信頼と絆の紡ぐ覇道―4
「呼び出しに応じてくれて嬉しいよ。学年主席」
「お待たせしたかな? それと、僕の名前は溝口葵だけど」
屋上で待っていたのは、美麗な少女であった。端正な顔つきで、綺麗な黒髪を携えている。だが、その眼力はなかなかのものだ。吊り目で僕を見つめながら、冷やかに笑う。
「知っているとも。溝口葵。あの溝口の血を引き、後見人には山本少将閣下――さすが、名族様、といった具合か?」
「そういうキミは、確か、榊原緋月さん。学年次席――前回の定期考査では冷や冷やさせてもらった」
「お褒めにいただき恐縮」
「それで、何の用かな? 榊原さん」
柵に寄りかかって僕に流し目を向け続ける彼女に、僕は腰に手を当てて首を傾げる。
彼女はとても優秀な人間だ。言語、物理、数理、銃火などなど――さまざまな教科では、彼女が一位を占め、辛くもいつも負けている。実質、彼女が兵科では一位だ。
その彼女が、僕に何の用だろう? 榊原、という名前にもどこか引っ掛かるが……。
「……ん。キミに頼みがあってね。良いかな?」
「内容にもよるけど」
僕が慎重に応えると、榊原緋月はじっと僕を見つめて、わずかに表情を歪めた。
そして、吐き出すように、告げる。
「キミに、料理を教えてもらいたい」
「――ん。ああ。そうか」
合点がいった。
彼女が次席に収まっている理由、それは芸術科目の壊滅的な点数だ。兵科においては、僕をわずかに上回っているが、芸術系においては僕をはるかに下回っている。特に、料理を作らせると死人が出るという噂まであるぐらいだ。
まぁ、さすがにないと思うが……。
「ん、良いよ。別に」
「ほ、本当か! べ、別に何か貢いでやる訳でもないぞ?」
「代償なんていらないよ。あ、でも強いて言うなら、今度、勉強を教えてほしいけどな」
「なるほど、ギブアンドテイクか」
彼女は余程警戒していたのか、安堵したように二つ頷く。鬼畜じゃないし、別に代償を求めるつもりはないんだけどな……。
僕は苦笑しながら肩を竦め、彼女といつ教えるか約束を結んでからその場を後にした。
『ほう、榊原の小娘が接触してきたか。まぁ、そうだろうな。優秀な葵に教えを乞うのは至極当然だ』
その夜、連絡してきた山本少将の通話の折、世間話でこの話を切り出すと、彼はどこか低い声を自慢げに震わせていた。その反応に、僕は小首を傾げる。
「少将、知っているのですか?」
『知っているも何も……その榊原緋月の父親は、私の同期で、帝聖時代は外務省で共に働いていた。安保法案関連で共に、渡米したこともあるな……。今は、意見が異なって部署を別としているが』
「つまりは、ライバル?」
『そういうことだな。あのものには負けたくないが……ううむ』
「少将?」
山本少将はしばらくひどく唸っていたが、僕が声をかけると我に返って告げる。
『まぁ、葵の判断に任せよう。だが、あの小娘に負けることはないように、な』
「はは、それはどうでしょう……とりあえず、奨学金は維持しますケド」
『念のため、資料を送っておこう。何かの助けになるかもしれない』
「あのですねぇ、内偵とかではないんですよ?」
『念のためだ』
僕が思わず呆れ果てたが、少将と通話を終えた後、電子メールで実際にそのデータが送られてきた。
少将は第六資料室という情報に秀でた人間を統率しているらしく、さままざまな情報を持っているのは聞いていたが……。これは些か職権乱用では?
ま、でも、何かあったときに調査してもらえるのは嬉しいけど。
僕は複雑な気持ちで、その電子メールに目を通した。
『榊原緋月。父親は榊原紅蓮少佐。西国侵攻を担当する第三陸軍師団を統率。母親は美鈴。すでに死亡。
幼い頃から軍事英才教育を課せられ、やや父親に反抗している。帥の才能があるが、プライドが高く他人の気持ちを軽んじる傾向がある。美貌とカリスマに秀で、羨望のまなざしが絶えない。だが、交際経験はなし』
母親がすでに死んでいる、か。
どこか親近感を覚えながら、僕は部屋のベッドに腰を落ち着けて吐息をつく。
多分、抑圧された生活を送っていたのだろう。さらに、軍人としての教育ばかりで、芸術系の科目をおろそかにした、か……。
――やるか。
僕はため息をついて決断する。
友人として、そして、同胞として、力になるために。
――しかし、そのことを後悔するのは、その調理実習の日であった。




