散るも可憐な紅吹雪―1
『対象を捕捉。対象は八七番道路を真っ直ぐに北上中。フロントガラスはスモッグがあります――周囲には護衛と思わしき車両が三台』
「了解。引き続き監視を続行せよ」
そこはごく一般的な市街地だ。
地陸変動以前の日本のような平穏な住宅地。そして、車の行き交う道路。その近くに立つ店。
何もかも、地陸変動が奪い去って行ったもの。
そこにはそれが存在していた。その中で報道ヘリに偽装した軍用ヘリが宙を飛んでいた。
中に乗る軍人は、その八七番道路に視線を向けていた。
鋭い視線は素早くその車両を割り出す。対象は高架下の追い越し車線を割合早い速度で走っている。彼は一つ頷くと本部に連絡していた。
「対象は黒いワゴン車――幸い、例の事件で車が非常に少ない状況です――強襲を仕掛けますか」
『待て。軍曹――そうだな、前方十キロ先に橋が存在する。神崎橋だ。そこなら強襲もし易い』
「はっ、了解です。准尉」
『――できれば、生け捕ってくれ。鈴谷』
「……善処します。新庄准尉」
わずかに私情をにじませた言葉を行き交わせ、その軍人――鈴谷大河軍曹は交信を断ち切った。
そして、視界内にその橋を目に収める。
今回の強襲作戦は、陽動班が起こした事件で注意を引き、その間に強襲するというものであった。
囮の車両は幾ばくかあったが、それは的確に新庄准尉が選り分けて行った。そして、この大本命だと判断した車両には鈴谷がマークをしていた。そして、葵の姿を一瞬だけ確認することに成功している。
乗り換える様子もなかった。その上、追い越し車線をかなりの速度で走っている。
間違いない、これが本命だろう。
鈴谷は強襲に関しては秀でた才能を持っている。それは新庄准尉の弟子であり、一番の部下であるからこその賜物だ。失敗は揺るがない。
だが――。
(まさか――溝口大尉を討たねばならないなんて――)
歯噛みをする鈴谷。葵とは、軍事学校時代から親交があった。だからこそ、身を切るような痛みを心に感じていた。できれば、生け捕りにして恩赦を願いたいが……。
『――隊長。まもなく神崎橋です』
「……了解だ」
迷いを振り切り、即答する。そして、自前のアサルトライフルを引き抜いた。
ベルギーの生んだ、AK-47の対抗馬、FN社のFAL。それは銃弾の種類の変更によって性能が十全に発揮されなかった。フルオートの命中精度が下がってしまった。
だが、セミオートの命中精度は非常に高く、また威力も鈴谷の改良によって高められている。
また各国が改造して利用しているため、軍用バージョンも高い。
(今回は普通にアサルトライフルで、強襲する――!)
奥歯をかみしめ、強襲装備の確認をする。防弾装備にヘルメット、そして空挺用のパラシュート。
行ける。それを決断し、目測で眼下の車との距離を測りながらカウントダウンを開始した。
「行きます。五、四、三――」
(二、一……ゼロ!)
踏み切る。刹那、身体は中空に浮いていた。
風音が轟々と耳元で唸る。手足を縮め、空気抵抗を減らして高速で落下していく。そして、橋の上を走行する車を視認すると、パラシュートを開いた。
わずかに空気抵抗が加わる。しかし、それはただ方向を修正するだけだ。
ほぼ自由落下に近い速度で、鈴谷は橋の上を見据えて奥歯をかみしめた。
(くぅ……っ!)
揃えた両足が地面に着く。刹那、激しい衝撃が足を襲った。その衝撃を逃がす様に、後ろに転ぶようにして衝撃を吸収した。階段から飛び降りたような衝撃がじんじんと足を襲うが、構っていられない。
素早く立ち上がると、パラシュートを切り離してから、丁度、目の前に停まっている車に銃口を構えた。
(上手く、車の目の前に降りられたか)
鈴谷はわずかに安堵しながらも素早く、視線を走らせる。
護衛の車両は乱暴に周りに停まり、中から兵が出てくる。もはや、一刻の猶予もならない。
(すみません、先輩――!)
心の中で新庄に詫びながら、彼は引き金を引いた。
銃弾がワゴン車のスモッグがかかったフロントガラスに殺到した。防弾性であろうが、威力が高められたFALの銃弾は無慈悲にガラスを粉々にする。
(あとは中の死体を確認し、撤退する――!)
すでに兵たちが駆けてきている気配がある。しかし、下の川には味方が船で回収してくれる手筈だ。
一瞬だけでも中が確認し、もしそれでもトドメがさせていなければ手榴弾を――!
鈴谷は手榴弾のピンを抜きながら、トヨタのワゴン車へと駆け寄る。
それを投擲する姿勢を見せながら、中を覗き込み――凍りついた。
「い――いない……!?」
あり得ない。彼の姿は視認した。乗り換える様子もなかったはず。
しかし、運転手の姿すらその車内には見当たらないのだ。
「――ちっぃ!?」
響き渡った銃声で我に返る。間一髪身をかわすと、襲ってきた西国兵に向かって手榴弾を投げつけた。そして身を翻して素早く橋の欄干へと向かった。
銃声と爆音を背後に、欄干を飛び越えながら、思考を巡らせる。
監視部隊は上空からずっと監視していた。少なくとも、葵の姿を視認してからは。
鈴谷が視線を外したのも交信が聞こえた一瞬だけである。そのときは、高架下を通っていて――。
「――あ……」
そこでは、完全に、一瞬ではあるが――監視の目から逃れて、いる?
しかし、減速する様子もなく通り抜けてすぐに橋に向かった。ならばあの一瞬しかないが――。
ふと、ある発想に至って、鈴谷は大きく悔しがった。
無茶苦茶な人だと知っていたが――。
(溝口先輩を、侮っていた……ッ!)
ぐっと歯噛みをしながら近づいてくる水面を睨みつける。




