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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
仲間と共に
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宿舎で日常-9

 目を大きく見開くその少女は、葉桜のように幼げであった。

 蒼い髪に、鳶色の瞳。

 ああ、残酷なまでに美しい。

 僕は内心で嘆息しながらも、微笑みを浮かべて少女に手を差し伸べる。

「さぁ、おいで」

「…………?」

 疑問符を浮かべる少女に、背後に立つ送迎役の新庄は微かに苛立ちの表情を浮かべる。

 その新庄に一旦視線を移し、告げる。

「新庄、お疲れ。もう帰って良い」

「……だが、溝口、こいつは……」

 新庄が口を開いて言葉を紡ぐ。だが、僕は先回りして言った。

「分かっている。准尉、退室を」

「……はっ」

 新庄は複雑そうな表情を浮かべてその場で踵を返して部屋から出る。きっちりと扉を閉めて。

 そして、戸口付近には僕とその少女だけが残された。

「さて、こっちに。毒なんか食べさせはしないから、おいで?」

 僕はただ優しくそう言うと、少女は警戒した面立ちでそろりそろりと足音を忍ばせるようにして僕に近付く。僕はその手をそっと取ると、彼女はぴくりと身体を震わせた。

 それに気付かないふりをして、少女の手を引いて居間へと案内する。そして、ソファーへと座らせた。

「ちょっと待っていてくれるかな。すぐに運んでくるから」

 僕はそう断って少女の手を離すと、すぐさま、身を翻して台所へと向かう。

 そこには三人の少女達の姿がある。

「葵、簡単に状況を話しておく。彼女の名前は彼女の腕と肩の入れ墨、『八』と『桜』から『八重』と命名してある。名乗ってくれないからね」

「八重桜からか」

 焼き石をせっせと拵える緋月の早口な言葉を耳にしながら僕は真冬と目配せして、コンロでよく煮込んでおいた野菜の入った巨大な土鍋を二人で持ち上げる。

「工作員だということは知っているな。くれぐれも気をつけろよ。情報の管理にも」

「ああ」

 葉桜がせっせと鍋敷きを持って居間へと移動したので、僕と真冬はせっせと居間へ土鍋を運搬した。

 そこでは少女……通称、八重は辺りをきょろきょろと見渡していた。その視線の先は窓、壁、天井、設備等々……なるほど、工作員らしい。

「ただいま」

 僕が声をかけると、八重はさり気なく視線をこちらに向け、そして微かに目を見開く。

「大きい……」

「おお、特大の鍋だ」

 僕はそう言いながら真冬と阿吽の呼吸で葉桜が敷いた鍋敷きの上に土鍋を置く。

 そして蓋を外すと、もうもうと鍋は湯気を中から吐き出した。

 少女は顔を顰めていたが、湯気が晴れるとその目を驚きを映した。

 そこにはいろとりどりの具材と、澄んだ色の汁がその鍋の中に満たされていた。

「鍋だ。葵のは美味いぞ」

 僕が少女の向かいに腰を下ろすと、緋月がニコリと笑って僕の右隣に腰を下ろしながら言う。

 左隣に真冬がすっと座る。膝と膝が軽く触れ合うかの距離に。

 そして、葉桜は少女の隣にちょこんと腰を落ち着けた。

 少女は警戒心を露わにする。僕は思わず苦笑しながら、緋月が持ってきてくれた器に鍋の実をほいほいと入れていく。

「何か嫌いなものはあるか? まぁないだろうな。ほれほれ」

 僕は具がたっぷり入った器を箸と共に渡すと、少女は困惑したように眉を顰める。

「食べて良いんだよ」

 僕が優しく促すと、少女は恐る恐るその箸で器から白身魚を取り上げ、口に運んだ。ゆっくりと咀嚼して味わっている。そうしてこくん、と飲み下すとまた器から白身魚を取り上げて口に運ぶ。

 どうやら、まずくはなかったようだ。

 僕はほっと一安心すると、他の皆に目配せして食事を始めた。


 僕らは食事を終えて、真冬がいれてくれた紅茶を飲みながら談笑していた。

 少女はしっかりと鍋を食べてくれ、談笑に加わる事はなくもどこか表情を緩めている。

「ん、私、先にシャワー浴びているね」

 と、そんな中、ふと葉桜が席を立つ。

 それに合わせて真冬が空になった鍋を持って立ち上がった。

 そして、居間には僕と緋月、そして少女が残される。

 緋月は楽しそうに紅茶を飲んでいるので、僕ものんびりとくつろいでいると少女がぼそりと声を発した。

「……何も、聞かないの?」

 誰に向けられたのだろうか。

 すると、緋月は肩を竦めて言った。

「聞きたいさ。だけどここの室長は葵だ」

 すると少女の視線がこちらに向く。僕は思わず困って頬を掻きながら言う。

「聞いて良いなら、聞くけど?」

「…………」

 黙秘だ。肯定と取れなくはない。

 が、僕は肩を竦めると、少女に語りかけた。

「部屋を決めなければならないね。階上の部屋の一室を使ってくれて良いよ。緋月が案内してくれる」

「ん」

 緋月が頷く。少女はそちらに視線を向けて、一つ頷いて返事をした。

「それと……名前、聞いて良い? 偽名でも構わないけどさ。ここのコミュニケーション上、聞いておきたいんだけど」

 そして一つ質問をする。

 当然の質問だ。だが、彼女はあくまでも敵国工作員。漏らさないだろう……。

 しかし、その予想に反して、少女は口を開いた。

紅葉(もみじ)

「え?」

秋風(あきかぜ)紅葉(もみじ)。私の名前」

「そか」

 僕は思わず拍子抜けして間抜けな笑顔を浮かべながら頷いた。


「紅葉。綺麗な名前だね」


 そうして、居間にある梯子を登ったロフトにある彼女達の部屋の扉。

 その五つの扉のうち、真ん中の一つに『紅葉』というネームプレートが下げられたのはそのすぐ後だったのは言うまでもない。

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