宿舎の騒動-5
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「……大変気の毒に思う。東国連合がここで動くとは……不可侵条約は破られないものだと思っていた」
「そう……同郷の者同士、ゆくゆくは和親条約も結べると……」
「何故、西国を裏切ったんだ……ッ! アメリカと結びついて何の得があると……!?」
「そもそも、地陸変動さえ起きなければ本国分裂なんて起きなかったのに……」
「悔やむのは……もう止めよう。ほら、一番悲しいのは娘さんなんだ……」
「そう……だな……」
無機質な言葉が響く。
それは私達の両親を惜しむ声だ。
彼らはグンシンとして称えられ、我が祖国に仕えていた。
だが、呆気なく、殺された。私の目の前で。
何も感じられない。ただ、事実だけがそこに転がっている。
事実は憎しみを呼んだ。
そして、私はその憎しみを取った。
「ねぇ、紅葉」
不意に優しい声が耳元で響く。
これは……確か……。
「貴方のしたいことは貴方が決めなさい。一時の感情に流されず、自分の心に問いかけて」
ああ、優しい温もり。
この感触は、そう……お母さん……。
何か暖かい感触を感じて目を開けると、そこにはただただ微笑みを浮かべた青年の顔があった。
「あ……葵」
「よっ、おはよ。気分はどうだ?」
私は身体を起こすと頭を振って夢の残滓を追い払う。
「……あんまり、よくない。昔の夢を見た」
「そか」
そっと頭に優しい温もりが感じられた。彼の手だと分かるのに数刻も掛からなかった。
振り払おうかと思ったが、そんな気力も起きなかったのでそのままにしておいた。
葵はひとしきり私の頭を撫でると、手を離して少しすまなそうな顔をした。
「悪かったね。来て貰って早々、こんな面倒事に巻き込んでしまって」
「……何があったの?」
「当事者はまだ起きていないから分からない」
ちらりと彼は脇のベッドを見る。なるほど、そこには葉桜とかいう少女が寝ていた。
彼女が当事者、か。若いのに……。
と、私は無表情を保っていたつもりであったが、葵は知ってか知らずか私の疑問を解説する。
「葉桜はね、とある理由でこっちに引き取ったんだ。事情持ちで、正直、軍部からも睨まれている存在で……ここの衛生兵なんて本来は任せられるはずがないんだ」
「……じゃ、何で?」
私の口から思わず疑問がついて出る。彼は微笑んで頷く。
「僕は彼女が信じるに足ると思えた。だから雇った」
「……え、それだけ?」
彼の言葉を理解すると同時に戸惑いが生まれた。
軍部に睨まれていると言うことは敵対する可能性がある、もしくは敵に内通している、そのようなリスクを持った人間でなければそうはならない。
なのに、彼は……信じられる、それだけで?
「ま、最初は紅葉みたいに警戒されたけどね、それでも今は懐いてくれている。嬉しい限りだよ」
「……私も、そのうち懐柔されるとでも?」
私はふんと鼻で笑ってみせる。
これでも私は一流の工作員だ。秘密は漏らさない。
しかし、私の決意を余所に彼は曖昧な表情を浮かべていた。
「懐柔……ねぇ……あんまりそういうつもりはないんだけど」
「…………え?」
「いや、ね、僕個人としては仲良く出来ればそれで良いだけなんですよ。そーゆー難しい話は緋月に丸投げしているし。僕はやれと言われたことをやり、そして君達、部屋の住民を守るだけだよ」
ニコリと微笑むその表情には、何も思惑はないように思えて……。
つい引き込まれそうになって私は首を振った。
「貴方は何なの……?」
思わず引き込まれまいとするあまり、自分を律することが出来ず、言葉が漏れ出す。
その問いに葵はまた苦笑する。
「何なの……って言われても。日本東国連合軍所属、第三八独立部隊副部隊長、溝口葵中尉ですが何か?」
「……そういうのを聞いているのではなくて」
言いたいことが伝わらず、頭が痛くなってくる。
鈍い。鈍すぎる。
もし情報収集のためにやっているならもうちょっとまともにやってくれ……。
私が頭を抱えると、葵は可笑しそうにくすくすと笑った。
「葉桜にも最初、同じ事を言われた。だからそのときは、そうだね、自分の事をクソ博愛主義者と言ったかな」
「クソ博愛主義者?」
「そ。敵でも情けをかけちゃう博愛主義者ってこと。まぁ、それはそれで違うんだけど……さ。まぁ……僕も痛みは少しは分かるんですよ」
不意に彼の言葉に悲痛そうな響きが混ざる。思わず葵の顔を見るが、彼の表情は絶えず微笑みを浮かべていた。何に対して微笑んでいるのだろうか……。
「痛み……」
思わず言葉を反芻する。葵はコクンと頷いて見せる。
「……僕も、親父を亡くしたからね。愚かな親ではあったけど、なかなか失うと手痛いものでね……もっと話を聞いておけばよかったと常々実感しているよ。だから、さ……そんな悲劇は繰り返したくない訳でして……」
「…………」
違う。
彼は情報収集などの軍部に絡んでいる訳ではない。緋月の言いなりという訳でも。
そして、鈍いのは、わざと鈍いのだ。
しかも鈍い方向は自分の痛みに関して、だけであって、他人の痛みは人一倍敏感であろうとする……。
何だろう、徹底して人のためにあろうとしているような……。
会ったことのない、はっきり言うと、気持ち悪い。
その色が表に出たのかも知れない、彼はただ微笑んだ。
「僕は葵、キミは紅葉だ。それだけでこの世界は十分なんだよ」
本当に、それだけだったら良いのに。
ハヤブサです。
本日京都に行って参りまして見聞を広めてきました。
なるほど、世界はまだまだ広いです。
ところで、このお話ですが、どうするか悩んだ挙げ句、エ○ゲっぽく致すことに致しました。
これより十数話進んだ所で、皆さんにアンケートを提示します。
そこで皆さんに選択肢を選んで頂きたいのです。
・緋月
・葉桜
・真冬
・紅葉
・???
この五つより、進んで欲しいルートを選択して下さいませ。
(最後のは新キャラです。王道キャラです)
まぁ、皆さんから意見頂けるか分からないのですが……。
誰からも意見が入らなければ必然的にバッドエンドになるでしょうねぇ……。
お願いですから、そうさせないで下さいよ……?
そのことを頭の片端に置いて頂ければと思います。
少々、物語も佳境に入ってきます。
今後もこのお話をよろしくお願い致します。




