散るも可憐な紅吹雪―7
『回線に侵入するのにも苦労したんだ。そう責めないでくれ。葵』
久々に聞いた親友の声は、どこか気疲れしているような声であった。その声に思わず黙り込み、頭を静かに回転させて、確認した。
「入って、来たんだな?」
『ということは暗殺命令は――』
「聞いている。だからこそ、緋月はそれを利用して侵入した。今、どこだ?」
『頭の回転は鈍っていないな。なら良い。とりあえず、問題が発生している』
「何だ?」
『真冬が勝手に行動を始めた』
「――何?」
僕に裏切られたと考えた真冬が勝手に行動を始めた――ということだろう。
だとするなら、僕への報復を第一に考える、はず。紅葉に視線をやって訊ねた。
「ここへの外部からの侵入は? ダクトや通気口、全て含めて」
「出入り口は全部封鎖。ダクトは閉鎖されて通気口に至っては、辛うじて稼働しているけど、中で換気扇が回っている。通過できない」
もし換気が止まったらわかる、と紅葉は静かに答え、この部屋への侵入が不可能だと証明した。
だとするなら――真冬は、何をやらかすつもりだ?
思考を巡らせる僕に、ちっ、と紅葉が珍しく舌打ちを漏らして告げる。
「多分、真冬の目的は――参謀室。平田大佐」
『そういうことか――葵、その部屋を出るなよ』
緋月の言葉に一拍遅れて真冬の意図が分かった。
僕の目的は仇討ちにしろ、事情を問うにしても、平田伸行に関与するつもりだ。つまり――。
「もうすでに、真冬は平田を押さえた、か――!」
◇ ◇
その刹那の出来事に、空也は目を見張っていた。そして、肩を竦めると、やれやれと首を振った。
「あれか、御嬢さんがもしかして、真冬って子か?」
「――なるほど? もしかして噂に聞く、紅葉の義兄さんみたいね」
目の前にいたのは、平田を人質に取る可憐な少女の姿であった。
不敵な表情でベレッタを大佐の背中に突きつけながら、同時に大佐の身体を盾にしている。
本来なら遅れを取るはずがなかった。
だが、突如、響き渡った廊下の爆音に全員がそちらに神経を注いでしまった。その刹那、参謀室の端にある通気口から、彼女が飛び出してきたのだ。
降り立つ一瞬ですでに護衛の二人を撃ち殺し、咄嗟に反応した空也は銃弾を避けていたが、その隙に大佐を人質にしていたのだ。
ちらり、と片目で彼女が出てきたダクトを見て、片眉を吊り上げた。
「あのダクトは潜入できない構造のはずだ。ガキンチョならともかく、お前さん、どうやって入ってきた」
「全身の関節を抜いて入っただけよ」
ごきゅ、ごきゅ、となにかをはめ込むような不気味な音を立てつつ、真冬は平気な顔で告げる。
(今――関節をはめ込んだ?)
空也はそのことに気づいてぞっとする。
彼女は恐らく主要部以外の関節を抜いて、ダクトを通過し、そのままこの部屋に侵入したのだ。着地の瞬間に足の関節ははめ込んだだろう。しかし、手や腕の関節ははめ込めているはずがない。
つまり、関節が抜けている状態で正確な射撃をしたのだ。
(葵の周りの子は化け物揃いだな……はぁ)
空也は呆れながらも辺りに視線をやり、それからゆっくりと出口に移動する真冬の視線を向け直す。
「逃げられるとでも思っているのかよ」
「逃げる気なんてさらさら。貴方が葵を呼んでくれれば手っ取り早いんだけど」
(狙いはやっぱり葵か)
「葵を、殺すつもりか?」
「あははっ、まさか! ただ、彼の手伝いをしてあげるだけよ」
彼女は甲高い笑い声をあげると、どこか恍惚とした瞳で大佐の頭を叩きながら告げる。
「彼はこの男を殺すのを目標にしていた。だから、殺す手伝いをするだけ。そして、葵と私で逃げる」
だが、彼は拒否するだろう。もう葵は復讐に憑りつかれている男ではない。
空也が薄く笑いを浮かべて、上手くいくかな、と挑発を加える。しかし、彼女は首を振って笑い返す。
「上手くいかなくても――そのときは、彼を殺すまでよ」
「な――ッ!?」
予想外に隙を作ってしまったのは空也の方であった。刹那、真冬のベレッタから火を噴いた。
咄嗟にそれを避ける、その空隙に、真冬は大佐を連れて部屋の外へと飛び出していた。
歯噛みしながら空也はショットガンを構えて葵を呪った。
(あのバカ……女を口説くなら紅葉だけにしておけよ!)
真冬は確実に病んでしまっている。信頼を裏切られたと感じ、だからこそ盲信的に彼を信じている。
だからこそ、彼の数か月前の野望――復讐を強引に成し遂げさせようとしているのだ。それ以外の葵の存在意義を認めるつもりはない!
「全警備員に告げる! 大佐が拉致された!」
空也は通信機に吼えながら彼女を追随する。そして脳内にマップを広げた。
(この先にあるのは――)
その先を割り出し、なるほど、と納得した。
驚異の狙撃兵の片腕を担った、近距離戦士のだけはある。彼の武器を最大限に無効化できる場所を選んでいる。空也は息を吸い込むと、その場所を告げた。
「場所は――大会議室だ!」




