表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
四季を越えた道筋
135/138

信頼と絆の紡ぐ覇道―4

「呼び出しに応じてくれて嬉しいよ。学年主席」

「お待たせしたかな? それと、僕の名前は溝口葵だけど」


 屋上で待っていたのは、美麗な少女であった。端正な顔つきで、綺麗な黒髪を携えている。だが、その眼力はなかなかのものだ。吊り目で僕を見つめながら、冷やかに笑う。

「知っているとも。溝口葵。あの溝口の血を引き、後見人には山本少将閣下――さすが、名族様、といった具合か?」

「そういうキミは、確か、榊原緋月さん。学年次席――前回の定期考査では冷や冷やさせてもらった」

「お褒めにいただき恐縮」

「それで、何の用かな? 榊原さん」

 柵に寄りかかって僕に流し目を向け続ける彼女に、僕は腰に手を当てて首を傾げる。

 彼女はとても優秀な人間だ。言語、物理、数理、銃火などなど――さまざまな教科では、彼女が一位を占め、辛くもいつも負けている。実質、彼女が兵科では一位だ。

 その彼女が、僕に何の用だろう? 榊原、という名前にもどこか引っ掛かるが……。

「……ん。キミに頼みがあってね。良いかな?」

「内容にもよるけど」

 僕が慎重に応えると、榊原緋月はじっと僕を見つめて、わずかに表情を歪めた。

 そして、吐き出すように、告げる。

「キミに、料理を教えてもらいたい」

「――ん。ああ。そうか」

 合点がいった。

 彼女が次席に収まっている理由、それは芸術科目の壊滅的な点数だ。兵科においては、僕をわずかに上回っているが、芸術系においては僕をはるかに下回っている。特に、料理を作らせると死人が出るという噂まであるぐらいだ。

 まぁ、さすがにないと思うが……。

「ん、良いよ。別に」

「ほ、本当か! べ、別に何か貢いでやる訳でもないぞ?」

「代償なんていらないよ。あ、でも強いて言うなら、今度、勉強を教えてほしいけどな」

「なるほど、ギブアンドテイクか」

 彼女は余程警戒していたのか、安堵したように二つ頷く。鬼畜じゃないし、別に代償を求めるつもりはないんだけどな……。

 僕は苦笑しながら肩を竦め、彼女といつ教えるか約束を結んでからその場を後にした。


『ほう、榊原の小娘が接触してきたか。まぁ、そうだろうな。優秀な葵に教えを乞うのは至極当然だ』

 その夜、連絡してきた山本少将の通話の折、世間話でこの話を切り出すと、彼はどこか低い声を自慢げに震わせていた。その反応に、僕は小首を傾げる。

「少将、知っているのですか?」

『知っているも何も……その榊原緋月の父親は、私の同期で、帝聖時代は外務省で共に働いていた。安保法案関連で共に、渡米したこともあるな……。今は、意見が異なって部署を別としているが』

「つまりは、ライバル?」

『そういうことだな。あのものには負けたくないが……ううむ』

「少将?」

 山本少将はしばらくひどく唸っていたが、僕が声をかけると我に返って告げる。

『まぁ、葵の判断に任せよう。だが、あの小娘に負けることはないように、な』

「はは、それはどうでしょう……とりあえず、奨学金は維持しますケド」

『念のため、資料を送っておこう。何かの助けになるかもしれない』

「あのですねぇ、内偵とかではないんですよ?」

『念のためだ』

 僕が思わず呆れ果てたが、少将と通話を終えた後、電子メールで実際にそのデータが送られてきた。

 少将は第六資料室という情報に秀でた人間を統率しているらしく、さままざまな情報を持っているのは聞いていたが……。これは些か職権乱用では?

 ま、でも、何かあったときに調査してもらえるのは嬉しいけど。

 僕は複雑な気持ちで、その電子メールに目を通した。


『榊原緋月。父親は榊原紅蓮少佐。西国侵攻を担当する第三陸軍師団を統率。母親は美鈴。すでに死亡。

 幼い頃から軍事英才教育を課せられ、やや父親に反抗している。帥の才能があるが、プライドが高く他人の気持ちを軽んじる傾向がある。美貌とカリスマに秀で、羨望のまなざしが絶えない。だが、交際経験はなし』


 母親がすでに死んでいる、か。

 どこか親近感を覚えながら、僕は部屋のベッドに腰を落ち着けて吐息をつく。

 多分、抑圧された生活を送っていたのだろう。さらに、軍人としての教育ばかりで、芸術系の科目をおろそかにした、か……。

 ――やるか。

 僕はため息をついて決断する。

 友人として、そして、同胞として、力になるために。


 ――しかし、そのことを後悔するのは、その調理実習の日であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ