宿舎の喧噪―5
「溝口、どうだ?」
「……ずっと見ているが、来ないしいないな」
同僚の新庄の言葉に、僕は視線を外さず端的に答えた。
そして、ゆっくりと肩をほぐす。
ここはいつもの見張り台。真冬が回復するのを待つ間、僕も仕事をすることにしていたが……。
「諦めたか、様子見か」
「……とりあえず、榊原にもう平常警戒で良いのではないかと進言してみよう。お前もそう思うだろ?」
「僕は緋月の意見に従う」
「……お前の意見を聞いているんだ」
「僕からしたらいつでも防備していても構わない。みんなが傷つくのは嫌だから」
「お前らしい」
新庄の苦笑いを浮かべる気配が伝わってきた。
そしてコトリと視界の端にスポーツドリンクが置かれる。
「進言してくる。まぁ、気長に外を見ていてくれ」
「了解だ」
そうして数時間経った頃だろうか、ふらりと誰かが見張り台に来た。
視線を向けると、それはいつも新庄の傍にいる軍曹であった。僕は眉を顰めながら訊ねる。
「ええと……名前は、なんと言ったかな?」
「鈴谷大河軍曹であります!」
「そう、鈴谷軍曹、用件は?」
「榊原緋月准尉がお呼びです!」
「……心得た」
新庄の意見を受けて平常にする気になったのだろうか。
僕は固まった身体をほぐしながら慎重に立ち上がり、ぐっと背伸びをした。
そして、軍曹にその場を任せて見張り台から引き上げた。
緋月は参謀室にいた。
僕が参謀室に入室すると、彼女は顔を上げてほっとしたような笑みを浮かべた。
「ああ、葵、調子はどうだ?」
「ずっと同じ格好だから身体がバキバキだ。葉桜のマッサージを受けたい所だよ……それで?」
用件は? と視線で訊ねると、緋月は頷いて言う。
「君が撃った捕虜の件だが、なかなか口を割らなくてね。まぁ、当たり前かも知れんが……それで君にも尋問に立ち会って欲しい。それで意見を出して貰いたい」
「僕なんかが? ただの銃撃しか取り柄のない軍人だよ?」
「ああ、もちろんその事は重々承知だ。その上で君を呼ぶという事は……分かるな? 管理人。いや、室長?」
緋月が茶化すように言う。なるほど、そういうことか。
僕は肩を竦めるとその場で恭しく一礼して見せた。
「仰せのままに。隊長。でも親父ほど上手くは出来ませんよ」
「ほう? それなりには出来る自信があるのか」
「ええ、まぁ」
「ふ、さすが溝口零の息子だ」
緋月は皮肉そうに唇を歪める。そして、先導して歩き出した。
それに何を思ったのか、まぁ、想像がつかなくはないが、想像したくないな。
僕はそう思いながら頭を持ち上げるとその背中を追った。
尋問室は地下にある。
見張りの兵士に所属軍隊と身分証明書を見せて二人で室内に入る。しかし、いきなり捕虜とご対面にはならない。
小さな小部屋に武器を置く棚と、中の様子を伺える窓がある。捕虜からは見えない窓が。
そしてその窓からは小さな女の子が中に座っていた。俯いていて顔はうかがい知れない。だが……蒼い髪をしている。妙な事に。
「君はここで見ていてくれ。私は会ってくる」
緋月は軽くそう言うと、軍服のベルトに下がっている軍刀と拳銃を棚にぽんと置き、中へと入っていった。
『やぁ、八重、元気にしていたかい?』
緋月が馴れ馴れしく声をかけると、その子は顔を上げた。鳶色の瞳が警戒心を剥き出しに緋月を見つめている。
幼げな顔立ちはどうも葉桜に似ている。だが、こちらはどこか幼い顔に大人のような色が見える。
「……いや、まさかな……」
まさか、あちらさんはあの技術に手をつけたのか……?
それにしたら……非常に不味い。なるほど、緋月が僕を呼んだのも分かった気がした。
『夕食は何だった?』
『……カツ丼』
ぽつりと少女は答える。葉桜よりも少し低い声だ。疲労も入り交じっている気がする。
『あちゃー、カツ丼か、私も食べたかったなぁ。どうだった?』
緋月は務めて明るく接する。それにチラリと八重は視線を向け、そして逸らすと、そこそこ、と答える。
『で、カツ丼ついでにケロっと吐く気にはなった?』
『…………』
黙秘。
じっと耐えるように手元に目を落とす。
緋月は諦めて別の話題を振ることにする。
『どうだ? この部屋の生活は。前の軍隊と比べて幾分マシか?』
『…………』
『まぁ、マシだったら良いけど。我が軍隊の誇りにかけて捕虜は丁重に扱いたいからね』
『…………』
『飯がインスタントばかりでごめんな。美味い物、食べたいかい?』
『…………』
『安心しろって、毒は盛らないから』
『…………』
黙秘が続き、緋月が明るく一方的に話す状況が続いた。
なるほど、よく鍛えられている。
僕は思わず感心する。
緋月の『前の軍隊と比べて幾分マシか』という質問に答えなかったように、比較させて情報を流出させていないようにしている。
飯の質問でも、『そこそこ』と答えた。まぁ、取りようによっては良い方向にも取れるかも知れないが、そういう抽象的な回答で翻弄しようとも見える。
「んー……まぁ……」
不可能、ではないか。
結構、綻びも見えるし。
いや、完璧故に、といった話かな?
『……じゃ、今日はこのぐらいにするか。何か話したい事があったら気軽に呼んでくれ』
『…………』
そして緋月が出てくる。ドアをキチンと閉めてから僕を真っ直ぐ見た。
「どうだった?」
全てが集約されたような問い。
それに答える言葉は、これしかない。
「良い子なんじゃないかな」
僕の明るい声での答えに、緋月はくすりと笑みを漏らした。
「ん、君がそう言うならそうなんだろうな。……うん、そうしようか」
そしてくすくすと笑い続ける。
いつも妖艶で大人びている彼女にしては、珍しく幼げな笑みであった。
ハヤブサです。
はうぅ……申し訳ないです。遅れてしまって。
催促が来てしまったので、いろいろとそっちのけで軽く書きました。ちょっと雑かも知れませんけど……。そこはお目こぼし下さい。
感想お待ちしております。




