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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
仲間と共に
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宿舎の緊張-1

「地陸変動……こんな事が起こるとはね」

 すっかり憔悴した様子の男性は資料をパサリとこちらに寄越した。

 それには完全に姿を変えてしまった世界地図があった。

 目の前の男性は畳敷きの部屋の真ん中で布団の中に身体を横たえていたが、ぐっと身体を起こして僕を見つめる。

 そのとき、僕の身体が今より少し小さいことに気が付いた。

 ああ、これは……僕の若い頃の記憶だ。

 僕はぼんやりと思い出していると、その男性は優しく微笑んで見せた。

「ああ……零の生き写しのようだ……居なくなってから分かるものだな、こういうのは……」

 彼は……親父の上官だった人だ。

 幼い僕はただ無関心な目で上官を見つめ返す。

 それを見て、彼はただ悲しそうな顔をした。

「……すまない、僕にもっと力があれば……」

「……いえ」

 僕は短く答えると、上官はため息をついて頷いた。

「そうだな、それよりもこれからの建設的な話をしようか……。今後の学費等々は私が面倒をみよう。当面は気にしなくても良い」

「……残った家族は、どうしますか」

 僕は掠れた声で訊ねる。そのとき、気がかりだったのはそのことであった。

 すると、彼は苦笑いして頷く。

「ああ、彼らにはもう話をした。どうも私共の世話になることにはあまり乗り気ではないらしい。それよりも実力をつけて復讐をしたいそうだ」

 ああ、彼らは実直だ。真っ直ぐで羨ましい。

 僕にはそんな勇気はない……。

 ふと、そんなとき、上官は傍らから何かを取りだして僕に放った。

 それを反射的に受け取って眺めると、それは拳銃であった。

 思わずまごついていると、上官は笑う。

「その引き金を引くだけで、呆気なく命を絶つ事が出来る。誰でもな。その程度の道具なら……提供できるぞ」

「……つまり……僕に復讐させてくれると?」

「昔から君は臆病だったからね。こう言わないと吹っ切れないと思った。もちろん、復讐なんてかつての日本の風習では認められたものではない。けれども、今は違う」

 彼はそう言うと、少し咳き込んだ後に言葉を続ける。

「君の生き方は否定することは出来ない。もし、復讐を望むのであれば、新設した軍事学園に転入することも可能だ。どのコースを選ぶかも選ばせてあげよう。また、工科学園、農耕学園もある。どこへ行こうが君の自由だ……零を否定することが出来なかったようにね」

 そうして、上官は儚げに笑った。


 そして、僕は軍事学園狙撃科に転入した。そこでただ復讐のために銃撃の練習を続けた。そこで緋月にも出会った。真冬にも軽く会ったこともあった。

 そこで四年過ごし……再び、その上官に会ったのは卒業間近であった。


「首席か、さすが零の息子だな」

 上官はその頃、少し元気になって執務室で仕事をしながら会っていた。

 上官は書類に判を押しながらこちらに視線を向けて微笑んだ。

「アメリカ提携の奨学金を利用されて学費を突き返されてしまったな。全く、生真面目な所は小夜によく似ている」

「……母に、ですか?」

「ああ、よく似ている……それで、もう二十歳に程なく近いが……彼女の一人や二人、出来ているのではないかね?」

 上官は少し可笑しそうに笑む。僕は苦笑して首を振った。

「いませんよ」

「それはおかしいな。この前、榊原中佐が泣きついてきたぞ。娘を君に取られたと。プロポーズでもしたのかね?」

「あー……誤解されるような事は言ってしまいましたね」

 僕が苦笑して事情を説明すると、ふむ、と上官は考え込んだ。

「なるほど、では榊原くんが嫌いな訳ではないのだね?」

「ええ、まぁ、当たり前ですね」

 僕が頷くと、上官は一つ頷いて書類を取りだした。

「では、ここに配属されてはくれないかな。ええと……西国連邦が二年前に攻めてきて領土を奪っていったのは知っているかな」

「ええ、ニュースで見ました」

 地陸変動以降、分裂した日本の片割れと不可侵条約が結ばれていたが、西国が攻め込んできたのだ。そこで昔、東京に当たった場所は奪われてしまった。

「だが、奪われなかった領土はある。昔、世田谷区と言われた場所であってだな、そこの要塞は未だに健在だ。今も尚、砲撃戦が続いているが、榊原中佐の見事な手腕で退けている。近々、彼の娘、榊原緋月くんも派遣する事になっている。それで誰か付けておきたいと思ったのだが……」

「分かりました」

 まだ少し若かった僕はすぐに頷く。

 その数週間後には、そこに配属されて……。


 今に、至る。


「……葵、葵っ」

 不意に耳元で声が響いた。

 目を覚ますと、枕元で真冬が心配そうに僕を覗き込んでいた。

「……うなされていたけど……」

「ああ……」

 僕は苦笑しながら身体を起こす。そこは僕の私室であった。

「心配してくれたのか、ありがと」

 すると、真冬は慌てた様子で顔を背けて早口にまくし立てた。

「べべべべっ、別にあんたのことを心配した訳じゃなくて、うなされていたのがうるさかっただけなの! ただそれだけ!」

「うん、でもありがと」

 僕は真冬の手を掴んで握りしめると、彼女は瞬く間に顔を赤くした。

 ぱくぱくと金魚のように口を開け閉めしているので、僕は上手く彼女を椅子の上に座らせて、ただぎゅっと手を握った。

「暫くこうしていて良いかな?」

 こくこくこくっ。

 激しく頷く真冬。どうやらテンパッて暴走しているらしい。

 まぁ……良いか。

 僕はその手を握りながら目を閉じる。


 暫くは、人の温もりに触れていたかった。

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