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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
四季を越えた道筋
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信頼と絆が紡ぐ覇道―7

 新庄の様子がおかしい。

 それに気づいたのは、病床から立ち直って数日後だった。

 たとえば、僕が席を立つと。


「ん、溝口、どこに行くんだ?」

「ああ、トイレだけど……」

「お、そうか……折角だから俺も行こう」

「え、何でだよ」

「まぁ、いいじゃねえか。たまには連れション」


 軍事演習の際も。


「溝口、お前は狙撃手だから絶対に先行するんじゃねえぞ!?」

「いや分かっているけど、もう少し前に出ないと狙えない――」

「バカ、危ねえぞ!」


「――なぁ、新庄」

 そして、下宿に帰る際も、ぴったりくっついてくる新庄に思わず半眼をぶつけた。

 新庄は辺りを挙動不審に見渡していたが、声をかけられてびくりと肩を跳ねさせた。

「な、何だ? 溝口」

 笑みを浮かべて訊ねてくる。不自然すぎるまでに。

 疑念を深めながら、僕は低い声で訊ねた。

「この頃、変だぞ? 何か悩みでも……」

「は、はは、俺は通常運転だぞ? うん」

 言葉を遮って必死に否定する新庄。

 もともと、新庄は裏表のない分かりやすい性格をしている。間違いなくこれは隠し事をしているとみていい。だけど、彼が隠し事をするとはよほどのことだが……。

「まさか、榊原さんに、食事がまずいとか話したんじゃないだろうな? だから、彼女がショックを受けてレクチャーを断ってきたのか……?」

「い、いや、大丈夫だ。それはない。安心しろ」

「――本当か?」

「俺は約束を守る」

 新庄は深々と頷いて見せた。――嘘、ではなさそうだな。

 だったら何かそうさせるのか……。

 小首を傾げて数秒考え込み――まさか、と一つの結論に思い当たった。

 いやでも新庄に限って……しかし……。

 じり、じりと新庄から距離を取りながら必死にその可能性について考慮する。


 普段とは違う態度。

 べったりとくっついてくる。

 常に辺りを見渡し、周囲の人目を気にしている。

 ちらちらと僕を気遣わしげに見てくる。


 ――あり得なくは、ないかもしれない。

「お、おい、溝口、どうしたんだ?」

「い、いや……ま、まぁ、お前の気持ちはよく分かったぞ、うん」

 だけどな、と言葉を続けながら、さらに距離を取る。

「そういう関係っていうのも、僕は否定しない。それも一つの形だがな」

「な、何を言っているんだ? 新庄」

「とぼけなくてもいいぞ」

 僕はとびきり優しい笑顔を浮かべて、深々と頷いた。


「男が男を好きになってもいいからな。あ、でも僕はそういうのは無理だから――」


「やめろおおおおおおおおおおお!」


 野郎の悲痛な声がこだました。


   ◇ ◇


 何とか誤解を解き、訝しむ溝口を下宿まで送り届けたあと。

 俺は深くため息を吐き出した。

「今のところ、異常はないがな……」

 そして、数日前の会話を思い起こす。


『溝口が、殺されるぅ?』

『ああ、兄弟校の文化祭に彼が代表として赴くのは聞いているな?』

 向かい合った二人は静かに情報を交換した。

『聞いているが……生徒会長と共に、というあれだろう?』

『ああ。直接は我々には関与しない。毎年、学年主席のうちの一人と生徒会長が随行するイベントなのだが』

 そこで言葉を切ってから一瞬の逡巡を見せて、榊原は告げた。

『その日に殺人が行われる、という予告があったのだ』

『殺人、予告……』

『ああ。開催セレモニーにゲストを祭りの供物に捧げる、と』

『……文化祭ならぬ血祭りになりそうだな』

 思わず冗談めかして言ったが、榊原は眉を顰めて笑わずに頷く。

『そうなるかもしれない。だから、キミに頼みたい。溝口葵の周囲を見張ってやってくれ』

『なんでそうなるんだ? 予告は文化祭の日だろ?』

『そう油断させておいて、というのは怪盗の常套手段だろ?』

 ル○ンか?

『それに、今から仕込まれている可能性もあり得る。ヒ素などの毒物を仕込まれたら厄介だしな。現に、あいつは最近、痩せ細っているように見える』

 お前のせいだ、と言いかけたのをぐっとこらえ、俺は一つ頷いて答えた。

『分かった。溝口は俺に任せろ』

『助かる。生徒会長と溝口、両方とも見張るのはつらくてな。双方、どうにも気配が聡いところがある』

『まぁ、そうだろうな……』

 二人とも狙撃手として優秀すぎる人間なのだ。跳弾を計算できる人間など、後にも先にもこの二人しか出てこないのではないだろうか?

 俺は複雑な心境を抱きながらも承諾したのだったが……。

 榊原の小さな呟きが耳から離れない。


『これが杞憂に終われば、最善なのだがな……』


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