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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
四季を越えた道筋
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信頼と絆が紡ぐ覇道―3

『よくやった。葵の自由判断に任せるという前提でこちらも想定したが――』

『うむ。さすが緋月だ。よくそれを補佐し、賠償金まで――』

『さすが葵だ』

『さすが緋月だ』

「あ、あはは……恐縮、です。お二方」

「――……」

 ハンズフリーの通信機を前にして、僕は苦笑を浮かべる。傍らの緋月はむすっとして黙り込んでいる。まだ父親との不和は解消されていないらしい。

 対話の相手……山本中将と、榊原中佐の美辞麗句はまだまだ続く。どうやら、お互い張り合っているらしい。

『葵の状況判断能力と人の使い方はやはり目を見張るものがある。これは狙撃手以外の部署も検討できるな。何より、人徳がある』

『いやいや、緋月の状況判断能力と人徳には適わんだろうな。恐らくこの父を越えるのもそう遅くはないだろうな。そして、この中将さえ』

『ほう? つまり、私の葵でさえ上回ると? それはどうかな?』

『ほほう? よく言うな。緋月のこの判断を見てさえ……』


 ――完全に意地の張り合いになっているし。

 お互いの部下の功を誇り合ってどうするのよ、全く。

 僕が半眼になっていると、長らく黙り込んでいた緋月が力強く咳払いをした。

 そして言葉が止まった一瞬を狙って、淡々とした声を発する。

「それで、上官殿。これから我々はどのような指示を受ければよろしいのでしょうか。引き続き、この要害を守れば良い、と?」

『あ、ああ、その件だが最高軍議にかけて検討した結果、西国が報復に動かないとも限らない。一時的に軍備を増強する。それに関して、佐官クラスの人間がそちらに赴く』

『何事もなければ、二人は引き継ぎを済ませて第三十八独立部隊は本国に帰投することとなる。完全な任務完了だ。恩賞も山ほどいただけるだろう』

『葵はすでに大尉――二階級特進以上は見込めよう』

『この戦果は緋月のものによることも大きい。もしや、溝口葵を追いぬかせるやもな。そうなれば、父も鼻が高い』

『――まぁ、こちらも上奏文も上げることだし? もはや将官クラスになってもおかしくはないな?』

『ふん、すでにこちらは上奏文を上げている。榊原緋月は最高軍議に参加するに値する、とな』

 また見栄の張り合いが始まった……。

 緋月をこっそり見やると、彼女の表情にはいら立ちが蓄積しているのが分かっている。やばいやばい。

 僕は先手を打って、上官二人に声をかけた。

「それでは、新しく赴任する上官のデータをお願いします。それでは、我々は任務に戻りますので」

『う、うむ、そうだな。まだ油断はならん。一号令は絶やさぬ方が良いだろう』

『二人とも検討を祈っている』

「それでは」

 そそくさと交信を切り、緋月を振り返ると、彼女は深くため息をつきながら苦笑を浮かべた。

「余計な気を遣わせたようだな。葵」

「いや――これぐらいなんでもないよ」

 僕は苦笑しながら、緋月は否定するように短く首を振って笑う。

「目配せ一つや顔色だけで相手の考えを読める相手っていうのは、そうそういないものだからな」

「緋月も読んでくれるじゃん」

「お前の気持ちが分かりやすすぎるからだ」

 マジか。

 僕は思わず小首を捻っていると、緋月がおかしそうに吹き出して言った。

「冗談だ。ただ、付き合いが長いからな」

「ま、軍事学校時代から一緒だし、な」

 僕と緋月は並んで部屋を出ながら、思い出を語り合う。

「その学園でも、苦楽を共にしたものだ」

「――最初の調理実習では、かなり煮え湯を飲まされたけどな。主に僕が」

「は、はは……それは悪かったと思っているが。でも、あれがきっかけで、私たちはタッグを組むようになったんじゃないか」

「それまでは喧嘩をよく吹っかけられたけどな」

「ま、まぁ……その後、数々の学園を騒がせた騒動を共に収めたじゃないか」

「生徒会蜂起事件、学園爆破未遂事件、文化祭殺人予告事件――他にもいろいろあったが、あまり表だって語られないな」

「ふふ……久しぶりに真冬や新庄、葉桜を交えて、昔話でもしないか?」

「面白いかもしれないな」

 僕と緋月は笑い合うと、数時間後にみんなで落ち合う約束をしてから頷き合った。

「それじゃあ、僕は最初の見張りに立っているよ。一応、一号令状態だ」

「ああ。私は各部署に指示を伝えてくる。また後でな」

 笑って拳をぶつけ合う。それは昔話をしたせいか、どこか既視感のあった。

 さて。

 僕は気を取り直して、廊下を歩き、途中、部屋から愛用のライフルを回収して見張り台へと登る。そこは、紅葉を鹵獲したときに見張っていた、そこだ。

 その屋上への扉を見つめ、目を細める。


 ――そういえば……緋月との出会いも、この扉を開いたときから、始まったんだっけ。


 そう思いながら重たい扉に手を掛け、軋ませながら戸を開く。


 刹那、ふわりと僕の頬を風が撫でて、懐かしい声が耳に蘇った。


『やぁ、学年次席様?』

『皮肉かい? 学年首席クン』


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