信頼と絆の紡ぐ覇道―5
◇
「おはよう……」
「おう、おは……溝口、お前、生きているか?」
「すまん、ちょっと死にかけている」
「それは尋常じゃないな!」
数日後の朝。僕はげっそりとしながら教室に辿り着いていた。
どうも体が軽くなっている感じはするのだが、以前より疲れるのはどうしてだろう。
新庄は半ば戦慄した顔で、僕を席まで介助すると勢い込んで事情を訊ねてきた。
「ど、どうしたんだ、溝口」
「いや……生物兵器って実際に造られるんだな、って」
「ちょ、おま、もしかしてCIAやモサドなんかに手を出したとか……」
「それだったら多分生きていないだろ」
まぁ飲め、と新庄愛用のスポーツドリンクが差し出される。僕はそれを二口飲み下すと、わずかに気力が戻ってきた。その気力に縋るようにして新庄に語る。
「実はな、榊原緋月――あの次席に、調理実習を教えることになったんだが」
「……ゲテモノを食わされたのか」
それだけでもう話を察したのか、新庄は戦慄した表情を浮かべる。
だが、僕は淡く笑って短く首を振った。
「生物兵器をゲテモノと呼んだら、ゲテモノに失礼だぜ。あれはもはや、そういうレベルじゃない」
そして懐から携帯電話を取り出して、画像を呼び出す。自分はその画像を見ないように、細心の注意を払いながら新庄に見せる。軽く新庄は眉を寄せて告げる。
「これは――まぁ、饅頭、か?」
そこにはこげ茶色の楕円形の何かがある。見たところ、饅頭だろう。
しかし、僕は首を振って告げる。
「カレーだ」
「か、カレーェ!? い、いや、どう見ても個体だろ!?」
戸惑うのも無理はない。僕も目を疑った。
「これには彼女なりの凄絶な工夫があってな。まぁ、まず彼女に作り方を教えてやらせるんだが」
「お、おう」
「まず材料を刻むじゃないか」
「うむ、まぁ、そこは問題なくできるよな」
「微塵切りになった」
「何故!?」
本人曰く、火を通りやすくするためらしい。しかも人参のヘタまで刻むから恐ろしい。ジャガイモの芽だけは説得して取り除いてもらった。
そのことを説明すると、新庄は引きつった顔で訊ねる。
「そのノリだと、皮まで刻んで入れてそうだな」
「――つづけるぞ」
「否定しろよ!」
否定できないからです。
「そこからでもやり方次第ではどうにでもなる。そう持ち直して、一般的に市販のルーを使った、煮込みカレーを作ろうと指導したのだが、な」
「お、おう」
「何故か、水を多めで、最初から強火で、圧力鍋を使っていてな」
「ちょ、おま、指導していたんだったら止めろよ!」
「沸騰石を投入しようとするのを止めるので精いっぱいだったんだよ!」
「そ、そうか……すまん」
思わず逆切れして、新庄はすまなそうに謝る。僕はため息をつくと言葉を続けた。
「しかも、ちょっと目を離せば粘度が足りないからと片栗粉を投入し、さらには色が薄いからと醤油やソースを投入し出すものだから、ひと時も目は離せん。しかも余分に煮詰め続けるから、もはや固形というか――むしろ、こうやって饅頭型に仕上げられたのがキセキだろう」
「な、なるほどなぁ……」
新庄は納得して嫌そうな顔をするが、僕は儚げに笑って告げる。
「そして極めつけは……」
「極めつけは……まさか」
彼はこの上ないほど戦慄した顔で、おずおずと訊ねる。
「食っ……たのか、それを?」
「意識を失う味だったな。あれは」
「――ご愁傷様、だな。いや、しかし、担任教官の話では単位が取れていたはずだ。ギリギリだが」
新庄もそれなりに調べていたようで、顎に手を当てて小首を傾げる。
確かに、彼女は単位を取れている。しかし、こんなゲテモノを作っておいて、取れるはずがない。
それに対して、僕は裏付けを取っていた。
「確かめてみたんだが……思い出してみろ、新庄」
「む、何だ」
「担任教官は最後、全員が作った料理を一口ずつ食べるのだがな」
「お、おう、せやな」
何で関西弁が出るんだ。
「こう、見た目からして違うし……あと、去年の秋ごろ、三人ぐらい教員消えて、何故か調理資格を持っている教員の臨時招集がかかっただろ」
「お、おい、まさか……」
はい、先生が怯えて認定した形になります。ハイ。
「だから生物兵器なんだ……思い出しただけで、吐き気が……」
「そ、そうか……おい、とりあえず元気を出せ。飯奢るぞ」
「ああ……うん、お前の優しさが身に染みるよ……明後日に向けて英気を養わないと……」
予定表を確認しながらつぶやくと、新庄はわずかに目を見開いて言う。
「――まだ、指導してやるつもりなのか?」
「当たり前だろ。投げ出すほど甲斐性なしじゃない。――よし」
わずかに体力が戻ってきたのを感じて、僕は背筋を伸ばしてから鞄から教材を取り出す。
半ば呆れている新庄は肩を竦めながら言う。
「死んでも知らんぞ」
「死なないよ」
僕は笑って応える。
「彼女のことを信じているから、さ」




