あきらかな紅葉にあきみちる―6
「ん――支度は完璧」
僕の背格好をざっと確認して、紅葉はこくんと頷く。
僕は格好を確認して、ふむ、と一つ頷き返した。
「普通の格好に隠蔽した防弾装備……完璧にできているな。さっすが工作員」
「ん」
紅葉は小さく微笑むと、僕の手を取りながら決然とした態度で告げる。
「葵は、私が守る。それが私の、存在意義」
「へぇ、頼もしい。じゃ、僕が死んだら?」
ちょっと意地悪な質問かな。
そう思いながら唇を歪めて訊ねると、彼女は何でもなさそうに肩を竦めて言った。
「あり得ない。その前に、私が死んでいるから」
「――なるほど」
何が何でも死を賭して守ってくれるらしい。
僕は思わず呆れながらもどこか心がこそばゆい。思わず笑いながら彼女の頭に手を載せた。さらさらとした感触が心を癒す。
傍に彼女がいてくれる。それだけで、何よりも安心だ。
「大丈夫。葵が傍にいる必要はない。私が、傍にいるから」
「そか。じゃあ、ずっと傍にいようかな」
「……ん」
少しくすぐったそうに微笑む紅葉。その耳をそっと触ると、彼女は甘えるように胸板に額を擦りつけてきた。その頭を抱きしめながら、優しく耳元でささやいた。
「それじゃあ、行こう。僕たちの未来に」
「ん……任せて」
☆
「どうやら、本日決行のようだ。真冬」
緋月が部屋に入ると同時に告げる。真冬は顔を上げると、素っ気なく頷いた。
「そうですか。軍の動向は?」
「西国のごろつきや傭兵を雇って、急襲をかけるらしい」
「――馬鹿ですね」
「ああ、そうだな。紅葉が安直にそんな足取りを掴ませるとは思えない」
緋月は小さく笑いながら部屋を見渡す。
そこは西国にある、一つの都市の、一つのボロアパートだ。その部屋には至る所に地図が貼られている。そしてその窓の外にはひときわ高いビルがある。
それを眺めてから、緋月は振り返って真冬に告げる。
「I装備だ。潜入、屋内戦闘になる。――言っておくが、真冬。くれぐれも私情で走るなよ?」
「――何言っているんですか、先輩」
乾いた声で真冬は笑うと、ベレッタを弄びながら淡々と言う。
「中佐――いえ、今は少将でしたか。彼に頼み込んで、独立行動を認めてもらい、その日のうちに西国へと侵入。アパートを借りて政務施設の視察を一か月間繰り返した――先輩の方が、私情で動いていませんか?」
「……かもな」
緋月は困ったように笑う。しかし、その目は鋭く真冬を見据えていた。
(真冬は、現時点では落ち着いているが……葵に会った瞬間に、突発的に殺意を抱かないとも限らない)
そうすると連れて行かない方が良いのか?
――いや……。
(潜入には、真冬がいた方が良い。それに、その瞬間までは勝手な行動はしまい。殺意を抱いた瞬間、それは葵に任せるしかないか……)
緋月はわずかに諦めを込めてため息をつくと、クローゼットを開いてInside装備を二つ掴み、一つを真冬に投げて告げた。
「行くぞ――潜入だ」
☆
(動いた――)
目下の動きを確認しながら、その影はふっと笑む。
スコープ越しにアパートの中でばたばたと動く気配が伝わってくる。そして通信機からは暗号化された通信が行き交っている。それを聞く限りは意味不明な単語である――が……。
「――なるほど、彼は、本当はワゴン車で来るのね。防弾使用、ホンダのワゴン――」
その影は短く呟きながら、そっと髪の毛に手をやる。長い黒髪に触れながら、小さく微笑んで頷く。
「大丈夫。彼はまだ、狙われない。だから――まずは、彼女たちの潜入を手引きするのが先、かな」
複数の無線機に触れて、情報を集めながら少し悩み。
頷いてから携帯電話を取り出す。
「――もしもし。私。今、そっちはどんな感じかな? お姉ちゃんは?」
そして、影は電話をしながら入り乱れる無線機の情報を統合し、淡く笑う。
(動いているのは四つ……いえ、私も入れて五つ。これだけ勢力が乱れれば分からないはず、ね。あとはこれを彼に託して……)
「――うん、そっか。分かった。じゃあ、これが最後に電話になるかな。――え? そんなこと言わないの。もう、男の子でしょ?」
影は困ったように笑い声を漏らすと、懐から紙を取り出し、真摯な声で告げる。
「それじゃ――海松久ちゃんに、よろしくね。藍鉄くん。あとで、匿名の書状を届けておくから――それで全て、決着をつけて」
その紙には、ただ二文字、書かれている――。
『勅令』




