宿舎の喧噪―4
「葵」
「ん?」
呼びかけられて振り返ると、そこには緋月が呆れたように立っていた。
ここは医務室。閃光で目を潰された真冬の傍に僕はついていた。
今、真冬は目薬を差した上に包帯をまいて、安静にして寝ている。葉桜の的確な処置のおかげだ。
「全く、君も面倒見が良い人だよ……素っ気ない態度を取っている小娘の世話をしてやるなんて」
「一応、これでも階級は上だしな。それにまぁ、飯を食う仲間なら仲が良い方が良い」
「まぁ、それが間違っていないけどね」
緋月は苦笑しながら真冬の寝るベッドに腰掛ける。その脇の椅子に座る僕は視線で抗議の意を伝えると、彼女は軽く笑って言った。
「すぐ出て行くから。それで、さっきの哨戒部隊だけど、やっぱり手榴弾での自害だったわ」
「……ほう」
「部品も吹っ飛ばされていたけど、ある程度は回収出来たわ。アンテナとかがあったからどうやら電波を発信するタイプみたいね」
「よくもまぁ、そんな大仰なものを……でも何故に?」
僕が訊ねると、緋月は肩を竦めた。
「分かる訳がないじゃないか。死んでいるんだし。まぁ、調査データが上がったら葵にも見せるよ」
「そう言えば、捕らえた捕虜は?」
「健康診断の後にいろいろ尋問している」
「拷問、じゃないよな?」
「ああ、尋問だ。君の好みじゃない事はしないさ」
緋月はそう言うと、僕の頭に手を置いてよしよしと撫でた。
僕はそれを振り払ったりせず、甘んじて受けた。
「よくやってくれたな。葵」
「ありがと。緋月」
暫く彼女はそうしていたが、ふと何かを思い出したように立ち上がった。
「一応、軍を編成してこの辺りを行軍するんだった……新庄准尉が見張りしているから今日一杯は休んで良いとのことだよ」
「じゃあ、軍に……」
「コラ」
ぴしっとデコに痛みが走る。緋月が小脇にあった包帯の留め具を投げたようだ。相も変わらず良い腕前をしている。
「君は休んでなさい。じゃないと私の出張る意味がない。葉桜に食事を運ばせるから。ああ、安心して。レトルトの軍用食だから」
緋月は軽く笑ってそう言うとすぐに医務室を出た。
その出際、彼女はほのかに疲れたような表情を見せていた。
……全く、無理しやがって。
「まぁ、少し言葉に甘えるかな」
すうすうと寝息を立てる真冬を見ながら僕は苦笑いするのであった。
その後、真冬が起きた所で目の包帯を変えてやると、そこに三人分の食事を持った葉桜がやってきた。
「どう? 真冬」
葉桜はベッドの脇のサイドテーブルに食事を置くなり、早速、医師の目つきになって彼女は訊ねた。
真冬は包帯に巻かれた目を声のする方向に向けながら言う。
「大丈夫だと思うけど……」
「ちょっとごめんね」
少し包帯をずらして、葉桜は真冬の目の様子を伺う。
「うん、大丈夫かなー。でも念のため、今日一杯は包帯をつけておくこと。葵くんに目一杯甘えて良いからさっ!」
「な、何で葵なんかに甘えなきゃいけないのよっ」
真冬が慌てた口調で言う中、はいはい、と相槌を打って葉桜は僕に二人分の食事を押しつけた。
簡単なカレーうどんだ。といっても肉は少なく、脂肪分も少ないあっさりしたものでなかなか食欲をそそるものがある。
こんなのを大量生産、かつ、長期保存出来る技術は本当にスバラシイ。
「カレー……? 小麦粉の香り……うどんも?」
「そうだね。食べられる?」
「う……うどんとは難易度が高い物を……」
真冬はちょっと戸惑っているが、僕の方に手を差し伸べた。
「だ、大丈夫。というか、余計なお世話よ」
「あ、真冬。こぼしたら罰ゲームね?」
「ふえぇっ!? 何でっ!?」
「いーじゃんいーじゃん」
妙に葉桜は嬉しそうに言う。
「こぼしたくなければ、葵くんに協力して貰って食べてね」
「う……」
真冬がちらちらとこちらに見えない視線を向けてくる。
僕はため息をつくと、一つの器を葉桜に一旦預け、真冬の器を取り上げて箸でうどんをつまみ上げた。
「ほら、真冬、口を開けて」
「う、うん……」
抵抗するかと思ったが、真冬は従順に口を開く。
僕はその口の中にそっとうどんを差し込んでいった。
ぱくり。口を閉じたのを確認して箸を引き抜きながら、彼女に声をかける。
「ゆっくりうどんをすすれ。だんだん遅くでだ」
「……はい」
軍事用語を交えた指示に彼女は従い、速度をゆっくりと下げながらうどんを食べていく。
その調子ですいすい食べさせていき、すぐに完食した。
葉桜は機嫌良さそうにそれを見ており、真冬は顔が真っ赤だ。
まぁ、こんな葉桜にもお仕置きしないとなぁ……。
「ほれ、葉桜」
僕は彼女の手から彼女の食事を取り上げると、箸を持って彼女の口元にうどんを運んだ。
「ふえぇっ!? 何でぇ!?」
「ん? 葉桜は衛生兵だろう? 手を汚したら正しい処置を出来なくなるじゃないか」
「そんなの洗えば……」
「アルコールの無駄。ほれ、あーん」
「う……うう……」
「もちろん、こぼしたら罰ゲームな」
「何で!?」
「テメエが言ったんだろうが」
「うう……あ、あーん……」
葉桜が真っ赤な顔で口を開く。目が可愛らしく潤んでいる。
その口にそっとうどんを運んで食べさせてやる。
一口、また一口と。
そして、葉桜は全て食べ終えた頃には、もう熟れたトマトのように顔が真っ赤っかであった。
「ふふ、可愛いお姫様だこと」
「お姫様……!?」
「そそ」
トドメにそっと懐から出したハンカチで二人口元をそっと拭いてやる。
その凛々しい唇と可愛らしい唇、二つとも柔らかいそれから優しく汚れが拭われたときに、乙女なお姫様は顔を見合わせてぼんっと顔を爆発させた。
「きゅう……」
「くうぅ……」
そしてベッドにばたんと突っ伏す。
「ふふ、可愛いんだから」
僕はそう独り言を呟くと、食事を黙々と一人で食べ進めた。その可愛い二人の寝顔を見ながら。
 




