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とある軍の宿舎で  作者: 夢見 隼
秋の道筋
110/138

裏切りと秋風のロンド―8

   ◇ ◇


 集中治療室から医者が出てくるまで、紅葉は一歩たりとも動かなかった。

 ただ祈るように椅子に座って指を組み、静かにしていた。

 そして、医者が集中治療室から出てくると、彼女はぱっと顔を上げて立ち上がると医者の方へと駆け寄った。

「――命に別状はありません。ただ、これ以上は軍事機密に関わります」

 医者は近づいてきた紅葉に素っ気なくそれだけ言うと、手袋を外しながら紅葉の脇を擦り抜けて、小走りに駆けて行く。それを見送った紅葉は、悔しそうに歯噛みをする。

 一連の所作を物陰からそっと見守っていた、空也と透水は揃って息をついた。

「まずは、葵殿の命に別状がないことを喜ぶべきか……」

「そう、だけど……一体なんだって葵は倒れたんだ? 紅葉が言うには突然、うめき声をあげて昏倒したようだけど……脳梗塞、か?」

「――機密が関わったことが、重要だろう。空也」

 透水は腕組みをして唸り声を上げる。それは脳梗塞を完全に否定する意見だ。

 そして、透水は踵を返すと、出口の方へと足を向けた。

「空也、お前は紅葉を見ていろ。――本部で情報を集めてくる」

「――了解だ、親父」

 子はすぐに親の目的を察する。

 これは間違いなく、軍の絡んでいることだ。恐らく、健康診断の際に、軍部が何かを仕込んだか、もしくは――。

(とにかく、葵……早く目を醒ましてくれ……)

 空也は紅葉を見つめながら焦りと共に祈る。

 紅葉が西国の仕業だという可能性に行き着いた場合、彼女の執る手段は恐らく、一つだ。

 彼女の静かな殺気が芽生えるのを感じながら、空也は必死に願うことしかできなかった。


   ◇ ◇


『急げ! 搬入しろ! 崩落に巻き込まれた!』

『集中治療室を開けろ! 宮内庁権限を使っても構わん!』


『……あまりよろしくありません。恐らく末端に麻痺が残るかと……』

『最後の、一人だぞ? 彼がいなければ、東国……いや日本は……』


『……禁断の、施術では、ありますが……』

『なんだ?』

『例の細胞です』

『……仕方あるまい。試せ』

『し、しかし、長官!?』

『良いから試すのだ! 全責任は、私が取る!』


 めまぐるしく上から降ってくる声……。

 記憶の底がちくちくと刺激されているようだ。

 思い出しては消えていき……また蘇っては……消えていく……。


 ――走馬灯。


 ――大事な、何かを、忘れている気がする……。


 ――大事な、何かを、思い違いしている……?


 僕は、何か、大変な間違いをしているんじゃないんだろうか……?


   ◇ ◇


 殺気が頂点を振り切った。

 そう感じた瞬間、空也は物陰から姿を現した。紅葉はすでにベンチを立ってどこかへと立ち去ろうとしている。それを後ろから呼び止めながら腰に手をやった。

「紅葉、どこに行く?」

「――調べ物を」

 紅葉はいつも以上に抑揚のなく、淡々とした声で語る。それが怒りを抑えつけてくれていることの表れだということが、何となく分かっている。

 くそ、何で葵はいつもこいつの心を読めるんだ……!

 空也は歯噛みしながら、危険を承知で銃に手をかける。

 刹那、紅葉は前方へ踏み切りながら振り返り、手を一閃させた。

 咄嗟に身を反らす。その頬を掠めて飛ぶは、短刀――!

「病院内で、刃物かよ!」

「――……!」

 抗議しながら銃を抜き、構えるが、すでに紅葉は地面を蹴って照準をずらしていた。彼女は両手に短刀を握って身を屈めながら猛進してくる。

 咄嗟に彼女の足を狙って引き気味に撃つ。だが、彼女は横っ飛びにかわした。

(なら、体勢は崩れるはず……)

 そう判断しながらその瞬間を狙って銃を構え――。

「……ッ!?」

 咄嗟に、空也は銃を突き出しながらバックステップを踏んだ。

 刹那、紅葉は横っ飛びに飛んだ先にある壁を蹴り、すぐさま天井、壁を蹴って加速。

 一気に猛禽の如く、空也へ飛びかかってきた。

 銃を盾にして短刀の一撃を防ぎ、強引に空隙を生み出す。そこへ一気に彼は腰の刀に手をかけ、居合いで鋭く振りぬいた。

 しかし、その瞬間には彼女は離脱しており、十分な距離を取って駆け去っている。

 空也はそれを歯噛みしながら追いかけつつ、通信機を取った。

(くそ、彼女が工作員として特異体質なのは分かっていたが――!)


 彼女が優秀な特殊工作員として重宝されたのは、今の彼女の機動故だ。

 つまり、三次元戦闘。

 並外れた足の指の握力。両利きで銃や剣を扱いこなせる技術。そして、どんな体勢であろうとバランスが取れる体幹。それらはどんな状況でも、接点さえあれば戦闘を可能にする。

 室内戦闘や、障害物の多い場所ではかなり優位に立てる。

 それ故に、要害付近の岩場では重宝されるとしたが、功を焦った一人の軍人が未熟な工作員と共に潜入させてしまい、結果、葵たちの手に落ちることになったが。

 本来ならば、超近距離戦においては誰にとっても引けを取らない最強の武人なのだ。


「各部隊に告げる! ケースセブンを確認した! 現在、彼女は待機室を飛び出している。恐らく彼女が向かうのは――」


 そこで一瞬逡巡する。

 彼女が向かうのは? 軍部? 医者? 保安官?

 いや――。

 空也は確信し、息を吸い込んで告げた。


「情報保管庫だ!」


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