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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
秋の道筋
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散るも可憐な紅吹雪―2

「あ――くそ、あの執拗な追いかけ方、新庄と鈴谷だな? どっちが強襲に来たかは分からねえけど、まさかあのプランをやるとは思わなかった……いたっ」

「――大丈夫?」

「あ、ああ……ちょこっと染みただけだ」

 僕が笑みを作ると、紅葉は心配そうにわずかに潜めていた眉を緩めて、微笑んだ。

 頬と手の甲の擦過傷に、紅葉は引き続き脱脂綿を押し当てる。その痛みに耐えながら、前でゆったりと安全運転をする男に文句をぶつけた。

「さすがに無茶苦茶だったぞ。今回のプラン」

「仕方ねえだろ。尾行を撒くにはこれが手っ取り早いしなぁ」

 運転手――空也は苦笑いを見せる。そして、ハンドルを切りながら一言加える。

「それに、葵なら何とかできると思ったしな」

「ま、できたけど」

 肩を竦めて紅葉を見ると、彼女は淡く微笑んで優しく脱脂綿で頬を拭った。


 尾行に真っ先に気づいたのは、紅葉であった。

 護衛たちは近くで立てこもり事件があったため、予想よりも多くの護衛をつけていた。

 それが敵を感づかせると、空也は不服を唱えており、実際その通りになった。

 一番、厄介なヘリが上空から接近しており、最終プランの乱暴な乗り換えを行ったのだ。


 時速六十キロの車内から飛び降り、対向車線に待機させておいた車両に乗り換える、という。


「けど、上手く受け身ができなくて地面で思いっきり擦ったじゃねえか。どーしてくれんのよ」

「はは、保険が利くから安心しろ。三割負担で済む」

「その三割は義兄様が払ってくれるんでしょうね?」

「やだよ。それは上手く受け身の取れなかった自己責任だ」

「――紅葉?」

 じゃき。

「スミマセンデシタ、払イマス」

「分かればいい」

 紅葉は素っ気なく言うと、ベレッタの安全装置を付け直してホルスターにしまった。

 義兄はミラー越しに僕を睨みつけて、そして諦めたようにため息をついた。

「全く、すっかり紅葉の彼氏だな。おい」

「いや、それほどでも」

「くそ、リア充爆ぜろ」

「だからそれ死語」

「じゃあ何て言えばいいんだよ。あーやだやだ」

 空也は頭を掻きながら全力でもう一度ため息をつく。んで、と視線を道路に向けながら唸った。

「ここからは、安全だ。特定空域に入っていて、ヘリは入って来られない。車に関しては今回、特別に検問を設けさせてもらった。ほれ」

 視線の先にはすでに検問が敷かれて車が足止めされている。その最後列に並びながら、顎をハンドルに乗っけて息をつく。今度は安堵、のようだ。

 紅葉はふと気づいたように視線を辺りに見渡しながら告げる。

「護衛もいつの間にか、くっついたみたい」

「げ、マジかよ」

 空也が目を見開いて視線だけを左右に動かす。僕も思わず視線を外に向けた。ふと、外の歩道で犬の散歩をしている老人と目が合う。老人は茶目っ気たっぷりにウィンクして見せた。

 ――まさか。

「工作員、か?」

「ん。エージェント仲間。というか、先輩」

 空也の確認に、紅葉がすぐに頷く。僕は行き交う人々を眺めながら、ふと考える。

 今はわざと合図をしてくれたが……今や誰が工作員かは分からない。もはや全員が工作員に見えてくるのだ。

「東国に潜入していたらと思うと――ぞっとするな」

「――ん? 潜入していたよ?」

 紅葉がきょとんとした顔で告げる。は、と思わず間抜けな言葉が漏れた。

「それは――あれか? 孤高の要害にも?」

「一時期は。けど、すぐに排除された。そっちにも優秀なエージェントがいるんだと思っていた――けど、知らない?」

「いや、全く」

 一応、孤高の要害の統率をしていたのは、名分は、僕だ。事実上は緋月に一任されており、完璧に情報が共有されていたはずなのだが……。知らないうちに、排除されていた?

 僕と紅葉が思わず顔を見合わせる中、車がゆっくりと進み、空也は窓を開けて顔を出しながら告げる。

「やぁ。調子はどうだい?」

「ああ、秋風か。特殊作戦中じゃなかったのか?」

「そうさね。VIPの送迎だ。ほれ」

 顔見知りのようだ。外の青年と軽口をたたきながら、証紙を見せる。それに目を通すと、青年はやや顔を固くしながら頷いて見せた。

「なるほどな。了解した」

「通っていいか?」

「一応、上官にも報告する。――キミ、いいか?」

 青年は一人の兵士を呼び止め、指示を下したのちに、空也と向かい合った。

「しかし、お前が特殊任務とはな。空挺部隊の方がやりがいがあったんじゃないか?」

「いいや。これもなかなかの仕事だ。いろんな意味で、な」

 どういう意味だ。

「んで、中の状況はどうなんだ? 一応、普通のオフィス街だろ?」

「ああ、しっかりと管理されたオフィス街だから安心して良い。なんせ、第一首都……経済の拠点でもあるからな。戸籍も確認し、税務調査という名目で全てのオフィスを確認した」

「ま、戸籍なんてどーにでもなるがな……」

「――耳の痛い話だな。っと……」

 青年は言葉を切ると、視線を脇に向けた。そこには初老の男性が駆けてきていた。

 言葉を交わし合い、すぐに頷くと、その男性は空也に短く告げた。

「問題はない。通行せよ」

「あいあい。お勤めご苦労さん。またな」

「ああ、頑張ってこい」

 短く別れの言葉を交わすと、空也は車を発進させて検問を通過する。視線を過ぎ行く検問に向けながら、短く訊ねる。

「空挺部隊、だったみたいだな」

「最初に突っ込むのはそこか? まぁ、ヘリに関しては一芸に秀でていて、な」

「――認めたくないけど、一芸どころじゃない」

 紅葉は唇をとがらせて拗ねたように言う。はは、と僕は苦笑しながら、さて、と内心で首を傾げた。

 彼女自身もヘリはかなり操縦できたはずだ。聞いた話ではあるが、一時期、衛生兵に混じって救急活動をしていたようだが、そこで結構なマニューバを行ったそうだ。

 その彼女にそこまで言わせるとは、ミルクとどれくらい戦えるだろうか?

 不意に、つん、と頬を突かれ、視線をそちらに向けた。

 見れば、紅葉が少し拗ねたような表情で僕の目をじっと見つめていた。

「遠い目、していた」

「――悪い。ちと考え事を」

「女の子の?」

 図星だ。思わず言葉に詰まると、彼女は僕の手を取って指を絡めながら、遠慮がちに言った。

「我儘かも、だけど……考えないで、欲しい」

「紅葉……すまん。ただ、空也とミルク、どっちが強いかと思ってな」

 控えめな我儘に、僕は詫びを入れながら話題を振った。

 紅葉は、んん、と眉を寄せて考え込む。――それほどか……。

「――ったく、いちゃついてねえで。ほら、前向け。見えてきたぞ」

 不機嫌そうな空也の声に、すぐに視線を前に向け、思わず唸り声をあげた。


 そこに並んでいるのは高層ビル。だが、それは一際高い。

 周りの塔のようなビルに守られたように建つ、そのビル……恐らくそれが。


「ようこそ、第一首都〈神戸〉――そして、神戸政務ビルへ」

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