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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
秋の道筋
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散るも可憐な紅吹雪―6

『屋上ヘリ討滅完了致しました……!』

「秋風、ご苦労だった。あとは各部隊の各個撃破に移るべきだな――」

 参謀室。全ての情報が統括されるそこでは、深々と安堵の息をついて背もたれに背を預ける一人の男があった。大きな火傷の跡が顔にあるその男こそ、この西国軍を握る猛将。

 平田伸行大佐だ。

 傷跡深い顔を顰めながら、周りを見渡す。

「護衛班も相当に参加せよ。もはやここを守っているより殲滅に動いた方が良かろう」

「――はっ」

 少し躊躇した護衛たちであったが、顔を見合わせるとすぐに指示に頷いて動き出した。

 役割分担を終え、三人の護衛を残して立ち去る護衛たち。それを確認してから平田は後ろに立つ男へ静かに告げる。

「秋風空也。お前も掃討に参加せよ」

「それは強制ですか?」

 黙ってずっとその傍に立っている青年は、おどけた調子で肩を竦める。

「私は雅典さまの命令を受けて、特別任務中なんでして」

「――ふん、雅典の遺命に従って、か?」

「はは、まだ死んだと分かった訳では」

 空也は軽く笑ってみせるが、二人の心中は同じであった。

 平田雅典は葵と引き換えに、人質として東国へと渡った。しかし、東国が積極的な攻撃を望む以上、人質として意味はない。殺しているはずだろう。

 平田伸行はただ鼻を鳴らして彼の立ち位置を黙認した。

 それに満足して空也はショットガンで肩を叩き、軽く辺りに目を見張らせ――ふと、小首を傾げた。

(あれ、今、何か軋む音がしたような――)

 しかし、この建物はたとえ、ジェット機が突っ込もうがその衝撃を受け止められる、最強の構造である。

 それ以前にもうセキュリティは復活している。ジェット機が近づけば撃墜されるし、倒壊の危険性があれば警鐘が鳴る。

(気のせい、か……?)

 空也は小首を傾げながらも、平田の後ろに立ち続けていた。


 ――ギリ……ッ。


   ◇ ◇


「――うん……うん、分かった。じゃあ、殲滅が終わるまでは待機している。頑張って」

 部屋の通信機で状況を確認する紅葉。その間に、僕はゆっくりと紅茶を煎れながら、眉を顰めた。

「何だかみんなが殲滅作戦をやっているのに、その間にのんびりしているのは申し訳ないな」

「客人だから大丈夫」

 紅葉はしれっと言葉を返しながら受話器を置き、僕の方へと近寄ってきた。

 おいで、と軽く腕を広げると、彼女はわずかに顔を綻ばせて僕の膝の上に飛び乗った。そして、遠慮がちに僕の瞳を覗き込む。

 苦笑しながら、僕は顔を寄せてついばむように唇を重ね合わせる。

 そっと触れ合うだけの遠慮がちなキス。やがて、彼女がおずおずと舌を伸ばし、僕はそれを舌で絡めて答える。

 戦争の中の、甘美な果実。

 舌を絡め合い、唾液を交換し合うと、紅葉は頬を赤くしながらそっと胸板に手を当てて微笑んだ。

「大好き……葵」

「ああ、好きだよ。紅葉」

 微笑みを交し合い、紅葉はまた軽くキスしてから囁く。

「こんなに、甘い気持ちになっていい、なんて思わなかった。私は、工作員だったから」

「今も工作員、じゃないのか?」

「もう辞める」

 きっぱりと紅葉は告げると、僕を真っ直ぐに見つめて言った。

「これからは葵のために――葵と添い遂げるために、この身を使う」

「ん、そか。ちなみに、これまで僕を籠絡しろ、って命令を受けていたりしていたのか?」

「――ん」

 少し躊躇したが、僕を見つめたまますぐに頷いてくれた。

「帰国してからは正式にその命令を受けていた。けど、葵と一緒にいるには好都合だと思っていた」

「全く、強かだな」

 その頭をぎゅっと抱き寄せて唇を触れ合わせる。顔を離すと、わずかに紅葉は小首を傾げた。

「怒らない、の?」

「むしろ、僕が怒ると思うか?」

「思わない」

「ならそれでいい」

 僕は軽く笑いながらその身体を抱きしめると、紅葉はそっと僕の身体に腕を回してくれた。

 そして、そのまま見つめ合い、再び唇を――。


 ピピピピ――!


「――撃って良い?」

 珍しく完璧な無表情で紅葉はベレッタを持ち上げる。もろ手を挙げて賛成の気分ではあったが、理性で封じて僕は首を振った。

「出てきなさい」

「――ん」

 電子音を放つ受話器を見つめ、紅葉は億劫そうにため息をつくとそちらの方へ歩いていく。

 そして受話器を取って応対するが、刹那、彼女の顔はわずかに強張った。

「……どうやって……?」

「紅葉?」

 不穏な気配に、僕はソファーから腰を上げると、紅葉は僕を見つめてやや躊躇するように視線を下げた。

 しかし、すぐに視線を上げると毅然とした口調で告げる。

「葵。葵宛にお電話」

「ん? 分かった」

 僕はすぐに頷くと、紅葉の傍に近づいて受話器を受け取る。そしてそれを耳に当てて声をかける。

「もしもし」

『葵か!? 良かった、やっと……』

 思わず耳を疑う。

 ここは西国だぞ? それなのに何でこの声が。幻聴か?

 自分の頭を疑いながらも、恐る恐るその声の主だと思われる人物に問いかけた。


「何でこの回線に……? 緋月ッ!?」

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