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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
仲間と共に
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宿舎の騒動-4

「葵ッ!」

 バタバタと音を立てて、緋月が飛び込んでくる。

 その心配そうな顔を見て思わずほっとしながら、僕は人差し指を口に当てた。

 緋月は僕を見て安堵したような表情を浮かべると、声を小さくして囁いた。

「話は新庄から聞いた。無事そうで何よりだ……葉桜と紅葉は?」

「今、薬をぶち込んで意識レベルを戻している。かく言う僕と新庄も今、血清剤を打ち込んでいる」

「……そうか……要らぬ手間をかけたな。後は私が何とかしよう」

 緋月が安堵したように一つ息をつくと、僕の横たわるベッドに腰掛ける。

 そう、ここは医務室……僕らは衛生兵の手当を受けていた。

 僕と新庄はベッドで寝っ転がって点滴を受けており、奥のベッドでは葉桜と紅葉が現在進行形で処置を受けている。

 緋月はそっと僕の手を取ると、ぎゅっと握りしめた。

「……すまんな。私がいるべきだったよ。調練に時間を割きすぎた」

「気にすることはないよ。僕は僕で室長の務めを果たしたまで……このことは表沙汰にはなっていないはずだから安心して良いよ」

 僕がニコリと笑うと、緋月は苦笑して見せた。

「悪いね、気を遣わせちゃって」

「まぁ、表沙汰になるとお互い面倒だからな」

 苦笑いし合う僕ら。

 ひとしきり笑い合うと、今度は僕から問いかけた。

「真冬はどうした?」

「部屋の処理を頼んである。もちろん、内密にな」

「そっか……あれを始末するのは大変だろうなぁ……」

 ひどく荒らしてしまった部屋を思い浮かべて苦笑してみせる。

 あれにはリフォーム並みに動かなければならないだろう。

「そうだな、私も手伝いに行って、他の人間には誤魔化しと後は備品の整理、新庄とここの衛生兵には口止め料も兼ねて何か礼を……」

 緋月は指折り数え上げて渋い顔を見せる。

「後で葉桜を締めないとな……」

「ははは……程々に頼むよ。彼女は僕らのライフラインといっても過言ではないんだから」

 僕が苦笑いすると、彼女はまじまじと僕の顔を見つめた。

「全く、キミもお人好しだね。あの子は紅葉の次に不穏分子で、さらにこの前は毒物もどきを食わされて食中毒を起こしていたというのに」

「人選に関しては文句を言わない約束では?」

 僕はさらりとそう言うと、ずっと握られていた緋月の手を離す。すると、彼女は慌てた様子で言葉を連ねた。

「あ、いや、キミの選択に文句を言う訳ではなくてだね、ただ、忠告を……」

「分かっている」

 僕は身を起こすと、彼女の頭をぐっと抱き寄せた。

 緋月の髪からは急いできたのだろう、汗と硝煙の香りがした。

 不意に抱き締めたせいか、息と脈拍を乱す緋月の耳元で囁いた。

「大丈夫。僕もしくじることはあるけど、その分は緋月を信じているから」

「……その言葉、信じて、良いんだな?」

 少し裏返った声で緋月は小さい声で訊ねてくる。僕は短く頷いてその頭を解放した。

 彼女は少々名残惜しそうな表情を見せながら、髪を撫でつけて立ち上がった。

「じゃ、じゃあ……私は行くよ」

「ああ、頼んだよ。後で手伝いに行く」

「別に構わないよ。私一人でも出来る。それよりキミは葉桜と紅葉のケアを頼む。良いね?」

「ああ、了解した」

 緋月がひらひらと手を振って立ち去る。

 直後、廊下の方から『ああああああああっ!』という嬉しそうな叫び声が聞こえたのは……まぁ、きっと気のせいだろう。


『じゅ、准尉!? 何故、壁に頭を叩きつけ……あぁっ、壁が抜けますっ!』

『あああああっ! 葵があああっ、葵が私をおおおおおっ!!』

『ら、乱心っ! 准尉殿がご乱心であるぞーッ!』

『殿中っ! 殿中でござるーっ!』


 ……きっと、気のせいだろう。


 暫くして点滴が終わってベッドから起き上がると、葉桜と紅葉のベッドの方を見に行った。

 彼女たちはすやすやと眠っている。穏やかな寝顔が可愛らしい。

「ふぅ」

 僕は二人のベッドの間にある椅子に腰掛けると、そっと葉桜の髪に指を絡めた。亜麻色のさらさらの髪が指に心地よい。

 彼女は、何の薬を作ろうとしていたのだろうか。

 そう言えば、衛生兵の人が参考までにと使われた薬品を分析してくれていたんだったっけ……。

 僕はベッド脇のデスクに置いてあった報告書を取って確認してみた。

 ラ・ベッタ、ウォッカスピリタル、エリクサー、香木等々……。

 大体、紅葉の分析した成分と合致していた。さすが工作員だけはある。

 予測できるのは理性を外し、欲望を強めるような薬……しかし、そんな薬を作って何の効果があるのだろうか? 尋問をはかどらせるものか、もしかしたら戦場で使うための作品だったのかも知れない。

 僕が黙考していると、微かな呻き声が聞こえた。

 報告書を脇に置いて視線を走らせると、紅葉が身動きして顔を顰めていた。

「何か、夢を見ているのかな……」


 もし、理性が外れて、欲望が強くなるのなら。

 彼女は欲する何かの夢を見ているのかも知れない。もしくは、大切な記憶とか……。


 彼女を工作員にしたのは、どんなものが要因なのだろうか?



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