散るも可憐な紅吹雪―5
『――目標、沈黙を確認』
「だろうな。生身の人間が、機関銃の弾丸を食らって生きているはずもない」
軍用ヘリ、スケッギォルド。
ローター音を最小限に収めたその漆黒の機体は、政務ビル屋上をホバリングしていた。
操縦席の傍らで指揮をしていた一人の男は、目の前に機関銃の掃射を食らって倒れ伏している巨漢を見据えて一つ安堵の息をつく。
彼らの任務は、セキュリティ解除されたビルへ速やかに接近し、襲撃しながら三十名の暗殺者をビル内に送り込むことであった。送り出した後は、ビルの外周を機関銃で掃射し、援護を努める手筈だ。
だからこそ、そこから離れようとした瞬間に、敵が目の前に現れるとは思ってもいなかった。
(――機関銃の弾は失ったが、撃墜されずに済んだ。良しとしよう)
動揺を鎮め、男は顎に手を当てる。
何者かは知らないが、このヘリに搭載しているのは対物用の破壊力抜群な機関銃だ。防弾チョッキを着ていようが、それすらも粉砕して致命傷を与えられる。無謀なことをしたものだ。
(とにもかくにも、これから援護に回らねばならない)
男は頭を軽く振って切り替え、視線を横の方向へ向けながらインカムに手をやって告げる。
「ヘリ部隊、これより援護に――」
『た、隊長』
「うむ?」
ふと、怯えたような震え声に隣にいる操縦士に視線を向ける。彼は唇をわなわなと震えさせながら視線で前方を指して告げる。
『し、死体が……動いて、います!』
「バカを言うな。どうせ風ではためいている、だ、け……」
隊長の言葉は知り窄みに消えていく。
そう、その手足が風で軽く動いただけ、だと認識できるならまだよいだろう。
だが、それは――ごまかしようがない。
目の前で倒れ伏している死体が――地面に腕を突き、おもむろに顔を起こしたのだ。
血まみれの顔が凄惨に歪む。
その笑みに、思わず隊長の背筋が凍るのを感じた。
咄嗟に叫ぶ。
「撃てッ! 奴を殺せッ!」
『は、はっ!』
刹那、再び機関銃が火を噴き、その巨漢の身体に銃弾が叩き込まれる――。
その場所に、巨漢の姿はいなかった。
「な……ッ!?」
瞠目すると同時に、直感めいたもので視線を下に向けて――叫ぶ。
「下だッ!」
『な、ぁッ!?』
そのヘリの下には身に似つかわしくない俊敏な動きで潜り込んだ、透水の姿があった。
彼の身体には確かに無数の銃弾が撃ち込まれた。
だが、彼は物ともせずにヘリの機体にナイフを突き刺し、ぐっと這い上がる。
そして、一気に操縦士の窓ガラスに張り付くと、恐怖に歪んだ操縦士と、副操縦士の顔があった。
微かに副操縦士の喚く声が聞こえる。
「何故だ!? あれだけの掃射で、何故、立っていられる!?」
「かは……っ、立っていられるはず、ねえだろッ!」
透水は唇を歪めながら溢れ出す鮮血をガラスに吐きつけた。
透水の身体には特殊な防弾チョッキが仕込まれていた。ありとあらゆる銃弾を貫通させない特注品だ。
だが、衝撃ばかりは殺せない。咄嗟の受け身でも、肋骨という肋骨を粉々に折られ、右足と左腕の骨を奪っていった。
普通では立てない重症だ。命すら危ない。
だが。彼はその痛みをむしろ甘受するように獰猛な笑みを見せて吼えた。
「大切な子どもたちの命を、守るためなら――立ち上がれるんだよッ」
目の前の巨漢が抜いた拳銃を見て、隊長の顔が凍りつく。
「うそ、だろ……」
白銀のリボルバー。その巨大な拳銃は巨漢の手を以てしても余る。
常人でも扱いきれず、象をも撃ち殺すと呼ばれた巨大なゲテモノ銃、デザートイーグル――。
それを凌ぐと評された、過去最強のリボルバー。
その名は。
「S&WM500、だ、と――!?」
「あ、ば、よッ!」
刹那、六発の銃弾がそのヘリに撃ち込まれた。




