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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
秋の道筋
119/138

散るも可憐な紅吹雪―1

『対象を捕捉。対象は八七番道路を真っ直ぐに北上中。フロントガラスはスモッグがあります――周囲には護衛と思わしき車両が三台』

「了解。引き続き監視を続行せよ」


 そこはごく一般的な市街地だ。

 地陸変動以前の日本のような平穏な住宅地。そして、車の行き交う道路。その近くに立つ店。

 何もかも、地陸変動が奪い去って行ったもの。

 そこにはそれが存在していた。その中で報道ヘリに偽装した軍用ヘリが宙を飛んでいた。

 中に乗る軍人は、その八七番道路に視線を向けていた。

 鋭い視線は素早くその車両を割り出す。対象は高架下の追い越し車線を割合早い速度で走っている。彼は一つ頷くと本部に連絡していた。

「対象は黒いワゴン車――幸い、例の事件で車が非常に少ない状況です――強襲を仕掛けますか」

『待て。軍曹――そうだな、前方十キロ先に橋が存在する。神崎橋だ。そこなら強襲もし易い』

「はっ、了解です。准尉」

『――できれば、生け捕ってくれ。鈴谷』

「……善処します。新庄准尉」

 わずかに私情をにじませた言葉を行き交わせ、その軍人――鈴谷大河軍曹は交信を断ち切った。

 そして、視界内にその橋を目に収める。


 今回の強襲作戦は、陽動班が起こした事件で注意を引き、その間に強襲するというものであった。

 囮の車両は幾ばくかあったが、それは的確に新庄准尉が選り分けて行った。そして、この大本命だと判断した車両には鈴谷がマークをしていた。そして、葵の姿を一瞬だけ確認することに成功している。

 乗り換える様子もなかった。その上、追い越し車線をかなりの速度で走っている。

 間違いない、これが本命だろう。

 鈴谷は強襲に関しては秀でた才能を持っている。それは新庄准尉の弟子であり、一番の部下であるからこその賜物だ。失敗は揺るがない。

 だが――。


(まさか――溝口大尉を討たねばならないなんて――)

 歯噛みをする鈴谷。葵とは、軍事学校時代から親交があった。だからこそ、身を切るような痛みを心に感じていた。できれば、生け捕りにして恩赦を願いたいが……。

『――隊長。まもなく神崎橋です』

「……了解だ」

 迷いを振り切り、即答する。そして、自前のアサルトライフルを引き抜いた。

 ベルギーの生んだ、AK-47(カラニシコフ)の対抗馬、FN社のFAL。それは銃弾の種類の変更によって性能が十全に発揮されなかった。フルオートの命中精度が下がってしまった。

 だが、セミオートの命中精度は非常に高く、また威力も鈴谷の改良によって高められている。

 また各国が改造して利用しているため、軍用バージョンも高い。

(今回は普通にアサルトライフルで、強襲する――!)

 奥歯をかみしめ、強襲装備の確認をする。防弾装備にヘルメット、そして空挺用のパラシュート。

 行ける。それを決断し、目測で眼下の車との距離を測りながらカウントダウンを開始した。

「行きます。五、四、三――」

(二、一……ゼロ!)

 踏み切る。刹那、身体は中空に浮いていた。

 風音が轟々と耳元で唸る。手足を縮め、空気抵抗を減らして高速で落下していく。そして、橋の上を走行する車を視認すると、パラシュートを開いた。

 わずかに空気抵抗が加わる。しかし、それはただ方向を修正するだけだ。

 ほぼ自由落下に近い速度で、鈴谷は橋の上を見据えて奥歯をかみしめた。

(くぅ……っ!)

 揃えた両足が地面に着く。刹那、激しい衝撃が足を襲った。その衝撃を逃がす様に、後ろに転ぶようにして衝撃を吸収した。階段から飛び降りたような衝撃がじんじんと足を襲うが、構っていられない。

 素早く立ち上がると、パラシュートを切り離してから、丁度、目の前に停まっている車に銃口を構えた。

(上手く、車の目の前に降りられたか)

 鈴谷はわずかに安堵しながらも素早く、視線を走らせる。

 護衛の車両は乱暴に周りに停まり、中から兵が出てくる。もはや、一刻の猶予もならない。

(すみません、先輩――!)

 心の中で新庄に詫びながら、彼は引き金を引いた。

 銃弾がワゴン車のスモッグがかかったフロントガラスに殺到した。防弾性であろうが、威力が高められたFALの銃弾は無慈悲にガラスを粉々にする。

(あとは中の死体を確認し、撤退する――!)

 すでに兵たちが駆けてきている気配がある。しかし、下の川には味方が船で回収してくれる手筈だ。

 一瞬だけでも中が確認し、もしそれでもトドメがさせていなければ手榴弾を――!

 鈴谷は手榴弾のピンを抜きながら、トヨタ(・・・)のワゴン車へと駆け寄る。

 それを投擲する姿勢を見せながら、中を覗き込み――凍りついた。


「い――いない……!?」


 あり得ない。彼の姿は視認した。乗り換える様子もなかったはず。

 しかし、運転手の姿すらその車内には見当たらないのだ。

「――ちっぃ!?」

 響き渡った銃声で我に返る。間一髪身をかわすと、襲ってきた西国兵に向かって手榴弾を投げつけた。そして身を翻して素早く橋の欄干へと向かった。

 銃声と爆音を背後に、欄干を飛び越えながら、思考を巡らせる。

 監視部隊は上空からずっと監視していた。少なくとも、葵の姿を視認してからは。

 鈴谷が視線を外したのも交信が聞こえた一瞬だけである。そのときは、高架下を通っていて――。

「――あ……」

 そこでは、完全に、一瞬ではあるが――監視の目から逃れて、いる?

 しかし、減速する様子もなく通り抜けてすぐに橋に向かった。ならばあの一瞬しかないが――。

 ふと、ある発想に至って、鈴谷は大きく悔しがった。

 無茶苦茶な人だと知っていたが――。

(溝口先輩を、侮っていた……ッ!)

 ぐっと歯噛みをしながら近づいてくる水面を睨みつける。



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