を抜き取って巫女と切り結んだ。
青空によく映える蒼い髪の毛……紅葉だ。
「ッ!」
僕はその好機に感謝しながらライフルを一瞬、中空へ投げて浮かべる。と同時に地を蹴って、紅葉の脇から巫女を蹴り飛ばした。
そして、彼女に覆い被さりながら短刀を片手で押さえ込み、宙に浮いていたライフルを引き寄せ、銃口を喉元に突きつけた。
それによって巫女はぴくりとも動かなくなる……が、変わりに仮面の下からくぐもった笑い声が漏れてきた。
「ふふふ……兄様、やっぱり強いなぁ……」
幼く、甘えるような声。だけれど、どこか冷たさを秘めたその声には聞き覚えがあった。
思わずぎょっとしながら、恐る恐るライフルの銃口で彼女の付けている仮面を払い除けた。
「お久しぶり、兄様っ」
その下から覗かせる顔は、僕がこの世で一番可愛いと認めている顔だ。
にこりと微笑みながら晴れやかな声を上げるのは……。
「おま……海松久! 何でここに……!」
僕の従妹であり、義理の妹でありました。
ハヤブサです。
ラスト五人目のキャラ、王道妹キャラ登場です。
これが最後の攻略キャラとなりますね。
ぼちぼち進めた後に、アンケート取りますのでよろしくです。
どのルートに進むか……それは貴方次第。




